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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
六章 生命の目覚めと裁きの炎

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23 『無色の城』


 ――その日が来た。


 エウフェミアは迎えに来てくれたイオアンニスとノエとともに『無色の城』へと向かう。それはかつて、家族とともに向かった場所。そして、エウフェミアの運命を変えた場所だった。


 馬車の中でノエが訊ねてくる。


「エウフェミアは『無色の城』のことは覚えてるんだっけ?」

「いいえ。向かう途中までは覚えてるけど、……それ以降は」


 イオアンニスは何も覚えていないエウフェミアのために、地図を広げて説明してくれた。


「『無色の城』は帝都より南東にあります。七家の屋敷と同じように精霊術でその存在は秘匿され、七家の人間以外には近づけないようになっています」


 そうやって、無関係な者が足を踏み入れることがないようにしている。しかし、裏を返せば――。


「……つまり、イグナティオスも出入りできてしまう、ということですね」


 工房での襲撃以来、イグナティオスは何も動きを見せない。それはエウフェミアがずっと皇宮にいたためなのか、あるいは別の理由があるのか――まるで分からない。


「他の六家がどうかは知らないけど、ガラノス家からはかなりの人間が参加することになってる。イグナティオスが現れたとしても、かなり動きにくいと思うよ」

「……そうだといいのだけれど」

「大丈夫ですよ、エウフェミア様」


 一抹の不安を拭いきれないエウフェミアに、イオアンニスは言う。


「あなたは一人ではないのですから」


 その言葉にエウフェミアは力なく笑みを返した。


 馬車は一本の道を進む。途中、周囲が暗転し、また光が戻った瞬間――ソレは前方に現れた。


 木々の間にそびえ立つのは巨大な灰色の城だ。同じ色の塀に囲まれ、荘厳な雰囲気を漂わせている。


(ここが『無色の城』)


 城へと続く道の途中で橋を渡る。その下を流れる川を見て、ここがイグナティオスが落ちた川だろうかと考えた。


 門をくぐると、前方に馬車の塊が見えた。降りてくる人々は例外なく青いマントを着ている。――ガラノス家の、水の精霊術師たちだ。


 先ほどノエが『ガラノス家からはかなりの人間が参加する』と言っていたが、想像以上だ。馬車の数からすると、五十、六十くらいはいそうだ。


「すごい人数ですね」

「今年こそ水の大精霊(ネロ)様が大精霊の紋章(エンヴリマ)を授けてくれる。そのことを皆にも伝えたからね。現役の水の精霊術師はほとんど来てるんじゃない?」

「……皆、当主になりたいと思っているってこと?」

「どうだろ。義務感で来てる人も多いんじゃないかな。本気で大精霊の紋章(エンヴリマ)を授かれるって思ってる人は少ないと思うよ。ガラノス家に叔父上みたいな厚顔無恥な人間は多くないと僕は信じてるよ」

「ノエ。やめなさい」


 父親に窘められ、ノエは「ふん」とそっぽを向いた。それから、ちょうど停まった馬車から下りた。


 『無色の城』はその周囲を囲む城壁に七つの城壁塔が存在する。それぞれを七家が控えの間として使い、他の城壁塔へ入ることをしない。そして、それぞれの城壁塔から中央の居館へと繋がる通路があり、七家の当主の会議や、大精霊たちとの対面は居館のほうで行われる。


 エウフェミアはイオアンニスたちとともにガラノス家に与えられた城壁塔の控室――『青の談話室』へと向かう。


 談話室は広く、二、三十人は座れそうなほどたくさんのソファやテーブルが置かれている。


 例年であれば、精霊会議に参加するのは当主一家とその年に十歳になる子どもとその保護者。合わせて十人から二十人程度らしい。そのことを考えると十分な広さではある。しかし、今年は例年の三倍以上の人数。座る場所がなく、立っている人の方が多い。


 部屋に入った瞬間、こちらに気づいた男性が声をあげる。


「――エウフェミア様ではありませんか!」


 そうして、部屋中の人間の視線がこちらに集まる。それから、あっという間に周囲は人だかりになる。


「ちょっと! 少しは落ち着いてよ!」


 ノエが声を張り上げても、効果はない。それから、小一時間ほどガラノス家の親族たちに囲まれていたエウフェミアは「少し外の空気を吸ってきます」となんとか談話室を抜け出す。扉を出る直前、こちらを追おうとする人をノエたちが制止する声が聞こえた。


(――少し疲れたわ)


 一人きりになり、エウフェミアは安堵の息を漏らす。


 イオアンニスの話ではもう少ししたら、当主の会議の開始の時間だ。七家の当主たちには全員許しを得ているとはいえ、緊張は高まる。


 会議開始前になったらこの通路を通って、会議が行われる『無色の広間』へと向かうことになっている。エウフェミアは通路の先へと視線を向け――その先に見覚えのある二人組を見つけた。


 エウフェミアは瞬きをする。それから、その二人へと近づいた。彼女たちは何かを小声で言い争っているようだった。近づくにつれて、言い争いの内容が聞こえてくる。


「あのマントがどれだけ大事なものか分かってるの!?これから、水の大精霊(ネロ)様にお目通りするっていうのに!」

「私は悪くないわ! お姉様が無理に押しつけてきたのが悪いのよ! 私だって川の水で祓いをしたかったのに! それに、ちゃんと木に掛けておいたもの! 誰かが勝手に持っていっちゃったのよ!」


 烈火のごとく怒っているのはテオドラ。そして、半分涙目で反論しているのはメラニアだ。


 エウフェミアが声をかける前に、従姉妹たちはこちらに気づく。すぐさま、テオドラは取り繕ったような笑みを浮かべ、メラニアは姉の後ろに半分隠れる。


「あら、エウフェミアじゃない。こんなところで何をしているのかしら?」


 棘のある口調。エウフェミアが答える前に、メラニアがクスクス笑い出す。


「きっと『青の談話室』にいるのが肩身が狭くて逃げてきたんじゃないかしら?」

「ああ、確かに。水の大精霊(ネロ)様の恩寵を失った身で『無色の城』に来るなんてとんだ恥知らずだと思っていたけれど、少しは自分の厚顔さを自覚したのかしら」


 先ほどまで口喧嘩をしていたとは思えないほど、二人は息の合った嫌味を言ってくる。あまりの身の変わりように感心してしまうくらいだ。


 エウフェミアは意識して笑顔を作る。――従姉妹たちの嫌味を受け入れていた頃の自分ではもうない。


「お二人こそ、何をなさっていたんですか? もしかして、――テオドラ様、マントをなくしてしまわれたのですか?」


 その言葉にテオドラは顔を真っ赤にする。それから、声を張り上げる。


「なくしたのは私じゃないわ! メラニアよ!」

「違っ――悪いのはお姉様じゃない!」


 そうして、従姉妹は再び言い争いを始めようとする。エウフェミアはそれを止めるように、話に割り込む。


「もしお困りでしたら、お手伝いしましょうか? なくされた場所に心当たりは?」


 精霊術師にとって身分を示すマントは大事なものだろう。テオドラが水の大精霊(ネロ)との対面前までに見つけたいのなら、人手は多いに越したことはないはずだ。


 そう思っての提案だったが、それを従姉は気に入らなかったようだ。また、睨まれてしまう。


「アンタみたいな無能に何ができるって言うの?」


 その言葉にエウフェミアは戸惑う。先ほどの発言もそうなのだが――まるで、エウフェミアへの認識が昔のまま、変わっていないように思える。


 エウフェミアは訊ねる。


「その、……どなたにも聞いていらっしゃらないんですか?」


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