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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
六章 生命の目覚めと裁きの炎

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11 勝者の権利の使い方


 勝負の結果が出るまでそれほど時間はかからなかった。


 エウフェミアが次々と魚を釣り上げる横でアーネストの釣り竿はぴくりとも動かない。そうして、三十分もしないうちにエウフェミアは十匹近い魚を釣り上げた。


「俺の負けだな」


 バケツを覗き込んだアーネストはあっさりと負けを認める。それを聞いて、エウフェミアは疑問をぶつけた。


「どうして勝負しようとおっしゃったんですか?」


 アーネストは視線をこちらに向けたが、質問に答えなかった。エウフェミアは言葉を続ける。


「フィランダーさんのお家へ行ったときも、トリスタンさんより私の方がたくさん魚を捕りました。それなのに、どうして勝負を持ちかけてきたんですか? ……それも、負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くって」


 あのとき、エウフェミアは網を使って魚をすくう原始的な漁法で二十匹も魚を捕った。一方、釣り竿を使ったトリスタンはたった三匹。それを見たアーネストは本気か冗談か分からないが、『エウフェミアが水の精霊に愛されている』という言葉を口にした。そのことをアーネストが忘れたわけがない。


 アーネストは曲げていた背中を伸ばし、真っ直ぐにこちらを向く。


「その質問に答えることが、勝負に勝った権利ってことでいいか?」

「……それは」


 どこか試すような言い方に、エウフェミアは言葉を詰まらせた。


 エウフェミアが勝つことが分かっていながら持ちかけられた勝負。その景品は本来受け取るべきものではない。しかし、『アーネストが何でも聞いてくれる権利』というのは手放すには少し惜しい代物だ。簡単に消費してしまうのも躊躇いがある。


 こちらの葛藤を知ってか知らずか、アーネストは笑いをこぼす。


「別に今すぐ決めろとは言わねえよ。何に使うかはゆっくり考えとけ」


 そう言って彼はバケツを片手に工房の方へと歩き出した。



「確か魚籠も置いてあったな」


 アーネストはそう言ってバケツを地面に置くと、また建物へと入っていく。今度はエウフェミアも後に続いた。


 建物の一階部分は仕切りがなく、全体が工房になっているようだった。釜場に洗い場、作業スペース。そして、染料らしき物が入った瓶や布が並ぶ棚。そのどこもがほこりをかぶっている。


 階段を登ると、二階部分はいくつかの部屋に分かれていた。アーネストは一番手前の物置に入り、床に置かれた魚籠を手に取る。エウフェミアは空いているスペースに釣り竿を置いた。それから、恋人の背中を見て、小さく息を吐く。


 どうしてアーネストが勝てない勝負を挑んできたのか。その理由が分からず、未だ胸の中はもやもやでいっぱいだ。


 しかし、「その質問に答えることが、勝負に勝った権利ってことでいいか?」と言われたら、それ以上同じことを聞けない。――きっと、アーネストはそれを見越してあの発言をしたのだろう。


 仕方なく、エウフェミアは別の切り口を探す。物置を出ようとするアーネストに問いかけた。


「もし。会長だったら、勝負に勝った権利を何に使われますか?」


 振り返った彼は少し驚いたような表情を浮かべる。それから、考えるように顎に手を当てた。


「そうだな。俺なら、お前に振ってもらうかな」


 その答えにエウフェミアは言葉を失った。


 確かにアーネストは付き合い始めるときに『エウフェミアに愛想を尽かされるまで』『エウフェミアが心変わりするまで』と期限を提示した。しかし、エウフェミアは心変わりするつもりはないし、アーネストの考えを変えていけばいいと思っていたのでそれほど気にしていなかったが――まさか、勝負の権利で無理やり振ってもらおうと考えるなんて思ってもいなかった。


 エウフェミアは反論する。


「命令されたって心変わりなんてしません!」

「さあて、どうかな」


 笑い声を上げながら、アーネストは物置を出ていく。そして、そのまま階段を降りるのではなく、奥の部屋へと消えていく。エウフェミアはその後を追う。


 元は住人の食堂兼居間だったのだろう。食卓以外に棚や安楽椅子が置かれている。入り口の真向かいには大きな窓があった。


 アーネストが窓を開けると、外から涼しい風が入ってくる。湖に面した窓からは湖畔が一望できる。


 窓枠に囲われた絶景はまるで絵画のようだ。その美しさにエウフェミアは思わず声を漏らす。


「綺麗ですね」

「そうだな」

「窓枠が額縁みたいで……絵画のようで、素敵です」


 エウフェミアは思った感想をそのまま口にする。しかし、帰ってきたのは冷たい返答だった。


「そうか? ――絵なんて結局、偽物だろ」


 弾かれたように隣を向く。アーネストが窓の外に向ける視線は冷淡で、嫌悪さえも感じさせるものだった。


「小説も、舞台も。現実を真似て作ったまがいものだ。全部、偽物だ」


 その反応にエウフェミアは困惑を隠せなかった。


 アーネストが芸術的なものに興味がないというのはそれほど不思議なことではない。彼は現実的で合理的な考え方をするし、『薔薇の誓い』の舞台を見ているときも興味がなさそうだった。――だが、なぜこうも拒絶とも呼べるこんな強い反応を示すだろう。


「どうして、そんなことをおっしゃるんですか?」


 エウフェミアの必死の問いに、彼は答えなかった。窓枠に寄りかかり、窓下の湖面を見つめる。それから、ゆっくりと口を開く。


「……お前に、言わないといけないことがある」


 アーネストは体を起こし、体をこちらに向かせる。しかし、視線は合わない。沈痛な面持ちで、視線は逸らしたまま。


「俺は、本当は」


 きっと、それは重大な告白だったはずだ。しかし、エウフェミアがその続きを聞くことはなかった。


 アーネストが突然、入り口の方を振り返る。その直後、エウフェミアの体は窓の外へと勢いよく突き飛ばされた。


 下に落下する間の時間はとても長く感じた。先ほどいた二階の窓の向こうにアーネストの姿が見える。入り口を振り返ったままの彼の顔を見えない。でも、窓枠に手をかけたのは見えた。


 瞬間、衝撃とともにエウフェミアの身体は水中に飛び込んだ。――窓の下の湖に落ちたのだ。ある程度深さがあり、湖底に体を打ちつけるようなこともない。呼吸を止めたまま、エウフェミアは湖面に向かって泳ぐ。


「――っ!」


 水面から顔を出したエウフェミアは新鮮な空気を吸い込む。手で顔を拭い、建物の二階を見上げる。


(――一体どうして)


 なぜ、アーネストは自分を湖に突き飛ばしたのか。理由がまるで分からない。――しかし、先ほどまで自分がいた場所を見たエウフェミアは、それ以上に状況が理解できなかった。


 赤い、赤い――火だ。


 木造の建物全体が火に包まれ、燃え上がっていた。



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