33 夜の女子会
すべてを話し終えたアーネストは言う。
「――さて、話は以上だ。何か質問はあるか?」
その言葉にエウフェミアはろくな返事を返せなかった。
「ないなら、さっさと戻れ。俺から言うことはもう、何もない。今の話を外のヤツに話すかどうかはお前の好きにしていい」
そうして、他に選択肢のなかったエウフェミアは部屋を退出した。
部屋を出る際「お話しを聞かせてくださってありがとうございました」と伝える。執務机の方へ歩いていたアーネストはこちらを振り返ることはしなかった。扉の前にいたトリスタンは「おやすみなさい」と笑顔を向けてくれた。
ふらふらとした足取りで寮に戻る。玄関の前にはしゃがみこむゾーイと、なぜかタビサの姿もあった。
「エフィ!」
こちらに気づくと、ゾーイはこちらに駆け寄ってきた。それから、大きな音を立てて両手を合わせた。
「ごめん! 余計なことをして、変な状況にしちゃって――大丈夫だった!? 会長に変なことされなかった? 言われなかった?」
「ええと」
勢いに飲まれそうになりながらも、エウフェミアは返事を返す。
「大丈夫よ。会長は正直にお話してくださったわ。……ゾーイにも教えるわ」
そうして、場所をタビサの部屋に移す。ゾーイの部屋でないのは「汚いから」と部屋主が渋ったためだ。
エウフェミアは先ほどアーネストに聞いた話を伝える。すべてを聴き終えたゾーイはどこか物憂げにため息を漏らす。
「……そう。そうだったのね」
「まさか会長とエフィさんにそんな繋がりがあるなんて……!」
しんみりとした反応のゾーイに対し、タビサは目を潤ませていた。寮の管理人は叫ぶ。
「感激しました! ワタシ、会長のことをちょっと誤解していたようです。普段、あんな怖い雰囲気で、事務所の皆さんにもきつく当たることがあるので、血も涙もない方なのだろうかと思っていたのですが――」
タビサの言葉にエウフェミアは目を丸くする。確かにアーネストは柄も悪いし、怒りっぽく言葉がきつい時もあるが、情がないと思われているとは思ってなかったのだ。
「あ、いえ! もちろん、ワタシも会長に助けていただきましたが! でも、そんな情に厚い方だとは思ってなくてですね」
「タビサ。それ以上喋ると余計に墓穴掘るわよ」
タビサは慌てて自分の口を覆う。
「でも、そうね。私も意外だったわ。そんな理由だとは思わなかった」
「……ゾーイもそう思うの?」
二人は口をそろえて似たような意見を口にした。エウフェミアには『意外』と言われるほどではないように思えるのに。
ゾーイは苦笑いをする。
「エフィはあの人と話していて嘘っぽさを感じることはない?」
「――嘘?」
「会長は合理的な方よ。だからこそ、必要であれば怒ってないのに怒っているようなパフォーマンスをすることもある。だからこそ思ってしまうのよ。今、本当にこの人は楽しいから、面白いから笑ってるのかしらって。本当はこの人は何を考えて、どう感じてるのかしらって」
アーネストが何を考え、どう感じているのか。それは確かにエウフェミアにも分からないことが多い。
――だが。
「確かに会長はご自分のことはあまり話したがらないけれど、……でも、優しい方なのは間違いないわ。困っているときに何度も助けてくださったわ」
素直に二人の考えに頷くことはできない。アーネストは情のない人間ではない。
それを聞いたゾーイはタビサと顔を見合わせる。それから、冷静に指摘した。
「それは会長がアンタのことを気にかけてたからでしょう」
その反論に今度こそ、エウフェミアは何も言い返せなかった。ゾーイは淡々と言葉を続ける。
「会長はビジネスライクな方よ。仕事上は頼りになるけど、従業員とは個人的な付き合いをされないわ。みんなに聞いてみてご覧なさいよ。会長と個人的に飲みに行ったり、出かけに行ったことがある人なんていないわよ。例外はトリスタンさんくらいね。――もし、私たちが困ったら、会長は雇用主としての範疇で手助けはしてくれるでしょう。でも、それは金銭的だったり、融通を利かせてくれるって意味よ。あの人個人が何かをしてくれることはない。もし、会長が個人的に何かをしてくれた心当たりがあるなら、それはアンタだったからよ。私やタビサが相手なら同じことをしてくれたとは思えないわ」
エウフェミアは思い出す。
今までアーネストがしてくれてきたこと。悩んでいるとき、導く言葉をかけてくれたこと。問題解決を手伝ってくれたこと。それはエウフェミアが従業員だったからではなく――。
「……会長がそうしてくれたのは、私がお父様の娘だから」
「そういうことなのでしょうね。縁、というべきかしらね」
確かにアーネストがいなければエウフェミアはまったく違う人生を歩んでいただろう。もしかしたら、あの廃道近くで死んでいたかもしれない。今こうして自分がここにいれるのは、遡れば父の――あるいは兄のおかげだ。アーネストだけでなく、二人にも感謝しなければいけない。
――そのはずなのに。
「何か言いたげな顔ね」
こちらの顔を見て、ゾーイは指摘する。エウフェミアは視線を落とす。
「……会長には感謝しているの。あの日、会長に出会わなければどうなってたか分からない」
それは本当の気持ちだ。――たが。
「でも、会長が私を助けてくれたのは……お父様に恩義を感じてのことよ。雇ってくれたのも、本当に私の能力を買ってくれたわけじゃない。それが少し悲しいだけよ」
あの頃のエウフェミアには何もなかった。精霊術も扱えず、嫁ぎ先も追い出され。残ったものがほとんどない中、アーネストはエウフェミアの家事能力を買ってくれた。そう思っていたのに。
きっと、素直に感謝できないのはそのせいなのだろう。
ゾーイは唸る。
「会長がアンタの腕を買ってないわけではないと思うけど。……でも、そうね。言いたいことははっきり言っておいたほうがいいわよ」
その言葉にエウフェミアは目を瞬かせる。
「そもそも、悪いのは会長じゃない。わざわざ過去のことを隠していたのも謎だし。最初から全部話してくれればいいじゃない!」
「そう、ね? 確かに、そうかもしれないわね」
「文句でも、感謝でも、何でもいいけど。言わないと伝わらないことってたくさんあるわよ。会長は聡い人だけど、アンタが考えるよりは鈍感だと思うわよ」
聡いと鈍感。その二つの言葉は矛盾しているかのようにも思える。しかし、口にしなければ伝わらないことは確かにあるだろう。
精霊術師になることを決めた後。ずっと、目を背けてきた感情がある。いくら見ないようにしても、あるものを消すことはできない。ずっと、心の中で淀み続けるだけだ。
――だからこそ。
(…………一度、向き合わなきゃ)
エウフェミアは覚悟を決める。ゾーイとタビサに向かって「うん。そうしてみる」と笑みを向けた。




