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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
六章 生命の目覚めと裁きの炎

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7 期待と現実

本日より投稿頻度を隔日→毎日に変更します。よろしくお願いします。


 『薔薇の誓い』。そう題された古典作品は、身分違いの恋を描いた小説であった。


 主人公は貧しい絵描きの青年と、裕福な商家の娘。この二人が周囲の反対に遭いながらも、障害を乗り越えていく物語だ。


 本文には古い古典作品からの引用や難解な表現も多い。以前読んだ大衆向けの小説に比べると、読み進めていくのに時間がかかる。それでも、エウフェミアはゆっくりと小説を読み込んでいった。


 デート当日、エウフェミアが選んだのはくすんだ青色のドレスだ。中流階級層向けの劇ということで、素材は絹ではあるが安価な質のものを選んだ。装飾も控えめながら、花模様の刺繍が施されている。髪もまとめ、いつもより大人っぽい雰囲気に仕上がっている――と思う。


 アーネストが迎えに来たのは昼過ぎ。


 彼にエスコートされ、馬車に乗り込む。エウフェミアは隣に座るアーネストに借りていた本を差し出した。


「ありがとうございます。とても面白かったです」


 普段読まないタイプの本。そういう意味では興味深かったが、正直エウフェミアの好みではなかった。それでも、背伸びをしたくて、少しだけ嘘を混ぜる。


 アーネストは「そうか、よかった」と言って本を受け取る。エウフェミアは質問をする。


「会長はこういった小説もよく読まれるのですか?」


 彼がいつも読んでいるのは新聞、経済雑誌、ビジネス書。そういうイメージだ。古典作品とはいえ、小説を読んでいるのは意外だった。


 アーネストは少しだけ眉間にシワを寄せる。


「よくは読まねえけど――まあ、古典作品は一通り目を通してるよ」

「……お嫌いでは、ないのですよね?」

「好きも嫌いもねえよ。必要な教養として読んだ。それだけだ」


 仕事柄、アーネストは上流階級の顧客を相手にすることもある。そうしたときに古典作品の知識があることはプラスに働く。そういう意味合いだろう。


 その話を聞いて、エウフェミアはなんともいえない違和感を覚える。しかし、それを口にする前に、アーネストが口を開く。


「お前はどういう本が好きなんだ? 前にトリスタンに娯楽本を勧められ、貸本屋で本も借りたって言ってたろ」

「ええ、そうですね。まだ最初に読み始めたシリーズしか読めてないのですけど……」


 聞かれるがまま、エウフェミアはまだ読み途中の大衆向けの娯楽本の話をする。その間に馬車は劇場へと到着した。


 劇場に足を踏み入れるのも、観劇というものに参加するのもエウフェミアにとってはじめてのこと。


 会場の奥には大きな舞台が設置され、そこに向かってたくさんの席が並べられている。観客席は二階もあり、エウフェミアたちの席は二階の中央最前列だった。


 高い席からは舞台も、一階席もよく見える。


 順々と座っていく観客の多くは寮の管理人時代によく見かけた人々より裕福そうな――中流階級の人々だ。エウフェミアやアーネストと似たような服装の人も多い。


 身を乗り出し、下を覗き込んでいると、アーネストが苦笑するように言った。


「乗り出しすぎて、落ちるなよ」


 子供じみた真似をしていたことに気づき、顔を赤くしながら慌てて座席に座り直す。初めての場所に少し緊張しているエウフェミアと違い、アーネストはごく自然とリラックスしている。


「……会長はこういう場所に慣れていらっしゃるのですね」


 落ち着き払った様子に、エウフェミアがぽつりと呟く。すると、アーネストは「いや」と首を横に振った。


「確か三度目だな。慣れてるってほどじゃねえ」

「ですが、落ち着いていらっしゃいます」

「別にソワソワするような場所でもねえだろ。ただ、黙って劇を鑑賞する。それだけの場所だ」


 呆れたように言い放ってから、アーネストは何かに気づいたように取り繕う。


「まあ、あんまりかしこまる必要もねえってことだ。余計なことを考えてると楽しめねえぞ」

「…………そうですね」


 エウフェミアは特に追求はせず、舞台へと視線を向ける。座席のほとんどが埋まり、少しすると周囲が暗くなる。そして、舞台の幕が上がった。


 舞台のストーリーは本で読んだ通りのものだった。しかし、別の古典作品からの引用や難解な言い回しはなく、分かりやすい台詞回しが特徴的だった。


 俳優たちの演技も上手い。彼らは本気かのように、怒り、泣き、笑う。それを見つめながら、時々エウフェミアは隣に座るアーネストの横顔を覗き見る。


 彼は静かに舞台を見つめていた。しかし、その表情は決して楽しそうなものではない。――まるで、つまらなそうに、冷めた目を舞台上へと向けていた。




 ◆




 『薔薇の誓い』は最後、絵描きが大成することにより、周囲に認められ、商家の娘と結ばれて幕を閉じる。


 主人公二人を演じる男女の役者を中心に他の演者たちが舞台に集まり、全員のお辞儀とともに劇は終わる。盛大な拍手が響き、少しずつまばらになっていく。


 周囲の観客が少しずつ立ち上がり、会場を出ていく。ある程度人が減ってから、ようやくアーネストは立ち上がった。


「じゃあ、行くか」

「行くって、どちらにですか?」


 そういえば、観劇の後の予定を聞いていない。エウフェミアはアーネストが差し出した手を借り、立つ。


「レストランを予約してある。そこで飯を食いながら話をしよう」


 そうして、次に向かったのは文化地区と商業地区の間にあるレストランだ。『金のスプーン』と名付けられた店はエウフェミアも知る高級店だ。商会にいた頃、他の従業員が「いつか行きたい」とよく口にしていたのを聞いたことがある。


「おい」


 アーネストが入り口の従業員に声をかける。相手は名乗りもないのに「ハーシェル会長、ようこそ。お待ちしておりました」と笑顔で中へと誘導してくれる。


 案内されたのは二階の奥まった席。周囲からは柱や置物で見えにくくなっている。


 従業員が引いてくれた椅子に座り、出されたメニューに目を通す。しかし、小洒落たメニュー名からはどんな料理なのか想像するのは難しい。


「何がいい?」

「……ええと」


 アーネストの問いに答えられずにいると、彼は勝手に注文を始める。


「『春風のカプリース』に『紅玉の煌めき』。あとは食後のデザートで『黄金の約束』。――飲み物は何がいい? ノンアルコールでいいか?」

「は、はい」

「彼女にはローズマリーレモネード。俺はルージュ・クラシックで」

「かしこまりました」


 注文を取り終えた従業員は一階へと降りていく。それを見送ってから、エウフェミアは訊ねた。


「ここにはよくいらっしゃるのですか?」

「まあ、仕事の会食でな。何かと融通してもらえるから重宝している」


 そんな話をしている間に飲み物がやってくる。


 エウフェミアの前に置かれたのはローズマリーが入った淡い黄色の炭酸水だ。アーネストの前に置かれたのはワイングラス。そこに赤いワインが注がれる。


「じゃあ、乾杯」


 差し出されたグラスに、そっと自分のグラスを近づける。軽い音とともに、グラスがぶつかった。


 アーネストは自然な動作でワイングラスを口に運ぶ。それを見つめてから、エウフェミアもグラスに口をつける。甘酸っぱさの後に、ローズマリーの爽やかな香りが残る。


 エウフェミアがグラスを置くと、アーネストが口を開いた。


「舞台は面白かったか?」


 その質問にどう答えるか。一瞬迷ってから、口を開く。


「はい。観劇は初めてで……少しドキドキしました」

「今日公演をしていた『三日月座』は最近人気の劇団だよ。数年前に結成されて、今回みたいに古典作品を現代的に描く。とっつきやすいし、俳優たちの演技力も高いと評判なんだ」


 そうして、アーネストは劇団や演目について語る。しかし、それは彼の感想ではなく、知識あるいは客観的な事実の羅列だ。興味深い話ではあるが、エウフェミアが一番知りたいことではない。


「会長は――」


 質問をしようとしたとき、ちょうど料理が運ばれてきた。季節の野菜とハーブが使われた前菜の盛り合わせに、赤ワインで煮込まれた牛肉の特製ソース添え。従業員の説明を、エウフェミアはじっと聞く。


(……なんでだろう)


 今日のデートをすごく楽しみにしていた。なのに、実際の観劇も、食事の場も、何とも言えない虚しさを感じる。


 他愛ない雑談をしながら、料理をフォークで口に運ぶ。高級レストランの料理は繊細な味付けでとても美味しい。しかし、動かす手は腕に重りをつけたかのように重かった。



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