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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
五章 眠れる炎の再生

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6 再調査


 エウフェミアは自身の置かれている状況をすべてアーネストに説明した。


 家族の死の真実を語れるのはエリュトロス精霊爵だけであること。彼に課された試練の内容。ナイセルを復活させるためにしたこと。そして、失敗したこと。


 アーネストは時折、煙草を吸いながら話を聞く。一通り、説明を聞き終えた彼はゆっくりと口を開く。


「状況は分かった。――とりあえず」

「とりあえず?」


 彼は立ち上がり、テーブルを回り、こちら側に来る。それから、エウフェミアの腕を掴み、無理やり立たせた。不機嫌そうに言い放つ。


「お前は寝ろ」

「え」


 エウフェミアは腕を引かれるがまま、応接間を出る。アーネストは階段を登り、エウフェミアの寝室へと向かう。


「どう考えても今のお前は疲労してる。体も心もな。一旦休んでリセットしろ。全部はその後だ。別にエリュトロス精霊爵は期限を設定したわけじゃねえんだろ? なら、休め。寝ろ。後は飯を食って、風呂にでも入って――とにかく、このことは考えるな」


 アーネストは寝室の扉を開けると、無理やりエウフェミアを中へ押し込もうとする。我に返ったエウフェミアはそれに抵抗しようとする。


「ですが、その間にナイセルの山を元に戻せなくなるかもしれません」

「別に今回の問題を解決できなくなったからって、お前の知りたいことが一生知れなくなるわけじゃねえだろ」


 呆れたように言われ、エウフェミアは固まった。


「話を聞くかぎり、エリュトロス精霊爵は怒ると我を忘れやすいタイプだ。挑発して、感情的にさせたら、失言の一つや二つ簡単に引き出せる。もし、今回のことが失敗したって、もう一度交渉すりゃいいだろ。必要なら俺がエリュトロス精霊爵に会って、別の条件を引き出してやる。だから、今は寝ろ」

「え、ええと」


 言いたいことがあるが、うまく言葉にできない。エウフェミアが口ごもっていると、アーネストが皮肉めいた笑みを浮かべる。


「それとも何だ? 一人じゃ寝れねえってのか? ――添い寝でもしてやろうか?」

「そ……っ」


 その単語に、頭が完全に真っ白になった。体が沸騰するように熱くなる。こちらの反応を見て、一瞬アーネストは気まずそうに視線をそらした。それから、面倒そうに言い放つ。


「冗談だよ。また、会いに来る。おやすみ」


 そうして、寝室の扉が閉められる。


 カーテンのしまった薄暗い部屋にエウフェミアは一人残された。アーネストの足音が遠ざかり、階段を降りていくのが聞こえる。それが聞こえなくなってから、エウフェミアはゆっくりとベッドへと向かった。


 寝間着に着替えながら、先ほどのアーネストの言葉を思い出す。


(……失敗してもいい。これが最後のチャンスじゃない)


 ずっとエウフェミアは今回しかチャンスがないと思っていた。そう、思い込んでいた。だから、ナイセルが元に戻せなくなる前に問題を解決しないといけないと思っていた。


 しかし、確かにエリュトロス精霊爵だって人間だ。今回失敗しても、作戦を変えれば情報を引き出せるかもしれない。


 それにエリュトロス家当主もいずれ代替わりをする。ゲオルギオスではない誰かが当主となれば、ニキアスのときのように話をしてもらうことが可能になるかもしれない。時間をかければ、いくらでも方法はあるのだ。


(大丈夫。失敗しても、まだ諦めなくてもいい)


 そう思うと、今まで感じていたプレッシャーが嘘のように消えた。エウフェミアはベッドの中で目を閉じ、久しぶりにぐっすりと熟睡することができた。




 ◆




 次にアーネストが屋敷にやってきたのは二日後のことだった。シリルとともにやってきた彼の身なりを見て、エウフェミアは驚く。


「その服装はどうなさったんですか?」

「皇宮に入るのに必要な準備だよ」


 アーネスト官吏の制服に身を包み、普段上げている前髪を下ろしていた。さらに薄い色のレンズの眼鏡までかけている。いつもの鋭さが随分と和らぎ、穏やかな印象を与える。


 シリルは心底嫌そうな表情を浮かべて言う。


「本当に、今回だけですからね。その制服はあなたのような階級の人間が着ていいものではないことを重々胸に」

「役人ってのは思ったより安もんの生地使ってるんだな。資金難なのか? それとも、値段や名前ばっか気にして物の目利きが出来ねえのか? いい職人を紹介してやろうか」


 二人が喧嘩を始める前に、エウフェミアが間に入る。


「ええと、つまり、今日は皇宮に行くということでしょうか?」

「ああ。とにかく情報が足りねえ。もう一度、資料を洗い直す」


 水の大精霊(ネロ)の心を鎮めたとき、アーネストが徹夜で資料を調べてくれたことを思い出す。確かにあのとき、水の大精霊(ネロ)を鎮められたのはその手がかりを資料の中から見つけてくれたからだ。


 アーネストの能力は疑っていない。しかし、彼にだって今回ばかりはどうしようもないように思える。


「でも、本当に資料室にはほとんど記録がありませんでした。もう一度調べ直しても……」

「精霊庁の資料室には用はねえよ」


 彼はそう断言した。


「いや、一応一通り目を通すつもりではあるがな。用があるのは皇宮の大図書館。あとは他の省庁の公的な資料だ」

「大図書館、ですか?」

「帝国に存在するすべての書物が揃ってるって話だ。ライノットとナイセルについて調べる。――有史以降、現在に至るまでな」


 あまりにも壮大な話に、エウフェミアはくらくらと目眩がするのを感じた。




 ◆




 帝国に存在するすべての書物が揃ってる。


 その風説に違わず、皇宮の大図書館はちょっとした迷宮のようだった。巨大な本棚が立ち並び、自分が今どこにいるのかも、よく分からなくなってくる。


 アーネストは大図書館の二階、その中でも人が近寄らない奥のテーブルを占拠する。精霊庁から借りてきた地図を広げる。


「まずはそれぞれの時代、どこの家がライノットを領地に組み入れてたかを知りたい。領地台帳を持ってこい」

「私に命令するんですか」


 指示されたシリルは嫌そうな顔だ。代わりにジェシーが「私たちが探してきます」とグレッグと一緒に一階へと降りていく。今回も人手が必要だからと二人にも手伝ってもらうことになった。


 アーネストは顎に手を当てながら、ぶつぶつと呟く。


「あとは租税記録も欲しいな。火霊石の産出に関する記録もだ。それに気象記録。ああ、地誌があるならそれもだな」

「ええと、会長」

「誰が聞いてるか分からん。違う呼び名で呼べ」

「……では、アーネスト様」


 エウフェミアは気を取り直して、訊ねる。


「本当にすべてお調べになるつもりですか?」

「ああ」


 アーネストは椅子を引き、腰かける。


「精霊や術師側の観点じゃ、もう情報は得られない。なら、別の視点から情報を集めるしかねえだろ。それぞれの場所を一緒に調べるのは情報がごちゃつく。まずはライノットから調べ直したほうがいいだろ」

「でも、四千年分全部というのは……」


 膨大な資料を調べる。その事自体はエウフェミアも異論はない。


 問題なのは、それをしようとしているのがアーネストということだ。水の大精霊(ネロ)のとき、彼は一晩徹夜をした。しかし、今回はその時の比でないほどの大仕事だ。気軽に頼める仕事量ではない。


 アーネストがこちらを見上げる。黒い瞳がガラス板の向こうで鋭く光る。


「あのな。今起きてる事象の原因が今にあるとは限らねえだろ。問題が表面化したのが今ってだけで、根本的な問題はもっと前からあったのかもしれねえ。それがいつかなんて分からない。だから、最初から調べるんだよ。そりゃあ、効率的な方法ではないさ。だが、何かを為すためにはときには泥水をすすって、血反吐を吐くような真似をしないといけないときだってある。それに比べれば、今回は楽なもんだよ。大体の資料がここに揃ってる。あとは根気との勝負だ」


 きっと、アーネストはエウフェミアを助けると宣言したときにこれくらいのことは覚悟していたのだろう。なら、彼に助けを求めたエウフェミアがやることは自身も覚悟を決めることだ。


「……分かりました」


 エウフェミアはアーネストの向かいの席に座る。それから、微笑む。


「今度は私も一緒に頑張りますから」

「……仕方ありませんね」


 黙ってこちらのやり取りを見ていたシリルも椅子に座る。彼も手伝ってくれるらしい。


 グレッグとジェシーが大量の本を抱えて戻ってくる。そうして、エウフェミアたちはそれぞれ資料のページをめくり始めた。


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