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19 伯父との対面


 湖を進んでいくと、急に霧が立ち込めてくる。そして、気がつくと目の前に島が現れた。


 小さな小さな島だ。その中央に建つ青い屋根に白い壁の屋敷。『青の館』と呼ばれるガラノス家当主の館。


(本当に戻ってきたんだわ)


 小舟が船着き場に到着する。一足先に舟を下りたノエが係留用の柱にロープをくくりつける。船が固定されたのを確認するとイオアンニスが桟橋に下りた。エウフェミアもそれに続く。


 屋敷の方から人影が近づいてきたのはその時だ。青い髪の女性――ゆっくりと歩み寄ってきた彼女は、少し離れた場所で足を止めた。


「ベレニケ」


 先に口を開いたのはイオアンニスだった。エウフェミアの伯母――ベレニケは感情の窺えない瞳で三人の来訪者を見つめる。


 ノエとイオアンニスはフードを外しているが、エウフェミアはまだフードを被ったままだ。だから、彼女が目の前にいる灰白色のマントを着る人物がかつてともに生活していた姪と同一人物と気づけるか分からなかった。


 しかし、目が合ったのは感じた。伯母は目を閉じると、どこか諦念したように息をこぼした。それから、綺麗なお辞儀をする。


「……ようこそいらっしゃいました。主人に御用でしょうか?」

「ああ。セオドロス殿はご在宅かな?」

「ええ、書斎におります。ご案内しますわ」


 そうして、ベレニケは『青の館』へと向かって歩き出す。イオアンニスも足を踏み出し、エウフェミアもその後に続いた。


 扉をくぐり、玄関ホールへと入る。


 一見、邸内はエウフェミアが出ていった二年前も何も変わりがないように思える。しかし、よくよく観察してみれば、細かいところにほこりが溜まり、掃除が行き届いていないようだ。何より、空気が違う。


 二階から声が響いたのはその時だ。


「あら、伯父様に――ノエもいるじゃない」


 聞き覚えのある声。顔を上げずとも、相手が従姉のテオドラであることが分かる。エウフェミアは俯き、顔を見られないようにフードを前に引っ張る。


「こんにちは。お邪魔するよ、テオドラ」

「……やあ、どーも」


 穏やかなイオアンニスに、無愛想なノエの声。階段を降りる足音が途中で止まった。怪訝そうにテオドラが言う。


「…………そちらの方は?」


 『青の館』に入れるのはガラノス家の人間だけ。青以外の色のマントを着た来訪者はあり得ない。しかし、ベレニケはハッキリと告げた。


「お客人よ。――お父様にご用があるそうよ。先に伝えに行ってきて」


 普段なら頼まれごとを嫌がるベレニケだが、珍しく何も文句を言わずに書斎へと走り出した。その足音が遠くなってから、ベレニケは「さあ、行きましょうか」と歩き出した。


 長い廊下を進んでいく。そうして、たどり着いた当主の書斎。ベレニケが扉をノックし、扉の向こうから入室の許可が下りる。開かれた扉の先には一人の男がいた。


 青髪青目の、ふくよかな五十代の男。書斎机に座る伯父の隣には、テオドラ、そしてメラニアの姿もあった。


 最初に口を開いたのはイオアンニスだった。


「セオドロス殿。連絡もなしに訪問して申し訳ない」

「久しぶりだな、イオアンニス。突然どうしたんだ?」


 義理の兄にそう返しながらも、セオドロスがチラリと一瞬だけこちらに視線を向けたのをエウフェミアは見落とさなかった。


「今日はただの案内役でね。用があるのは彼女だよ」


 そう言って、イオアンニスは一歩横にずれる。エウフェミアは前に出て、叔父の真正面に立つ。そして、フードを外し、微笑む。


「お久しぶりです。伯父様」


 灰白色のマント。それを着れる精霊術師の存在は伯父も把握している。その人物の正体も。


 だから、エウフェミアが顔を見せたときもセオドロスは露骨に驚く素振りは見せなかった。目を見開き、信じられないという顔をしているのはどちらかというと左右の従姉妹たち。


 数秒、反応には時間がかかった。伯父は大きく息を吸ったかと思うと、突然立ち上がった。


「エ、エウフェミアではないか!」


 それは姪との久しぶりの再会に喜ぶ伯父――にしては少し演技がずさんすぎた。声は裏返り、顔に張り付けた笑みは引きつっている。


 セオドロスは机を回り、こちらに駆け寄る。そして、エウフェミアの両肩を掴む。


「元気にしていたか!? イシャーウッド伯爵から亡くなったと聞いたときは驚いたぞ! まさか、生きているとは思わなかった! それにまさか、精霊術を使えるようになるなんて――もう、お前にはそんな能力はなくなってしまったと思っていた」


 きっと、今の伯父は頭の中でこの状況をどう乗り切ろうと必死に考えを巡らせていることだろう。


 エウフェミアが死んだと思われていたことは伯父も関与していない。だが、この屋敷で生活していた頃のエウフェミアの状況は周囲に説明していたものと異なっていた。それをここで証言されれば、伯父の立場はより苦しいものになるだろう。


 ここで伯父を糾弾することはとても簡単だ。だが、エウフェミアがここに来たのは七年間、虐げられてきた復讐ではない。


 エウフェミアは笑みを浮かべたまま、静かに答える。


「ええ、私もまさか自分にこんな力があるとは思ってもいませんでした。私もとても驚いております」


 ひとまず、姪が爆弾発言をしなかったことにセオドロスは安堵したようだった。しかし、まだ、緊張は緩まない。


「そ、それで、突然どうしたんだ。私に何の用かな?」


 ――どう話を切り出すか。


 少し迷ってから、エウフェミアは単刀直入に用件を切り出した。


「ひと月後の精霊会議。当主の会議に私も参加するお許しをいただきたいのです」


 その直後、伯父は真っ青な顔で後ろにのけぞった。巨体が書斎机にぶつかる。


「伯父様はエリュトロス精霊爵からイグナティオスのことは聞いていらっしゃいますね? 実は彼がまだ生きており、私は今命を狙われております」


 そうして、エウフェミアは他の精霊爵に向けて書いたのと同じように、イグナティオスの大罪について話し合いたいという要望を説明する。


 しかし、その言葉のどれだけが伯父の耳に届いたのだろう。小刻みに体を震わす伯父の表情からは恐怖と動揺が見て取れる。


(……この反応も仕方ないのかもしれないわね)


 説明をしながら、そんなことを思う。


 セオドロスはエウフェミアについて嘘をつき続けてきた。エウフェミア本人には髪と瞳の色が変わったことを理由に『恩寵を失い、精霊術師としての能力もない』と言い、その一方で周囲には『エウフェミアが廃人となった』と説明した。


 この嘘に伯父は正当な理由づけができないだろう。そして、自身が当主代理に相応しくない理由を証言できる姪を他の六家の当主の前に立たせられない。立たせれば、自分の嘘を明らかにされかねないからだ。


「そういうわけですから、伯父様にも許可していただきたいのです。他の六家の当主の方々からはお許しをいただきました。あとは伯父様だけです」


 説明を終え、エウフェミアはセオドロスの答えを待った。静かに正面の伯父を見つめる。長い沈黙の末、ガラノス家当主が口にしてのはこんな言葉だった。


「お、お前が精霊会議に参加する必要なんて、ないんじゃないか?」


 セオドロスはぎこちない笑みを浮かべる。


「その、イグ――例の子供のことを議題にしたいというだけなら、私が代わりに取り上げよう。命を狙われているというなら、どこか完全な場所に隠れていたほうがいい。――そう、ここなんからどうだ? この島にはガラノス家の人間以外はやって来れない。お前にとっては生まれ育った故郷だ。居心地も悪くないだろう。久しぶりの里帰りだと思って、ゆっくり休むのも――!」

「――伯父様」


 エウフェミアは伯父の言葉をさえぎるように、はっきりと声を発した。それから、どこか怯えたような視線を向けてくるセオドロスに微笑んだ。


「伯父様も分かっていますでしょう? ここは、私の“帰る場所”ではありません」


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