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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
五章 眠れる炎の再生

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31 眠れる炎の再生


 ビオンは真っ直ぐに父親と対峙する。


 いつまでも父の言うこと、その挙動に一喜一憂する子供じゃない。ずっとビオンは父の支配下から逃れたかった。――今日が決別の日だ。


 息子の言葉にゲオルギオスは反論しなかった。しばらくの沈黙の後、口を開く。


「……私に出来なかったことか」


 父はどこか自嘲するように嗤う。


「確かにそうだな。あの娘は私には出来ないことをした」


 その言い方にビオンは違和感を覚える。まだナイセルに火の精霊を呼び戻せていない。なのに、父は過去形で言った。


 父は額に手を当てた。それから沈痛な面差しで言う。


「私にはずっと分からなかった。どうすればお前を次期当主に据えられるのか。その力量を身につけられるようになるのか。……私が父からされたように厳しく指導すればいつか、きっと私のようになれる。そう信じて、お前に厳しく当たってきた」


 ビオンには父が何を言っているのか分からなかった。


 傲慢で不遜で。人の話に耳を傾けるどころか、一蹴する。それがビオンの知るゲオルギオス・エリュトロスだ。


 なのに、今の父は弱々しく、普段の威圧感は微塵もない。困惑しながら、ビオンは問う。


「――何を言っているんだ?」


 その問いかけに父は答えなかった。しばらく、目を閉じた後、ゆっくりと開く。


「ビオン。お前はエリュトロス家当主の座を望むか?」


 それははじめての問いだった。今まで、ビオンはずっと父の跡を継ぐための教育をされてきた。しかし、ビオンが当主の座を目指すのは決定事項であり、そこにビオンの自由意志は存在しなかった。


 ビオンは慎重に答える。


「分からない。今はまず、一人前の精霊術師になるのが先決だと思っている。だれからも尊敬される火の精霊術師になれば、自然と大精霊の紋章(エンヴリマ)を授かれる器に足る人間になれると思っている」

「…………そうか」


 そう呟くと、ゲオルギオスは遠くに視線を向けた。それから、ゆっくりと口を開く。


「頑張ってこい」


 ――その言葉にビオンは今までで一番衝撃を受ける。


「私はお前の勇姿を山の下から見守っている」


 口を開けたまま固まる息子の横を通り抜け、父はビオンが来た道を進んでいく。その姿が見えなくなるまで、身動き一つとれなかった。


 しばらく呆然としていたビオンだが、ふと我に返る。早く山を登らなければ。ビオンが定位置につかなければ、作戦が始められない。


 ビオンは一人で山を登る。その足取りは妙にふわふわとしている。先ほどの父の言葉が何度も反芻される。


 頑張ってこい。それは激励だ。そんな言葉を父にかけられたのははじめてだ。


 山頂を目指しながらビオンは考える。


 ずっと、ビオンは父の期待にうまく応えられずにいた。いい息子にはなり得なかった。しかし、それは父も同じだったのではないだろうか。


 父も、ビオンの期待するような父親になれなかった。そういう意味ではもしかしたらお互い様――なのかもしれない。


 時間をかけ、ビオンは火口へ到着する。そこには先にニキアスが着いており、「遅かったね」と彼は笑った。


 そうして、ニキアスはビオンが火口に到着したことをエウフェミアたちに伝えに行く。あとはビオンもそのときを待つだけだ。じっと目を閉じて待つ。


 死に向かうナイセルの山には火の精霊たちの気配はほとんどない。しかし、急に地面の遥か地底から火の精霊たちが昇ってくるのを感じた。彼らの喜びが聞こえる。


 ビオンを両手を広げる。


 ずっと水の精霊たちに堰き止められていた彼らはその自由を謳歌している。だが、このままではエウフェミアの言うように火口から勢いよく溶岩とともに飛び出してくるだろう。だから、ビオンは彼らを落ち着かせるように祈る。


 支配下に置くのではなく。無理やり言い聞かせるのではなく。彼らの感情を受け止め、そして、落ち着かせるのだ。命令するのではなく、諭すように。言い聞かせるように。


 そうして、彼らの感情が静まるのを待つ。


 次に目を開けたとき。周囲は火の精霊たちの気配に満ちていた。それでも、火口は変わらず、石と岩に囲まれたままだった。




 ◆




 その瞬間、エウフェミアは目を開けた。


「成功――したのよね?」

「うん」


 答えたのはダフネだ。彼女は遠くに見えるナイセルの山を見つめる。


「火の精霊たちが戻ってきてる。でも、噴火もしてないわ。火の大精霊たちも落ち着いている」

「よかった――!」


 ビオンを信じていなかったわけではない。しかし、かなり重い役割を押しつけてしまったのも事実だ。


 エウフェミアは喜びのあまり、近くにいたダフネに抱きついた。それから、慌てて体を離す。


「も、申し訳ありません。ダフネ様」

「いいわよ、別に。――でも」


 ダフネは少し迷った様子を見せてから、続ける。


「いい加減『ダフネ様』って呼び方はいいんじゃない? 私のほうが年下だし。私も呼び捨てにしちゃってるし」

「で、ですが、それは失礼では――」

「どうして?」


 そう言われてみて、エウフェミアはその理由が何一つ思い浮かばなかった。


 ダフネは七家の一員である。

 ――でも、エウフェミアも生まれは七家だ。


 ダフネは生命の精霊(プシュケー)から精霊の眼(オプタルモス)を授かった特別な存在だ。

 ――でも、エウフェミアも生命の精霊(プシュケー)から恩寵を授かっている。


 沈黙の末、エウフェミアは止むを得ずダフネに訊ね返した。


「な、なんて呼べばいいかしら?」

「好きに呼んでいいわよ」

「で、では、ダフネと呼ばせてもらいますね」


 まだ敬語が抜けていないからだろう。ダフネは何か言いたげな視線をこちらに向ける。そこに割り込んできたのはニキアスだった。


「いいな、いいなー! じゃあ、ボクも名前で呼んでほしい」

「いえ、でも、それこそ非礼にあたるのではないでしょうか? キトゥリノ精霊爵は爵位をお持ちですし――」

「ひどい! ボクのこと仲間はずれにするの!?」

「…………では、ニキアス様とお呼びしてよろしいでしょうか?」


 一歳年下ではあるが、やはりキトゥリノ精霊爵は目上の人間だ。名前を様付けすることでエウフェミアはなんとか呼び捨てを回避しようとする。


「うーん、まあ、それでもいいよ。しかたないなあ」


 渋々といった様子ではあったが、ニキアスが納得してくれたことに安堵する。ダフネは「あまりワガママを言ってエウフェミアを困らせないで」と兄を諌める。ノエがそれを他人事のように見つめていた。


 そうして四人はビオンを迎えにナイセルの麓へと向かう。しばらく登り口で待っているとビオンが山から姿を現す。こちらに気づいたビオンが安堵したように笑みをこぼす。


「エウフェミア」


 名前を呼びながら、ビオンはエウフェミアに抱きついてくる。そのことに驚いたようにノエとダフネが声を上げる。


「俺、やったよ」

「うん。ビオンなら出来ると思っていたわ」


 抱擁を交わし終え、その後全員で精霊庁管理の施設まで戻ることにする。聞き覚えのある声が響いたのはそのときだった。


「終わったか」


 第三者の声に、一瞬空気がひりつく。しかし、その正体がエリュトロス精霊爵であることに気づき、緊張が和らいだ。


 エリュトロス精霊爵はナイセルの山を見上げる。


「……山に火の精霊たちが戻ってきているな」

「ええ。ご希望通り、火の精霊たちを呼び戻すことで私の実力を証明いたしました」


 エウフェミアが宣言すると、精霊爵は鼻で嗤う。


「証明? 私が求めたのは生命の精霊(プシュケー)の恩寵を得ていることの証明だっただろう? 確かに山から火の精霊たちがいなくなった原因を突き止めたのは素晴らしい。だが、水と火の精霊術師、精霊の眼(オプタルモス)の力を借りて成し遂げただけてはないか。お前でなくとも、七家の精霊術師同士が協力し合えばなし得れたことだ」


 その言葉にエウフェミアは反論できなかった。


 エウフェミアは水の精霊に堰き止められた火の精霊に働きける際、土の精霊への呼びかけもした。しかし、これもカフェ家の人間(土の精霊術師)がいれば解決する問題だ。生命の精霊(プシュケー)の恩寵を受けているからこその何かは出来ていない。


 しかし、エリュトロス精霊爵は直後に雰囲気を和らげる。


「だが、こうして七家同士が協力し合い、物事に取り組むということは今まで誰にも出来なかった。七家の外にいるお前だからこそ出来ることなのかもしれぬな」


 エウフェミアは瞬きをする。まさか、そんなことを言ってもらえるとは思わなかったからだ。深々とお辞儀をする。


「ありがとうございます」

「…………まだ、後始末が残っているだろう。すべてが終わったら、『赤の砦』へ来い。お前の望むことを語ってやろう」


 その言葉にエウフェミアは跳ねて喜びたい欲求を押さえる。重ねて、エリュトロス精霊爵に感謝を伝える。


「ありがとうございます……っ!」

「ビオン。お前もよくやった。しばらくは好きに過ごすといい」


 父親の労いの言葉にビオンは固まる。そして、息子が何も言わないうちにエリュトロス精霊爵は来た道を戻っていった。その先にヘクトールが馬車で待っているのが見える。


(やっと、ここまできた)


 エウフェミアが家族の死に何かあることを知ってから三ヶ月。それは決して長い期間ではなかっただろう。しかし、八年越しにすべてを知ることができる。


 そのことにこれ以上ない、高揚感を覚えていた。



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