32 出した結論
その後残されたのは避難していた住民たちを帰還させること。状況をブロックハート侯爵に報告すること。精霊術師の仕事は終わっている。
エウフェミアは協力者の皆――ノエ、キトゥリノ兄妹にお礼を伝える。何か困ったときにはお互い協力しようと約束を交わし、三人はそれぞれ帰っていった。
「俺も一緒に行こうか」
「平気よ。どっちにしろ、駅に行かないと『赤の砦』に向かえないわ。モロニー駅で待っていて」
そうして、ビオンと別れ、エウフェミアはシリルとともにブロックハート侯爵邸へと向かう。
到着した侯爵邸でナイセルに火の精霊が戻ったことを伝えると、ブロックハート侯爵は泣いて喜んだ。
「ありがとうございます。ありがとうございます。これで、我が家も救われる」
「――か、どうかはこれからの侯爵の頑張り次第だと思いますけどね」
冷や水をかけるように釘を差したのはアーネストだ。彼はにこりと侯爵に笑いかける。
「支出の整理も、取引する商人の選定も終わりました。これで私の仕事も終わりです。微力ながら、侯爵のお手伝いができて喜ばしく思います」
礼儀正しい言葉に、なぜか侯爵は震え上がる。そして、アーネストと目を合わせることなく、「こ、こちらこそ大変助かった。あ、ありがとう」とぎこちなく答えた。
「避難した住民を家に帰すのは侯爵にお任せします。そろそろ、私も他の仕事がありますからね――では」
そう言うやいなや、アーネストはさっさと公爵邸の書斎から出ていく。エウフェミアは侯爵に会釈し、それを慌てて追いかける。
アーネストは早足で廊下を歩く。追いついたエウフェミアは廊下に人がいないのを確認し、彼の名前を呼ぶ。
「かい――アーネスト様」
「さすがに長居しすぎた。俺はいい加減商会に戻る」
懐中時計を見ながら、アーネストは言う。玄関をくぐったタイミングでシリルも追いつく。玄関前に停まる精霊庁の二台の馬車の片方――エウフェミアたちが乗ってきてないほうだ――を指差す。
「コッチ、少しの間借りるぞ。近くの街にトリスタンを待たせてる。そこまでの足が必要だ」
「どうぞ、ご自由に」
御者台にはグレッグの姿がある。エウフェミアは慌てて呼び止める。
「帝都に戻られるなら鉄道のほうが早いです。トリスタンさんを迎えに行って、一緒に駅に――」
「商会に戻る前にトリスタンから報告を聞きたい。部外者がいたら邪魔だ。帝都周辺は俺の知り合いも多いしな。鉄道を使っている姿を見られるリスクを減らしたい」
アーネストが馬車に乗り、グレッグが掛け声とともに手綱を緩める。その瞬間、エウフェミアは強引に馬車に乗り込んだ。
「エフィさん!?」
暴挙にシリルが大声をあげる。扉を閉める前に、エウフェミアは叫ぶ。
「シリルさんは先に駅に向かってください! 私はグレッグさんと一緒に戻ります! ――このまま出発してください。これは命令です」
いくらシリルがグレッグの上司でも、精霊術師であるエウフェミアのほうが立場は上だ。命令と言えば拒否権はない。
実際、グレッグは指示通り、そのまま馬車を出発させる。呆然とした様子のシリルのいる侯爵邸の玄関がどんどん遠くなる。エウフェミアは居住まいを正し、肩を震わせ笑いをこらえているアーネストを睨む。
「ずいぶんと強引だな」
「――結論をまだ聞いていません」
「バレてたか」
アーネストは悪びれる様子もない。
「あのまま逃げ切りたかったんだがな」
「まだ時間が必要でしょうか?」
「……いや、結論は出したよ」
意外な答えにエウフェミアは瞬きをする。てっきり、結論が出ていないから逃げようとしたのかと思っていた。
「俺の気持ちは変わらないよ。――お前を愛してる。でも、俺は俺自身がお前に相応しいと思わない」
以前言われた『好き』以上の言葉である『愛してる』の単語に正直、心臓は跳ねた。しかし、続く言葉はエウフェミアの期待するものではない。
「また同じことをおっしゃるんですね」
「そう、俺の考えは変わらない。で、お前の考えも簡単には変わらないだろ?」
アーネストも大概頑固なようだが、それはエウフェミアも同じだ。
「だから、お前に愛想を尽かされるまでは付き合ってやるよ」
その言葉にエウフェミアはキョトンとする。
「ええと、『付き合ってやる』というのは……」
「両方の意味だよ。お前が心変わりするまで一緒にいてやる。お前が心変わりするまで恋人になってやっていい」
予想外の連続に、すぐに感情が追いつかない。やっとのことで質問をする。
「――よろしいんですか?」
「……まあ、俺がお前にしてやれることなんてもうほとんどねえし」
そう言ってアーネストは視線を逸らす。それから、またこちらを見て笑った。
「俺の時間ぐらいはくれてやってもいいよ」
それは微笑むと形容するのが相応しい笑い方だった。優しく、穏やかで普段の彼からは想像もつかない。――でも、それが彼の本来の笑顔のように思えた。
エウフェミアは言葉もなく、座席から立ち上がる。アーネストへと手を伸ばす。そのとき、大きく馬車が揺れた。姿勢を崩したエウフェミアをアーネストが受け止める。
この身体接触は偶然的な事故だ。しかし、受け止めてくれた力の強さに、思わず相手の首へと腕を回す。ぎゅっと力を込める。
「好きです。大好きです」
「…………俺もだよ」
ゆっくりとした時間が流れる。許されるなら永遠にこのままでいたい。そう思える幸福な時間だった。




