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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
一章 二度目の人生の始まり

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15 半年前の隠し事


「お前、ウチの客層について知ってるか?」

「客層、ですか?」

「ウチが仕入れた商品を買ってくれる相手のことだ。どういうヤツらが買ってくれるか分かるか?」

「いいえ」


 ハーシェル商会では様々な商品を取り扱っているのは知っている。しかし、商品を一時的に事務所に置くことはあっても、実際に顧客が買いに来ることはない。仕入れた物は商会のほうから相手のところへ届けるのだ。


「仕事の大半は同じような商会や店だよ。貴族の屋敷と取引することもあるが、使用人相手の取引だ。まず、貴族は出てこない」


 貴族の屋敷との取引ということは食材や消耗品などだろうか。イシャーウッド家の別邸にもそういった業者がやってくることがあった。


「ただ、それは従業員たちに振ってる仕事の話だ。俺が相手してるのはウチの中でも上客……いわゆる富裕層だ。中流階級でも上流に含まれるような大店の主人はもちろん、貴族も含まれる」


 その発言にエウフェミアは固まった。


 ――それは半年前、雇用契約書を交わす前のやり取りだ。


 エウフェミアはアーネスト達から精霊貴族との接触が難しいという話を聞かされた。


 領地を持たず、屋敷の場所を秘匿している彼らの居場所は不明。上流貴族であれば接触は可能かもしれないが、そういったコネクションをエウフェミアは持っていない。だから、ハーシェル商会で働くことになったのだ。


 アーネストは皮肉げな笑みを浮かべる。


「フィランダーの爺さんのガラス細工、見ただろ? ああいうのが上流の奥様方にはウケがいいんだよ。上等な生地とか装飾品とか、そういうのを見繕って薦めてる。……精霊貴族サマには会ったことねえが、侯爵夫人くらいなら何人か相手したことあるぜ」


 それはすべてはじめて聞く話だった。


 確かにフィランダーの工房にあったガラス細工は素晴らしかった。貴族が欲しがってもおかしくない。それにアーネストの着る服は上等な代物だ。それこそ、貴族階級の人間と会っても失礼のないような――。


 エウフェミアは困惑したまま口を開く。


「でしたら、伯父様に連絡を取ることは」

「やろうと思えば出来ただろうぜ。伝手をいくつも辿る必要はあっただろうがな」


 衝撃のあまり、エウフェミアは言葉を失う。呆然とアーネストを見つめる。彼は悪びれた様子もなく、まるで当然のような顔をしている。


 エウフェミアはなんとか言葉を紡ぐ。


「……なぜ、キーナンではそのことを教えてくださらなかったのですか?」

「言う必要があったか? ガラノス邸に戻ってまた、奴隷みたいな生活に逆戻りしたかったのか?」


 戻りたいはずがない。しかし、アーネストがその事実を告げ、伯父に連絡を取ろうとしていたなら――その、もしもを想像し、背筋が凍る。


 真っ青な顔で黙り込むエウフェミアに、アーネストが灰皿を指で弾く。その音で我に返ったエウフェミアに、彼は真剣な表情で告げた。


「事実だけを伝える。世間的にエウフェミア・イシャーウッド伯爵夫人は半年前に病死してる。領地の別宅でな。ガラノス精霊爵もおそらくそういう風に認識してるはずだ。向こうがお前を探すことはないだろうから、安心しろ」


 エウフェミアは言葉を失う。


 元夫が自分を追い出した後、周りにエウフェミアのことをどう説明したのかなんて考えたこともなかった。伯父が自分を探すことがないというのは安心材料ではあるが、それ以前に世間的に自分が既に死んでいるという話に衝撃を受ける。


「――そんな」

「まあ、世の中ってのはそんなもんだ。本当のことだけで出来てるわけじゃねえ。真実を知ってる身からすれば信じられねえような嘘が本当のことのように流布してるもんさ。真偽なんぞ当事者以外には知りようがない。そういうのが当たり前だったりするんだぜ」


 アーネストの話す内容はエウフェミアを狼狽させることばかりだ。しかし、彼の言葉でゆっくりだが、世間が信じていることを受け止められるようになる。


 エウフェミアは一度大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。それから、質問を口にした。


「会長はいつ、そのことをお知りになったのですか……?」

「半年近く前だな。お前を雇ったすぐ後だよ」


 では、アーネストはかなり以前から知っていたわけだ。


「なぜ、このお話を今されたんですか?」

「俺の仕事に同行させてりゃいずれバレるからな。そのとき騒がれるのも面倒だから先に伝えただけだ」

「……では、そもそも――どうして私を雇ってくださったんですか? 今のお話が確かなら、私をガラノス邸に帰せばよかったのではないですか?」


 彼に貴族とのコネクションがあった時点で、エウフェミアを雇うに至った前提が変わってくる。結果的にそのことでエウフェミアは助かった形だが、アーネスト側がそこまでして自分を雇った理由が分からない。――エウフェミアのことを嫌いとまで言っていたのに。


 アーネストは煙草を口に運ぶ。それからおもむろに口を開いた。

 

「バーカ。教えるわけねえだろ。自分で考えろ」

「……ば? バカ?」

「じゃあ、面談はこれで終わりだ。明日も早いんだ。さっさと寝ろよ」


 言うか早いか、彼は灰皿を持ってキッチンダイニングを出て行ってしまった。残されたエウフェミアはポカンとそれを見送る。


 そのあと部屋に戻ったエウフェミアだが、結局今度はアーネストの意図が何なのか考え込んでしまい、うまく寝つくことができなかった。



 ◆



 翌朝ブロウズを出発し、帝都に到着したのは夕方過ぎだ。アーネスト達と別れ、寮の玄関を開けるとタビサが飛びついてきた。


「エフィさあああああん!」

「た、ただいま戻りました。三日間、大丈夫でしたか? タビサさん」


 自分より身長の高い彼女をなんとか支え、背中をさする。タビサの代わりに答えたのは食堂から顔を出したゾーイだった。


「大丈夫だったわよ。昨日害虫が出たけど、見事タビサが撃退してくれたわ」

「あれくらい可愛いもんですよ。インズではもっと大きな虫がいっぱいおりますカラ」


 それから食堂でエウフェミアはこの三日間の出来事をタビサから聞いた。本人としては至らなかったと感じている点はあったようだが、話を聞くかぎり寮の管理人としてしっかり勤めを果たしていたようだ。


「それでエフィはどうだった? はじめての出張」


 ゾーイに訊ねられ、少し考えてから笑顔を浮かべる。


「楽しかった。魚捕りもできたし、ちょっとした旅行みたいだったわ」


 仕事のためとはいえ、普段一緒に行動することの少ないアーネストたちと過ごすことも、故郷を思い出すような自然に囲まれた場所に行けたことも、両方とも気分転換になるような出来事だった。


 個人面談での出来事が気にならないわけではないが、これ以上はいくらアーネストに訊ねても答えてはくれないだろう。今日の朝、顔を合わせたときもいつも通りの態度で、昨夜のことなんて何もなかったかのようだった。


(それに、あまり気にしても仕方ないわよね)


 どういう考えがあったにせよ、彼に雇ってもらえたのは幸運なことだった。そのおかげで今のエウフェミアがある。アーネストは感謝すべき恩人であることは変わらない。


 こうしてエウフェミアのはじめての出張は、思いがけない真実と、胸に残る会話とともに、静かに幕を下ろした。


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