28 切ってはいけない手札
ゲオルギオスの証言に反証する。そう言いながら、その場は完全にイグナティオスの独壇場となっていた。
「まず第一。そもそも、父親が大罪を犯したからって、俺のことを危険視してたようだが――父親が死んだとき、俺はまだ赤ん坊だったんだ。父親のことも母親のことも何も覚えちゃいねえし、教わってだっていない。俺にとっちゃ、ただの他人だ。父親の研究どころか、精霊術の知識も一切なかった。そもそも教わっていなかったからな」
「お前がレオニダスの血を引いていることに変わりはない! 記憶がなくとも、知識がなくとも、流れる血は変わらん! あの歪んだ価値観を譲り受けていないとは限らない!」
「おいおい、さっそく破綻した理論を出してくるなよ! それを言ったら、アンタとレオニダスだって血を分けた兄弟だろ! その理屈で言えば、レオニダスの歪んだ価値観は先代のエリュトロス家当主かその妻から受け継いだものになるんじゃねえのか?」
イグナティオスは鼻で笑った。「――まあ、いい」と肩をすくめ、大きく息を吐く。
「本題はここじゃない。じゃあ、仮に俺が父親の思想を受け継いでいたとしよう。それで、なんで俺はガラノス家の三人を殺したんだ?」
「それは口封じのために――」
「なら、こう聞こう。なぜ、俺は最初に殺そうとしたゲオルギオス・エリュトロスを殺さなかった? 聞いた話じゃ、アンタ気絶してたんだろ? 何で俺はアンタを殺さず、ガラノス家の三人だけを殺したんだ?」
「き、貴様の目的がエウフェミア・ガラノスだったからだ」
ゲオルギオスは苦しそうに言葉をひねり出す。
「グレイトスたちはお前から娘を助けようとし、返り討ちにした。そして、お前はエウフェミア・ガラノスを連れ去ろうとしたのだ!」
「――こうは考えられねえか?」
イグナティオスは一転、周囲へと視線を向ける。
「アルテミシア・ガラノスが殺された。そうなりゃ、目撃者である俺たちの命も危ない。グレイトス・ガラノスが犯人と争っている間に、残りの子供は逃げ出した。一人は気絶していたエウフェミア・ガラノス。もう一人は次期ガラノス家当主として訓練を重ねている精霊術師イオエル・ガラノス。残りの一人は狭い屋敷からほとんど出たことのない、毎日本ばっかり読んでるもやしっ子だ。戦力になんてならない」
そこで彼は一度言葉を切った。それまでの強い語り口調から一転、淡々とした話し方に変わる。
「――だから、イオエルは残った。俺と妹を逃がすために。……死ぬと分かっててな。人一人背負った子供の足と、何も持たない大人の足じゃ追いつかれるのは必然だった」
エウフェミアの頬を雫が伝う。――ようやく、なぜ、兄が螺旋階段の途中で亡くなっていたのかが分かった。
兄はいつも意地悪で、優しくしてくれたことなんてほとんどなかった。喧嘩ばかりだった兄が、自分たちのために命を捨ててくれた――その事実に、涙があふれる。
ゲオルギオスが反論する。
「それが本当なら、なぜ他の当主に助けを求めなかったのだ!」
「アンタがそう仕向けたんだろ!!」
イグナティオスは感情的に叫んだ。伯父を睨みつける。
「追いついてきたアンタが叫んだんじゃないか!! 『ソイツがガラノス家の人間を三人も殺した! 今すぐ殺せ!』――と! だから、俺は逃げるしかなかった!」
「――確かに言っておったの」
冷静な口調で、同意したのはヨウスカルだった。老人は他の当主たちを振り返る。
「のう? 皆も覚えているじゃろう?」
「はい。確かに」
「『殺せ』というのはいささか問題ある発言だとは思いましたが、ゲオルギオス様は頭に血が上ると攻撃的な言葉が出るお方。感情的になって思わず出ただけかと思っていましたが――そうではなかったのですね」
ミルティアディスは冷淡な視線をゲオルギオスに向ける。先ほどまで判断を迷っていた当主たちが少しずつイグナティオス側に傾いているのを感じる。
確実に、ゲオルギオスは追いつめられていた。既に彼からは威厳ある当主の風格は失われ、袋小路のネズミのように必死に打開策を探す。
そうして、彼は最後の手札を切った。
「なら、なぜ其奴は火の大精霊の恩寵を失ってるのだ! 恩寵が失われたのは大罪を犯した証だろう!」
「――それは切っちゃいけねえカードだろ」
イグナティオスはどこか悲しそうにそう返した。それから、再び当主たちへ目を向ける。
「確かに恩寵を失うのは大罪を犯した者だ。だが、大罪を犯したからって自動で失うもんじゃねえだろ? 大精霊に恩寵を剥奪してもらうために必要なプロセスがあったはずだ」
それはエウフェミアがイオアンニスから聞き、アーネストに伝えた話だ。
『恩寵を失わせるというのは七家全体を揺るがす罪を犯したときです。その家の人間だけで決めていいものではありません。そのため、その者から恩寵を取り上げるかどうか七家の当主全員で話し合いを行うのです。そうして、大罪を犯したと認められれば、大精霊様に掛け合い、恩寵を失わせる。これが本来の決まりですから』
そもそも今回、エウフェミアが精霊会議に出た目的は、「イグナティオスから恩寵を剥奪するため」だった。――それなのに、当主たちの承認もないまま、彼の恩寵は既に失われている。そこにこそ、最大の異常がある。
イグナティオスは告げる。
「この世に火の大精霊と対話できる存在は何人いる? 今も当時もエリュトロス家で大精霊の紋章を授かっていたのはアンタだけだ」
つまり、火の大精霊にイグナティオスから恩寵を奪うように進言できたのはエリュトロス家当主ゲオルギオスだけなのだ。
たとえガラノス当主一家の殺害犯が彼であったとしても、七家の規則を破り、私的な目的から恩寵を奪った罪は重い。少なくとも、エリュトロス家当主には相応しくないだろう。
ゲオルギオスはその場に膝をついた。――もうこれ以上、反論はないとでも言うように。




