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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

広君に敬礼

作者: 郷新平

 太陽が燦々と降り注ぎ、海に光が反射している。

 丘の上にまだあどけなさが残る少年から青年に差し掛かる年代で17歳の斎藤学が座って、海を眺めていた。いや、海を眺めていたのではない。  

 頭上を戦闘機が通過していった。学は戦闘機が水平線に消えるまで、眺めていた。学は戦闘機を見ていた。

 お国のために戦う戦闘機の乗組員を自分に重ねて合わせて、召集令状を心待ちにしていた。

「おい」

 学は呼びかけられた方向を見てみると、唇の左側に黒子がある。不機嫌そうな男がポケットに手を入れた男が立っていた。悪で有名な加藤広が木材を持って立っていた。

 ひろしに目をつけられる理由は思い当たっている。

 吉野由子と学は仲がいい。広はそれが気に入らないのだ。

「何だよ」

 警戒しつつ、学は広を見つめた。

「お前、戦争に行きたいだってな」

「大日本帝国人だったら、当たり前だろ」

 広はふんっと馬鹿にしたように笑う。

「死ぬかもしれないんだぜ」

 学は皆、お国のために頑張っているのに、この男は何故、そんな、馬鹿にしたように笑うのか理解が出来なかった。

「ここで、戦わなければ、日本は米国に支配されてしまう。君はそれを受け入れるのか?」

 広は上を見上げて、吐き捨てるように言う。

「きっと日本は負ける。」

 学は思わず、目を見開いた。

「まだ、皆頑張っているのに、そんな事を言うなんて、君は非国民か!」

「へっ、じゃあ聞くが、お前が戦争に行って、残された由子はどうするんだ?」

 学は思い人の事を聞かれて、たじろいだ。

「由子は関係ないだろ!」

「日本も追い詰められてきたから、無理な作戦を建てかねない、そうなったら、生きて帰れんぜ」

 学は由子の顔を思い浮かべるが、打ち消そうとする。

「由子も大和国の生まれの人間だ、わかってくれる」

「学」

「何だ」

「お前は頭がいいが、馬鹿だな」

「何だと」

 広は下衆な笑みを浮かべる。

「お前が戦争に行ったら、俺があいつを貰う。お前の事を馬鹿にしながら、一生すごしてやらあ」

「貴様!」

 学は広に殴りかかった。

 広は学の突進をひょいっと横に避けて、角材で殴った。

 学は角材を手で受け、衝撃で立ち止まる。

 広は学を転がし、木材で足を滅多打ちに打ち据える。

 暫くして、広は手を止めた。

「これぐらいやれば、十分だ」

 そう言うと広は去っていった。


 全治何ヶ月かの大怪我を負った学は布団で暫く過ごすことを余儀なくされた。


 数週間、立った頃、ポストに赤紙が入った。

 ある場所に4人で集まるようにと言われた。

「あんた、その怪我で行けるわけないでしょ!死にに行くのがオチよ」

 由子が引き止めようとする。

「お国の為だ!行かずに行けるか!」

 怪我を押して、その場所に行くとそこに広が居た。

「貴様!」

 学は広は見た瞬間に殴りかかろうとした。

「君も分からん奴だな」

「静かにせんか!」

 怒声が鳴り響いで、声の方を見ると軍服に身を包んだ、まさしく、軍人が立っていた。

 その男は周囲を見ると、学を見つめた。

「君は帰れ」

 そう言うと他の3人を見つめる。

「行こう」

 学は後を追おうとすると、天を見上げていた。

 広が学を転がした。

「待ってください!」

 学はついて行こうと立ち上がろうとするが、皆、言ってしまった。

 悔しさに咽び泣く学。


 広は悲しげな表情で学を見つめ、唇を動かした。


 由子を幸せに


そう言った。気がした。


 数ヶ月後、神風特別部隊に広が選ばれ、お国のために特攻したと聞いた。


 そして、日本は負けた。


 草が生い茂る道を学はゆっくり、歩いている。

 モヤモヤする心を抱え、何をしようか考えている。

 

 すると、呻き声のようなものが聞こえてきた。


 足元を見てみると頭の大きさのものが見える。よくよく見てみると、上下に揺らしながら、ゆっくりと移動していた。


 見ると、焼け爛れた人の頭だった。


 学は吐き気を催し、近くで吐いた。


「•ま•な•ぶ」


 途切れ途切れだが、自分を呼ぶ声をしたので、咄嗟に顔を見やると唇の黒子が見えた。


「広?」


「イ•エ•に」


 学は走り去ろうとした。


「タスケテ!タスケテクダサイ」


 あの広がこの俺に助けを懇願している?しかも、みっともない姿で?

 このあられもない姿に同情を覚えた学は意を決して、学を抱えた。


「アツイ、アツイ、アツイヨウ、タスケテ、おかあちゃん」


 学はかつて、同じ女を好きになった男が惨めな姿になり、戦争に行かなくても良かったと思うと涙が溢れてきた。

 

 俺は何も知らなかった。


 すれ違う人は広の姿が見えないらしく、不思議な顔をしている。


 広の家に着き、窓を叩く。


 ドアが開くと広のお母さんが出てきた。


 他人には見えない広の姿を確認すると


「広をありがとうございます」


 そう言って、家に戻っていった。


 家から嗚咽が鳴り響く。


 学は泣きながら、敬礼をした。


 「斎藤広に敬礼」


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