33 処遇
階段を降り、エウフェミアは『無色の広間』へと向かう。扉を開くと、そこには既に七家の当主たち全員の姿がある。
エウフェミアはそこでハッとして、足を止めた。彼らの周りに漂う精霊たちの姿が見えたのだ。
ニキアスは風の精霊。
ヨウスカルは土の精霊。
カティアは草の精霊。
ミルティアディスは光の精霊。
キュロスは闇の精霊。――各当主の周りには対応する属性の精霊の姿がある。
精霊たちの姿は、意識しなければすぐに霞んでしまう。けれど目を凝らせば、再びその姿を捉えることができる。
幼い頃とは見え方が違うが、大精霊の紋章を授かったことで再び精霊たちを視認できるようになったのだ。
立ち止まったエウフェミアに、カティアが心配そうに声をかける。
「どうかしたの?」
「……いえ」
大精霊の紋章を持つ者が精霊を視えるのは精霊術師にとって常識だ。口に出すほどのことではないと思い、エウフェミアは扉を閉めた。
円卓に近づき、エウフェミアは銀色の椅子が一つ増えていることに気づく。背もたれには七色のモチーフの装飾が施されており、他の当主たちの椅子とはデザインが異なっている。
ヨウスカルは髭を撫でる。
「気がついたら増えておったんじゃ。お主のための椅子、で間違いないじゃろう」
他の当主と肩を並べる、いやそれ以上の立場を示すような席だった。少しためらいながらも、エウフェミアは椅子に腰を下ろす。そして、改めて顔ぶれを見渡した。
参加者は前回と少し変わっていた。
まず、ガラノス家の席に腰かけるのはイオアンニスだ。正当な当主が決まったことで代理を務めていた伯父の姿はない。
そして、エリュトロス家の椅子に座るのは見知らぬエリュトロス家の男性だ。イオアンニスが紹介してくれる。
「こちらはカロロス殿です。エリュトロス家の代表者として会議に参加していただくことになりました」
カロロスは本来娘の付き添いで『無色の城』を訪れていた。他に数人同じ状況の火の精霊術師たちで話し合って、彼がこの役目を引き受けた。
ゲオルギオスが絶対的な長として君臨していたエリュトロス家には、彼の代わりを務められる者はいない。先日の騒動からまだ数日。火の大精霊に新しく大精霊の紋章を授けてもらおうにも、まだ状況が落ち着いていない。
そして、円卓から離れた左の眼の椅子にはちょこんとダフネが座っている。緊張しているのか、少し落ち着かない様子だ。
「――さて。では、これで全員が揃った。七家の、……いや、八家の話し合いを始めるかのう」
ヨウスカルの開始の声で、例年とは異例の当主の会議が始まった。まずは、改めて一連の騒動についての経緯と顛末が説明された。
九年前、ガラノス家の三人が死亡したのはイグナティオスに殺害されたためと思われていた。しかし、真犯人はゲオルギオス・エリュトロスであること。長い間、真実は隠されていたが、エウフェミアの告発とイグナティオスの糾弾により、真相が解明されたこと。そして、火の大精霊よりゲオルギオスは恩寵を剥奪されたこと。その身柄は『無色の城』の一室で拘禁されていること。
一通り、説明を終えたヨウスカルは一度口を閉ざした。年長故、会議を仕切ろうとしてくれたのだろうが、彼も立場としては他の当主と変わらない。ここから先、どう会議を進めればいいのか分からないのかもしれない。
口火を切ったのはミルティアディスだ。
「ゲオルギオス殿はやはり、火の大精霊様に裁かれるべきではありませんか?」
過激とも言える発言に、他の当主の中には困惑した様子を見せる者もいる。
「過去に大罪ゆえに恩寵を奪われ、家を追放された者はいます。しかし、当主が大罪を犯すというのは前例がありません。しかも、エリュトロス家は火霊同盟を通じて他の貴族との関わりも深い。通例通り、家を追い出す……というのは、それはそれで危険ではありませんか? エリュトロス家だけでなく、他の六家への信頼も揺らぎかねません」
「ぼ、僕も、彼の意見に賛成だ」
ミルティアディスに同調したのはキュロスだ。恐る恐るという風に手を挙げる。
「あ、あの人をこのまま追放する、というのは反対だ。どこかに、ゆ、幽閉すべきだと、思う。必要だったら、場所を提供してもいい」
「おや。あなたが建設的な意見を出されるなんて珍しいですね」
アスプロ精霊爵はどこか皮肉めいた笑みを浮かべる。
「でも、そうですね。命を奪うというのは行き過ぎた発言でした。どこかに幽閉、というのでもかまいませんよ。――あなたはどうお考えですか? カロロス殿」
皆の視線が話を振られたエリュトロス家の代表に向かう。
「そもそも、この件はエリュトロス家の問題です。先ほどの発言は『誓約』を無視した踏み込んだものでした。お詫びいたします。エリュトロス家はゲオルギオス殿の処遇をどうなさいますか?」
難しい表情のまま、カロロスはしばらく沈黙していた。
「……お恥ずかしながら、一族内でゲオルギオス様をどうすべきかという結論はすぐに出せないでしょう。追放か、幽閉か、……処刑か。『無色の城』には私以外にも二人、同じ立場で精霊会議に来た者がいます。しかし、我々だけでも意見は割れました。今回私が代表を任されたのは一番中立的な立場だったからです。私の一存では何も決められません」
彼はエリュトロス家の代表ではあるが、セオドロスのように当主代理の立場にはない。至極もっともな意見だ。
すると、ミルティアディスは今度はガラノス家当主を見やる。
「では、イオアンニス殿はいかがですか? 殺されたのはガラノス家の先々代当主一家です。あなたが意見を言う権利はあるでしょう」
エウフェミアはイオアンニスを見る。新しいガラノス精霊爵として彼が何を言うのか――それはエウフェミアも気になることだ。
イオアンニスは静かにミルティアディスを見つめ返す。
「それを言うなら、まずはエウフェミア様の意見を聞くべきでしょう」
今度は視線がこちらに集まる。そのことに少し緊張するが、努めて平静を装いつつ、イオアンニスの言葉を聞く。
「彼女は九年前の被害者です。そして、生命の精霊様を目覚めさせ、火の大精霊様を止めた。……エウフェミア様。あなたの考えを教えてください」
イオアンニスだけでない。それまで黙って話し合いを聞いていたカティアやヨウスカルも、エウフェミアに真剣な眼差しを向ける。エウフェミアは一度目を伏せた。
火の大精霊を止めたのはそれが間違っていると思っただけで、ゲオルギオスにどういう罰を下すのが正しいのかなんて考えていなかった。その後もそのことに思いを馳せる時間はなかった。
しばらく、エウフェミアは熟考した。そして、一つの結論を出す。顔を上げ、当主たちに問う。
「この国で一般人が罪を犯したとき、誰が裁くかはご存じですか?」
それは皮肉でもなんでもなく、純粋な問いだった。精霊貴族という特権階級にある彼らが、一般人にとっての常識を知っているのかを知りたかった。
誰も答えなかった。それが答えだった。エウフェミアは言葉を続ける。
「裁判所ですよ。――ゲオルギオス・エリュトロスの身は皇宮に引き渡しましょう。そこで帝国の法に則って裁いてもらいます」




