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第九話 急襲。

 

 魔物たちの断末魔が遠くなるくらい深く森に入ると、魔物の気配が明らかに減少した。ダンジョンの魔物は人間の魔力に引き寄せられるので、そういう意味でも孤立するのは良くないのだ。


 たった三人で、日が入ってこないほど生い茂った森の中。嫌な記憶が蘇る……けれど、グリーフとトムがそばにいてくれるから、それでもあの頃よりはよっぽどいい。


「おい、魔物もいないようだし戻ろうぜ。雑魚森とはいえ、単独行動は危険だしよ」

「はぁ? 危険? このボクが負けるわけないじゃん。ていうかなんで魔物出てこないの!? グリーフの体臭のせいじゃない!?」

「……おいトム。冗談で体臭のこと言うな。それ、人として一番やっちゃダメなことだからな」

「え? 冗談じゃないけど?」

「……わかった、それじゃあ仮に俺の体臭がキツかったとして、人に引き寄せられるダンジョンの魔物ならむしろ寄ってきているはず。つまり俺の体臭は大輪の薔薇と嗅ぎ間違えるくらいのいい香りって照明に他ならないってことだ」

「いや、逆に人と思えないくらい臭いからじゃん? オークのチンカスみたいな臭いするよ?」

「ありがとう! 今の今までオークのチンカス臭のする俺を受け入れてくれてよ! ニックも今までありがとうな!」

「あ、いえいえ」

「……否定してくれよ!! え、俺マジでオークのチンカス臭してんの!?」

「あ、違う違う」


 ひとまず、オークは人間のイメージと違い非常に清潔好きなので、チンカス自体ないだろう。

 誤解を解こうとした時、前方の草むらからガサガサと音を立てて、一匹のスライムが出てきた。


「ほら!! 見たことか!! 俺がオークのチンカスくらい臭かったら、スライムが寄ってくることもないだろ!! やったぁ!!」

「ねぇ、グリーフうるさい冗談だよ? マジになりすぎだって」

「……お前さ、謝れよ」

「いや、冗談を本気にした方にも問題が……えっ」

「おい、謝れよ!! ほら!!」


 グリーフはトムの頭を鷲掴みにして、自分の脇に押し付けながら「嗅げ!! 脇を嗅ぎながら謝れ!!」と叫ぶ。

 地上での謝罪の方法はそれなりに覚えたつもりだったが、自分の脇を嗅がせるパターンは初めて見た。覚えておこう。


「わ、わかった! ごめんごめっクサッ!?」

「お前ぇ!!」

「いや、ダンジョン潜ってる時の脇はそりゃくさいでしょ!? て言うかそんなこと言ってる場合じゃないって! ユニーク! ユニークだって!!」


 視線を戻す。一匹目に続けて出てきたスライムは、空にかかる虹のような色をしていた。


「ユニーク個体だ……」


 ダンジョンの中層あたりではそれなりに見られるらしいのだが、上層で見るのはこの三年で初めてのことだ。もしや、あの魔女が何らかのミスを犯したのかもしれない。


 彼らを見ると冒険者たちが一瞬固まるのは、彼らを倒した際に落ちるドロップアイテムが、全て“魔道具”だからだ。

 もちろん“魔道具”にもピンキリあるが、キリの方でも他では手に入らないので需要はある。よって彼らユニーク個体を討伐した際の”ポイント”も、他の魔物と一線を画すのだ。

 このポイントによって我々は順位づけされ、給料も変わる。逃すわけにはいかない。


「ドピュッ!」


 その時、先に現れた一般スライムが私めがけて体当たりをしてきたので、私は剣を投げ捨て、素手でスライムを抱きとめた。


「ぐっ……」


 ギシギシ胸骨がきしむ音がしたが、流石にスライムの体当たりで骨が折れるような鍛え方はしていない。そのまま胸の中でにゅるにゅる暴れるスライムを抑えておく。


 ユニーク個体は他の魔物と違い、逃げると言う選択肢を魔女から与えられている。

 欲に目が眩み必死にユニーク魔物を追いかけている人間は隙だらけで、簡単に殺せるからと言うことらしい。いわゆる囮だ。

 ここで一般スライムを殺すのは、ユニークスライムを刺激してしまうので悪手だった。我ながら好判断だ。現に、ユニークスライムは敵意を保ったまま私の方に向かってくる。


 すかさずグリーフが私たちの間に割って入ると、ユニークスライムは一心不乱にグリーフめがけて体当たりを始めた。『敵視』の魔法にかかったのだろう。

 あとは、後ろからトムがナイフで刺せば、典型的な魔物の狩りを完遂だ。囮を使うのは、何も性悪の魔女だけではないわけだ。


 しかし、隙だらけのユニークスライムの後ろ? 目がないのでわからないがまあ後ろだろう、に立ったトムは、なぜだか動こうとしない。透き通ったブルーの瞳でユニークスライムをじっと見たあと、上目遣いで私たちを見た。


「ねぇ、どうする?」

「なんだ、急に博愛主義者にでもなったのか? とっとと殺しちまえよ」

「で、でもさ、もし激レア魔道具が出てきたらどうする? エクスカリバーとかさ」

「ないない。ユニークっつっても所詮はスライムなんだから、大したドロップにはならないだろ。てか、出たところで運営に持ってかれるんだから、俺らには何の関係もない……なんだお前、パクるつもりか?」


 トムの方を見る。トムは否定もせずに、気まずそうに視線を逸らした。


「そ、そんな目で見ないでよ! だ、だってさ、エクスカリバーほどでもないけど、強い魔道具を手に入れてもさ、結局ボクたちの手元に残るのってポイントとお金だけじゃん! もしボクたちがフリーの冒険者だったら、魔道具を総取りできてるんだよ!? ていうか、自分たちのドロップさせたアイテムを貰うのを盗み扱いとかおかしくない!?」

「そういう契約なんだから仕方ないだろ。だいたい、フリーの冒険者じゃここまで潜ってこられてないだろうしよ」

「い、いや、それはわかってるし、別にフリーになりたいわけじゃないよ! ボクは『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』で成り上がって、地位も名誉もお金も、全部手に入れるんだから!」

「だったらなおのこと盗みはやめとけ。バレた瞬間首どころじゃすまない。自分を大切にしな」

「……な、なにそれ、口説いてるつもり!? これだからオークのちんぽ野郎は!」

「……おい、いくらオークのチンカスみたいな臭いがするからって、ちんぽこ扱いはないだろ!? ひとまずオークのチンカスみたいな臭いしねぇけど!」

「ちょ、ちょっと二人とも、揉めているうちにユニーク個体が逃げるよ?」


 『敵視』の効力は永続するわけではないし、私とて、スライムをずっと抱きかかえるのは辛い……そういえば、敵視も決まっているし、殺してしまってもいいのか。


 その時、後方から敵意を感じ、振り返ると、魔力の刃が、私たちめがけて飛んできていた。


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