3 ケントの返答
ビオンとともに火の精霊術の訓練に勤しむ。領地にいたケントが帝都に戻ってきたと連絡が届いたのは二日後のことだった。
エウフェミアとビオン、そしてシリルはリーヴィス公爵邸へと足を運ぶ。応接間で待っていた茶髪の青年――ケントは単刀直入に本題を切り出した。
「火霊石の融通は可能だが、どれくらい必要だ?」
「――え?」
ゆったりとソファに腰かけるケントの問いに、エウフェミアは答えられなかった。思わずビオンを見る。彼は友人を真っ直ぐに見つめる。
「どれくらいなら用意できるんだ?」
「望むなら、それこそトン単位だよ。我が親友ビオンのためならいくらでも肌を脱ごう」
帝国で最も火霊燃料を多く産出しているリーヴィス公爵家の子息は言う。
「だが、その分弊害が出ることも理解してほしい。火霊燃料は帝国で最も優秀なエネルギー資源だ。機関車を始めとした帝国の最新技術には必要不可欠で、近年は中流層の需要も高まってる。火霊石を君たちに融通すれば、その分、我が家が皇宮や市場へ流通させる火霊燃料の量は減るんだ。市場に出回る火霊燃料の量が減っても、需要が減るわけじゃない。火霊燃料の相場が上がることになるだろうね」
ケントの言葉にエウフェミアは衝撃を受ける。思わず、口を押さえた。
――そんなことに。
火霊石を使ってみるという考えはいわば思いつきに近い。それがまさかそんな社会的影響を与えることだとは思ってもみなかったのだ。
もちろん、市場に影響を与えないように少量で試すという方法はある。しかし、火山一つに火の精霊を戻すのだ。少ない量で効果があるとは思えない。かと言って量を増やしながら何度も試すのも、必要以上に火霊石を消費することになりかねない。
エウフェミアが思い悩んでいることはケントにも伝わったのだろう。彼は息を吐いてから、近くに置かれた箱を示した。
「とりあえず、領地から一箱分は持ってきた。これは手土産として差し上げよう。また、必要な分が分かったら教えてくれ。僕もしばらくは帝都にいるから」
「助かるよ」
ビオンが答える。そうして、三人はリーヴィス邸を後にした。馬車に乗り込み、シリルが呟いた。
「火霊石を使う方法は、慎重に考える必要がありそうですね」
「……はい」
「もう少し、別の方法も探ってみたほうがいいように思います」
シリルの意見にはエウフェミアも賛成だ。ビオンも頷く。
「一度、皇宮で情報がないか調べてみましょうか。精霊庁の資料室で似たような事例がないか調べられます」
「……そうしましょう」
こうしてエウフェミアたちは皇宮に戻り、今度は精霊庁の資料室を漁る。まず調べるのはエリュトロス家関係の情報だ。
該当の資料を順番に目を通していく。こうして、資料室で調べ物をするのは二度目だ。
(そういえば)
エウフェミアは手を止める。向かいに座り、同じように資料を読むビオンを見る。
前回、資料室でエリュトロス家の系譜を見た。ビオンの叔父か叔母に当たる人物の名前が消されていた。
(あれはつまり、ビオンの叔父様か叔母様に当たる方が大罪を犯して、エリュトロス家を追放されたってことよね)
ここ数百年の間で唯一大罪を犯した人物がいるのはエリュトロス家だけ。そして、八年前のことについて語れるのはエリュトロス家だけ。七家は互いに不干渉の誓約を結んでいる。
(――もしかして)
嫌な想像が浮かぶ。エウフェミアはしばらく悩んだ結果、直接ビオンに問いただすことにした。
「ごめんなさい、ビオン。すごく不躾なことを聞くのだけど、エリュトロス精霊爵にはご兄弟はいらっしゃった?」
突然のことにビオンは不思議そうに瞬きをする。
「弟がいたと聞いてるが。それがどうした?」
「前にここでエリュトロス家の系譜を見たの。名前が消されていたわ。それって、つまり大罪と呼ばれる何かをしたってことよね? その方がエリュトロス家を追放されたのって何年前?」
ビオンはこちらが何を言いたいのか察したようだ。気づいたように「ああ」と言う。
「俺が生まれるより前のことだ。それと一族から追放される前に亡くなってる」
では、ビオンの叔父は八年前のこととは無関係なのか。
エリュトロス精霊爵を頼らずとも真実を知れるかもしれない。そんな期待があっただけ、落胆してしまう。
「そう、なのね。ごめんなさい。変なことを聞いてしまって」
エウフェミアは誤魔化すように笑い、再び資料に目を通す。本棚の前で資料を探していたシリルが「見つかりました」と声を上げたのはそれから少ししてのことだった。
シリルが本をテーブルに広げる。かなり古びた資料だ。
「過去に死火山となった記録がありました。ライノットという山です。今から千年ほど前のことのようです」
今度は帝国全土の地図を持ってきて、場所を確認する。帝国の東部にあたる場所だ。
「かつてはここも火霊石が取れていたようですね。火霊燃料が開発される前で、今ほどそのことを重要視されていなかったようですが。……当時のエリュトロス精霊爵が火の大精霊様のお力を借りるも、火の精霊を呼び戻すことはできなかったとあります」
「それ以外のことは何か書いてありますか?」
同様の事象が過去に起きていたなら、少しでも情報が欲しい。しかし、シリルは首を横に振った。
「……いえ。エリュトロス精霊爵からそのような報告があったということしか記録されていません。おそらく、今回のように精霊庁は特に関与しなかったのでしょう」
その事実はひどくエウフェミアを落胆させた。しかし、この程度で諦めるわけには行かない
「他の記録も探してみましょう」
そうして、三人がかりで丸一日かけて資料室の記録をすべて調べつくす。しかし、ライノット山以外に元々火の精霊がいた山が死火山となった例はなかった。それ以外に手がかりとなりそうなことも書かれていない。
「…………『赤の砦』に何か記録ないか調べてこよう」
そう言ったのはビオンだ。彼は少し焦った様子で立ち上がる。エウフェミアは心配になる。
「大丈夫なの?」
『赤の砦』にはエリュトロス精霊爵がいる。二人の険悪な様子と、訓練中にビオンが口にした父親への反感を思い出す。
ビオンは薄く笑う。
「『好きにしろ』って言ったのは父さんだ。いくら気に食わなくても邪魔はしてこない。嫌味の一つや二つは言ってくるだろうけど」
本人がそう言っている以上、エウフェミアも余計なことは言えなかった。
慌ただしく皇宮から中央駅へと向かうビオンを見送る。残されたエウフェミアはシリルを振り返る。
「ビオンが戻ってくるまでにやれることはやっておきましょう」
そうして、エウフェミアはビオンが戻ってくるまでの数日間、一人で『火殿』に籠り、火の精霊術の訓練を行った。
※ライノットの場所を間違えてたので修正しました。西部⇒東部




