24 状況報告
ノエの部屋に戻り、エウフェミアたちは改めてお互いの状況を報告し合った。
とはいえ、エウフェミア側が得た情報はエリュトロス家の秘密に関わりそうなものもある。独断で精霊庁やガラノス家の人間に明かすわけにはいかない。そのため、『ビオンが危険な目に遭ってしまったそうだが、特に怪我はなかった。しばらくリーヴィス侯爵邸で静養することにした』とだけ共有した。
一方のノエたちの報告はこうであった。
「エウフェミアたちの推理通り、人工河川沿いの水の精霊の数はとても多かったよ」
ノエはティースプーンを指先で遊ばせながら言う。
「川自体だけじゃなくて、その周辺や地面からもそれなりの気配を感じた。人工河川が引かれる前からどれくらい増加しているかは想像するしかないけどね。まあ、周辺に自生している植物の種類を見るかぎり、乾燥に強いタイプばっかりだったから、以前は水の精霊が少なかったと考えるのが自然だね」
「すごい。ノエってば、物知りね」
感激したエウフェミアが声をあげると、ノエは一瞬気まずそうな表情を浮かべ、アーネストを見る。商会会長が話を引き継ぐ。
「人工河川からこっち、ナイセルのほうまで北上してきたが、地面からはそこそこ水の精霊の気配を感じたそうだ。が、ナイセル自体の水の精霊の数はそんなに多くない。――そうだな、ノエ?」
「うん、そう。だから、人工河川によりナイセルの南部の水の精霊が多いのは事実だけど、直接ナイセルの山自体に影響を及ぼしているとは考えにくいかな」
「……なるほど」
二人の話を聞きながら、エウフェミアは考える。
「人工河川の開発がナイセルの件と無関係とは考えたくないけれど、……どう思いますか?」
意見を求めてアーネストを見る。すると、彼は鞄から資料を取り出す。
「その二つは紐づけて考えていい気はするがな。ほら、ブロックハート侯爵邸から借りてきた火霊石の採掘記録だ。人工河川に水を流すようになった直後から採掘量が激減している」
「…………本当ですね」
エウフェミアは渡された資料をマジマジと見つめる。それから、ベッドに広げられた地図を眺めていると、あることを思い出す。
それは最初にナイセルに来たとき、ビオンが教えてくれたことだ。
地面の下には燃える岩石の川が流れている。その川が今も流れ続けていればナイセルから火の精霊が減ることはない。その話を聞いて、エウフェミアは『何かで川がせき止められたか、力が弱まったのか』と口にした。
エウフェミアは呟く。
「地下の燃える川」
そうして、エウフェミアは怪訝そうにしているノエたちにビオンにされた説明をした。それを聞いたアーネストは「それだな」と相槌を打つ。
「断言するのは危険かもしれねえが、水の精霊が増えたせいで地下の燃える川とやらに悪影響を与えた。一旦、その推測で話を進めてもいいかもしれねえな」
「でも、それが本当だとして、一体どうするって言うんだい? 地面の下――それも数十キロも先の深さなんて調べようがないよ。ピンポイントで原因となってる場所が分かれば地表からも水の精霊たちに命令を届けられるかもしれないけど、ナイセルの南側ってだけじゃどうしようもないよ」
「確かに、……そうよね」
地底深くを地上から調べることも見ることも出来ない。それは最初に行き当たった問題だ。地下の川の変化の原因が水の精霊ということがわかったところで解決するものではない。
困り果てていると、エウフェミアとノエをじっと見つめていたアーネストが口を開いた。
「どうしようもなくはねえだろ」
「――え?」
エウフェミアは首を傾げる。
アーネストが何を言おうとしているのかが分からない。それはノエも同じようだった。ずっと聞き役に徹しているシリルとグレッグもだ。
なぜか、しばらくアーネストは口を開こうとしなかった。しかし、渋々といった様子で指摘する。
「ダフネ・キトゥリノ。ウォルドロンで会ったっていう嬢ちゃんならなんとか出来るんじゃねえのか?」
エウフェミアとノエは目を丸くする。それから、ノエはエウフェミアに耳打ちしてくる。
「――ちょっと、エウフェミア。アーネストに精霊の眼の話までしたの?」
「ご、ごめんなさい。つい」
精霊の眼のことは精霊庁の人間だって知らない七家のみが知る存在だ。実際、精霊庁官吏の二人はダフネの名前を聞いてもピンときた様子はない。
しかし、エウフェミアはハーシェル商会を辞める直前に、アーネストにその話もしてしまった。いくら警戒心を解いたとはいえ、ノエからしたら見過ごせない話だろう。
(でも、会長のおっしゃるとおりだわ)
精霊の眼は世界を創造した生命の精霊の瞳を持つ。そして、その瞳は通常視認できない精霊だけでなく、世界の構造そのものが視えるという。
精霊の眼の片割れ、左の眼を持つダフネなら地下深くのことも視えるのではないか。そんな期待が膨らんでくる。
エウフェミアは立ち上がる。
「ダフネ様に――キトゥリノ精霊爵に手紙を書きましょう」
途端に嫌そうな顔を浮かべたのはノエだ。
「まさか、彼まで呼ぶ気かい?」
「ええと、こちらから無理に呼ぶつもりはないけれど、……多分、ダフネ様についていらっしゃるんじゃないかしら」
キトゥリノ精霊爵ニキアスはそれはもう目に入れても痛くないほど妹を可愛がっていた。まだダフネが一人前でないということも考えると、誰かしらの付き添いは必要だろう。その筆頭は彼女の兄だ。
ノエは頭を抱える。
「ああ。彼とはもう一生会わずにすむと思っていたのに」
その様子から、ウォルドロンでノエはニキアスに屋敷を追い出されたことを思い出す。
「ええと、ノエ。キトゥリノ精霊爵も悪い方ではないのよ? ノエを離れに行くように言ったのには事情があって――」
「知ってるよ! 聞いてるよ! 左の眼から謝られる!」
どうやら、エウフェミアがいないところでノエも同じ説明をダフネからされていたらしい。おそらくは空虚の根償却の際だろう。あのとき以外に二人が顔を合わせる機会はなかった。
(でも、ダフネ様から事情を聞いているならどうしてキトゥリノ精霊爵のことをここまで嫌がるのかしら)
キトゥリノ精霊爵の顔を思い出す。非常にマイペースな青年は妹も振り回していた。もしかしたら、真面目なノエとは相性が悪いのかもしれない。
そして、エウフェミアはもう一つ気づく。
(さっき、一生って言ってたけど、ノエがガラノス家当主になったら毎年精霊会議で顔を合わせることになると思うのだけれど……)
ノエは出会った頃、自分が次期ガラノス家当主だと自称していた。その野心が叶ったらどうなるかというのを考えていないのだろうか。眉間にしわを寄せる彼の横顔を見ていると、そのことは指摘しにくい。
そんなふうに悩んでいると、アーネストが呟く。
「じゃあ、とりあえずキトゥリノ家からの連絡待ちだな。その間に人工河川の水害対策でも進めるか。昨日今日は調査だけで何も出来てねえからな」
「そうだね。僕だけじゃ手に余るから精霊庁の手も借りたいな」
「あと、念のため、ブロックハート侯爵にもう一回釘を刺しとくか。河川に手を加えるってなるとあの野郎にも話を通しとかないといけねえしな」
こうして、それぞれの役割が決まる。エウフェミアはキトゥリノ精霊爵へ手紙を書き、グレッグがそれを届ける。ノエとシリルは人工河川の水害対策。アーネストはブロックハート侯爵への連絡係。
そして、キトゥリノ邸から兄妹がモロニー駅にやって来たのは二日後のことだった。




