13 残された可能性
医師の診察を受け終え、エウフェミアは改めてシリルに状況を問う。
「何があったのですか?」
「それはこちらが聞きたいですね」
そうため息を吐く世話役も、状況をすべて理解しているわけではないようだった。
「まず、私が知ることをお伝えしましょう。――今から二週間前、ハーシェル会長が突然あなたを皇宮まで連れてきました」
聞きたいことは色々ある。しかし、一番驚いたのはその日付だ。エウフェミアは思わず聞き返す。
「二週間、ですか――!」
「はい。エフィさんは二週間眠ったままだったんですよ」
エウフェミアは言葉を失う。その間にも説明は続く。
「ハーシェル会長がおっしゃったのはこうです。『エフィが命を狙われた。またいつ襲われるか分からない。だから、皇宮で守ってくれ。犯人はエリュトロス家の人間だ』と」
「エリュトロス家……?」
「はい。襲ってきた犯人は赤い髪に赤い瞳の十代後半から二十代前半の男性。火の精霊術を使った、とも」
逃げ遅れたアーネストは犯人の姿を目視したのだろう。あの場に居合わせていたエウフェミアも知らない情報だ。
そして、同時にまた別の疑問が生まれてくる。
「どうしてエリュトロス家の方が私を……?」
「分かりません。ただ、大問題なのは間違いありませんよ。エフィさんは正式に爵位を持つ立場にありませんが、同じ精霊術師です。そんな相手を襲うなんて――それこそ、系譜から名を抹消されても当然の大罪です」
シリルの語調がきつくなる。それほど怒っているということなのだろう。
「ハーシェル会長には犯人探しもするように言われましたが――そんなの、あの男に言われるまでもなく当然のことです。エリュトロス精霊爵に状況を報告し、犯人候補を調べてもらいました。調査結果は既に出ているということですが、内容は精霊庁には開示できないと。エフィさんが目覚めたら直接報告したいと、今も皇宮に滞在していらっしゃいます」
「エリュトロス精霊爵がですか?」
「ええ、ご子息もご一緒に。ビオン様もすごく心配されていましたよ」
眠っている間に状況はどんどん進展しているようだ。一度目を閉じてから、エウフェミアは告げる。
「すぐに、エリュトロス精霊爵にお会いできますか?」
「まだ目覚めたばかりでしょう。もう少ししてからの方が」
「いえ。精霊爵もお忙しい身でしょう。早くすませてしまいましょう」
しかし、体を起こそうにも、なかなか言うことを聞いてくれない。結局、エウフェミアは身支度を整え、ベッドの上でエリュトロス精霊爵と面会することとなった。
客室にやってきたエリュトロス精霊爵はいつも通り厳格な雰囲気を漂わせている。その後ろにはビオン、そしてヘクトールの姿もある。
エウフェミアはまず精霊爵に向かって軽く頭を下げる。軽くなのは、それ以上頭が動かせないからだ。
「わざわざ部屋まで足を運んでくださってありがとうございます。お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません」
「…………いや」
エリュトロス精霊爵は妙に口が重かった。不思議に思いながらも、シリルが部屋を退出するのを待つ。そうして、七家の関係者だけになって、やっと本題を切り出す。
「それで、調査結果はいかがだったのでしょうか?」
目の前の男性はエリュトロス家の当主だ。つまり、エリュトロス家の人間が起こした不始末の責任を取る立場にある。被害者側であるエウフェミアが必要以上に言葉を重ねれば、彼を責めることになるだろう。そのため、シンプルな問いを投げる。
しかし、沈痛な面持ちのまま、精霊爵は口を開かなかった。調査結果は出ているはずなのに。エウフェミアは怪訝に思う。
「その、私は今回の件を大ごとにするつもりはございませんよ。幸運にも被害者は出ておりません。理由によっては情状酌量の余地もあると思っております」
そう言いながらも、本当はアーネストを殺しかけた犯人は許せない。しかし、こう言わねば精霊爵も話しづらいだろう。
だが、沈黙は続く。エリュトロス精霊爵は話そうとしない。その様子にエウフェミアだけでなく、ビオンまでも困惑した表情をする。
「一つ確認だが、犯人は間違いなくエリュトロス家の人間なのだな?」
何とも言えない空気の中、口を開いたのはヘクトールだった。当主の代わりに訊ねてきた男に、エウフェミアは頷く。
「はい。短時間で建物がすべて火に包まれました。あれを自然現象で片付けるのは難しいでしょう。火の精霊術によるものだと思います」
エウフェミア自身は犯人を目撃していない。しかし、火の精霊術の関与は間違いない。この世界で火の精霊術が使えるのはエウフェミアを除けば、エリュトロス家の人間だけだ。
それを聞いて、しばらくヘクトールも無言だった。それから、おもむろに告げる。
「該当者はいなかった」
その言葉にエウフェミアは目を瞠る。男は淡々と言葉を続ける。
「エリュトロス家の人間は全部で百八十七人。子供を除けば、そのほとんどが常時、任務を与えられている。他の六家と違い、火の精霊術師の役割は監視の意味合いが強いからな。当然、それぞれがどこにいるかは把握している。どの人物も、お前が襲われたという時間に、お前が襲われた場所に行けなかった。アリバイがあるか、あるいは前後の目撃情報から該当の時刻までに帝都周辺まで移動することが不可能だった。これは目撃情報と合致しない人物も含めてということだ。つまり、この百八十七人の中にお前を襲撃した犯人はいない」
「ええと、その、お待ちください」
エウフェミアは一度報告を止めさせる。ヘクトールの発言内容をゆっくりと咀嚼していく。
「――誰も、いない?」
それはおかしな話だ。絶対に犯人はエリュトロス家の人間で。それなのに、該当者がいないなんて。それは調査が足りていない、ということではないのか。
こちらの疑念を察したのか、ヘクトールが言う。
「もちろん、時間が限られていた。口裏を合わせている者がいるかもしれない。だが、今の報告はエリュトロス家全員に対して行ったものについてだ。目撃情報にある十代から二十代――念のために三十代まで範囲を広げたが、その年齢層の男については念入りに調べた。該当者は二十八人。全員を調べたが、完璧なアリバイがあった。この二十八人は絶対に犯人になり得ない」
――では、一体誰が。
犯人は火の精霊術師以外にはありえない。エリュトロス家の人間以外で火の精霊術を使える者はいない。所在が不明な者なんて――。
そこでエウフェミアはとある可能性に気づく。エリュトロス精霊爵を見つめる。先日、彼から聞いた話を思い出す。
「エリュトロス精霊爵」
なぜ、彼はずっと黙っているのだろう。エリュトロス家の中に犯人となりえる人物は見つからなかった。それは厳格な当主がこうも口を閉ざす理由には当たらないように思う。
「本当に、可能性のある人物は誰もいないのですか?」
エウフェミアが問うと、エリュトロス精霊爵は深く眉間にしわを寄せたまま、目を閉じた。それから、ゆっくりと答える。
「…………一人だけ、いる」
それはひどく弱々しい声音だった。精霊爵は右手で顔を覆う。
「もし、イグナティオスが生きていれば、……奴になら犯行は可能だっただろう」




