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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
四章 新たな精霊術師

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36 対面


 エウフェミアは歩いて自邸まで帰る。目を泣き腫らして帰ってきた主を執事もメイドも温かく迎えてくれた。


 それからしばらくは部屋に引きこもる日々。それに終わりを告げたのは一週間後のことだった。


 シリルが前触れもなく屋敷を訪れた。その表情は固い。


 ひとまず、応接間へと案内する。背筋を伸ばしたまま、ソファに座ったシリルは封筒を取り出す。


「エフィさん宛にこちらが届きました。――エリュトロス精霊爵からです」


 エウフェミアは驚きながらも、テーブルに置かれた手紙を手に取る。


 宛名に書かれたのは『万象の精霊術師殿へ』という文字。赤い蝋に不死鳥の封蝋印が押されている。シリルは「エリュトロス精霊爵の紋章です」と説明してくれる。


「ど、どうして、直接手紙をくださったのでしょう? 以前送った手紙は読まずに送り返されたのに……」

「ビオン様が説得してくださったということでしょう。どうぞご高覧ください」


 シリルに促され、エウフェミアはペーパーナイフで封筒を開封する。緊張のせいで、いつもよりナイフを滑らせるのに苦労した。


 中に入っていた便箋をゆっくりと開く。


 整然と並ぶ文字は、まるで活字のように規則正しく、いささかの歪みもない。そして、同時に力強く厳格な筆跡で、『ストークス駅まで来られよ。赤の砦にて待つ』と書かれていた。


 エウフェミアは助けを求めるように、シリルを見る。


「これは……」

「エフィさんに会う気になった。そういうことでしょう」


 手紙を見たシリルはそう答える。


「急ぎストークス駅に向かいましょう。列車の予定を確認してきます。その間に出発の準備をしておいてください」


 そう言い残し、彼は屋敷を出ていった。エウフェミアは言われるがまま、荷物をまとめていく。


 シリルは一時間ほどで戻ってきた。彼は懐中時計を見ながら言う。


「この後、ストークス駅に停まる列車が中央駅を出発するそうです。今からならまだ間に合います。行きましょう」


 エウフェミアはトランクと上着を持ち、シリルとともに馬車に乗り込む。


 そうして機関車で半日ほどかけ、指定されたストークス駅に到着する。


 駅舎の玄関で待っていたのは赤いマントを着た壮年の男性だ。その服装、そして、赤の髪と瞳からエリュトロス家の人間であることは間違いなかった。


 男はエウフェミアに軽く会釈をする。


「ゲオルギオス様がお待ちだ。『赤の砦』まで案内しよう。馬車に乗りなさい」


 エウフェミアは男に言われるがまま、エリュトロス家の馬車に乗り込もうとする。しかし、あとに続こうとしたシリルが止められた。


「ゲオルギオス様が招待したのは彼女だけだ。お帰り願おう」

「私は……」


 シリルは何かを言おうとしているようだった。しかし、諦めたように目を閉じた。


 精霊庁の人間であるシリルにはエリュトロス家に逆らうことはできないだろう。エウフェミアは彼を安心させるために笑顔を作る。


「シリルさんはここで待っていてください」


 シリルはじっとこちらを見つめる。


 きっと彼が言いたいことはエウフェミアに対してもあるはずだ。屋敷で顔を合わせてから、ずっと。今は出発前にクラリッサに化粧をしてもらい誤魔化しているが、その前から腫れた目に気づいていただろう。そのことに踏み込まないでいてくれることをありがたく思う。


「帰りを待っていてくださいますか?」


 エウフェミアが重ねてそう言うと、シリルは「いってらっしゃいませ」と頭を下げてくれた。


 


 ◆ 




 エウフェミアは一人馬車に乗り込む。


 するとすぐに窓のカーテンを閉められた。エリュトロス家の屋敷がどこにあるのか分からないようにするためだろう。


 先ほどの男が御者台に乗り込む音がし、馬のいななきとともに馬車が動き始める。


 ストークス駅から目的地までどれほど時間がかかったかは分からない。薄暗闇の中で過ごす時間は妙に長く感じたようにも思えた。


 そうやって到着したのは山の中腹のようだった。


 緑がまばらな岩ばかりの山肌に『赤の砦』はそびえ立つ。赤みを帯びた石材で建てられた建物は要塞のようだ。


 男は重い鉄の扉を開け、エウフェミアを中へと誘導する。ボルドー色の壁紙の廊下を進み、突き当たりの扉の前で男は立ち止まった。


 彼は扉をノックをする。


「ゲオルギオス様。例の娘をお連れしました」

「――入れ」


 扉の向こうから聞こえたのは、低い威厳のある声だった。


 男が扉を開け、室内に入る。エウフェミアも「失礼いたします」と礼をして、後に続く。


 暖炉の火が静かに揺らめく広い書斎。書斎机に据えられた椅子には一人の男が座していた。


 後ろできっちり束ねられた真紅の髪。厳格な表情を湛えた切れ長の目。歳は四十代頃だろうか。


 顔立ちはビオンに似ているが、男の放つ存在感はその立場を示すかのように威厳に満ちている。――その男がが エリュトロス精霊爵ゲオルギオスであることは疑いようがなかった。


 ゲオルギオスは背もたれに寄りかかることなく背筋を伸ばしたまま、じっとエウフェミアを見つめる。それからゆっくりと口を開いた。


「お前がエウフェミア・ガラノスか」


 男の存在感に圧倒されながらも、エウフェミアは平静を装う。


「はい。お初にお目にかかります。エリュトロス精霊爵」


 ケ゚オルギオスは鼻で笑う。その理由を聞く前に、彼が口を開く。


「ビオンから話は聞いている。グレイトスの娘。――七つの属性の精霊術を操る者。万象の精霊術師。生命の精霊(プシュケー)の恩寵を受ける者。ずいぶんと立派な肩書きを持っているようだが、私に一体何の用だろうか?」


 あまりの威圧感に喉の渇きを感じる。


 しかし、エウフェミアはその視線から目を逸らすまいと、真っ直ぐに精霊爵を見返す。ここまでの道のりを思えば、ここで怯むわけにはいかない。


「八年前、私の両親と兄は精霊会議の場にて命を落としました。そこで何が起きたのか。精霊会議に参加されていたエリュトロス精霊爵様はご存知かと存じます」


 一瞬の間を置き、エウフェミアは続ける。


「アキレウス様は誓約を理由に真相を明かすことはできないとおっしゃいました。ですが、エリュトロス家当主であるあなたなら、その真実を語ることができると聞きました。どうか、私にお教えいただけないでしょうか?」


 ゲオルギオスの眼光が鋭くなる。ただでさえ重苦しい部屋の空気がさらに張り詰める。しばらく、沈黙した後、エリュトロス家当主は口を開いた。


「くだらない」


 その声音には軽蔑すら滲んでいる。精霊爵はわずかに顎を上げ、見下ろすような眼差しを向けた。



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