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第八話 一方的な殺戮。


 湿った土と苔の臭いと、青色の緑、魔物の断末魔が私たちを迎える。自然と口角が釣り上がるのを、抑えることができなかった。


 すると、私たちに気がついた一匹のスライムが、ぴょんと身体を跳ねてこちらに突進してくる。相変わらずグリーフはやる気がないし、一刻も早くこの狂乱に加わりたかったので、私は一足先にスライムへと走り出した。


「ちょっとニック、邪魔!」


 ところを、サイックス隊のアタッカー・シンに横から突き飛ばされ、私は尻餅をついてしまう。

 シンはあっさりとスライムを斬り殺すと、人族の女性には珍しい短髪をかきあげながら私を見下ろした。


「ニック、あんた、男のくせにほんっと軟弱ね。そのうち死んじゃうんだから、とっととパーティ辞めてくんない?」

「……『ああ、また冷たい言い方しちゃった! 本当は、アタシあんたのこと好きだから、あんたが傷つくところなんて見たくないだけなのに! お願いだからパーティをやめて私と結婚して!』」

「え?……あ、ごめん。パーティは辞められないかな」

「えっ。それじゃあ結婚は……ってちょっと待ちなさい! 今のはアタシじゃなくってこいつ!」


 シンは彼女の横の空間を殴りつけると、『いたっ』と何もない空間から声がして、シンと同じ顔の少女が現れた。彼女の双子の妹、ミナだ。ミナは私たちの視線に気づくと、ぽっと顔を赤らめてシンの背中に隠れる。自分の気配を感じ取らせなくする魔法は私ですら使えない非常に高度な魔法なので、連続で使用ができないのだろう。


 ミナはシンの背中に隠れたまま、シンの声真似をしながらこう言った。


『ミナ、いつも素直になれないアタシの本心明かしてくれてありがと! おかげでニックと結婚できる!』

「……っっ、は、はぁ!? 結婚は、まだ考えてないし、本心を明かしてほしいなんて一言も言ってない!……あっ、ひとまず本心じゃないし! 馬鹿!!」


 ミナ曰く、シンは”ツンデレ”と言うやつで、私に辛く当たるらしいのだが、本当は私のことが好きらしいが、果たしてそんな可笑しな話があるのだろうか。普通、好きだったら好きと自らの口で言うと思うのだが。


「ちょっとちょっとサイックス隊! 今の完全に横取りでしょ!」

 

 遅れて追いついてきたトムが、シンを睨みつける。シンは耳まで真っ赤になりながらも、平静を装うように腕を組んだ。


「何言ってんの? 最初の一太刀はアタシたちなんだから問題ないでしょ!」

「でも、ニックを突き飛ばしたでしょ!」

「はっ、大げさ。ただおんなじ獲物を狙ってぶつかった結果、ニックが力負けしただけでしょ? 悔しかったらアタシと力勝負でもしてみる?」

「『そしてアタシを組み伏せて、その男の癖に細くて、でも男らしく角ばっている指で、アタシの首を絞めたらいいじゃない!』」

「ちょっと!? それはほんとに思ってないから困る!!……困っ、るっ」

「仲間相手にそんなことはできないから安心して。トム、俺は別にいいから」


 シンの言っていることは正論だし、魔物はいくらだっているのだから問題ない。私は立ち上がると、すぐさまフリーのゴブリンの元へと向かった。


 私に気づいたゴブリンが、飛び上がり、手に持った木の棒を私の脳天に振り下ろす。剣で木の棒を受け止め、そのままかちあげる。着地に失敗したゴブリンがヨタヨタと蹌踉めいたので、その喉に剣を突き出し……。


「よっしゃぶっ殺した! って、レオ様に返り血がぁ!!!!」


 すんでの差で、後方からゴブリンの両肩口に二つのナイフを突き刺したブライト隊のマインが、喜びもつかの間、隊服のポケットに入れていたぬいぐるみに飛んだ血を、自分の白いうさぎの耳で拭く。そんなに大切なものだったら、ダンジョンに持ってこなければいいと思うんだけどな。


「ちょっとマイン! 今のは完全に横取り!」

「ごめんね、レオ様! こうやって倒したドロップアイテムによって稼いだお金が運営に流れて、結果的にレオ様の元に行くから許して! ああ、そう思うと、勇ましい大群(ブレイブ・ホード)の売店で生理用品(ナプキン)を買ったお金もレオ様の元に!? きゃっ、恥ずかしい!」


 トムの文句も聞こえていないのか、マインは一心不乱にレオぬいぐるみに話しかけている。トムはヒクヒクと頬を痙攣させ、「ま、まぁ、別にいいけどね」と、そっと視線を逸らした。


「! ねぇ、見てあれ」


 トムが指差すのは、スライムの中でもひときわ大きな個体で、でかスライムと呼ばれる個体だ。当然スライムよりも討伐報酬が高い個体だが、なぜだか皆が放置している。


「ニック、お願い!」


 私は頷いて、でかスライムに詰め寄る。でかスライムはなぜだかプルプルと身悶えるだけで隙だらけなので、私はでかスライムを斬り裂いた。


 でかスライムは一際大きな音を立てながら消失し、黒い靄が晴れると…筋肉隆々のネズミ男が現れた。

 人間がドロップするなんて話は聞いたことがないし、遅れて現れた腕輪がちょうど彼のいきり勃った男性器に輪投げのようにすぽりと収まったので、どうやら彼はドロップアイテムではないようだ。


 その獣人、オビートが、私をぎろりと睨みつける。


「ニック、君、横取りじゃないか! 私が先に一太刀加えていたんだぞ!」


 そういって、自分の男性器を指し示す。確かに、素手での攻撃も一太刀に認められるのだから、魔物相手に自分の男性器を差し込むことも一太刀と認められるだろう。


「ごめんね、オビート。でも、なんでわざわざ自分の急所で相手を攻撃するの?」

「ふん、そんなの決まっているだろう! 男たるもの、魔物を見たらとりあえずちんこを突っ込まないといけないのだよ!」

「そういうものなんだ……」

「もう、そんなわけないでしょ! 純情なニックを汚さないで! あとそのちんこのブツブツ絶対病気だから専門の人に見てもらったほうがいいよ!」

「え……?」

 

 一気に顔色が悪くなるオビートをおいて、「もうここら辺は取られちゃってるから奥行くよ!」と、トムは私とグリーフの手を掴むとぐんぐんと歩きだす。

 私としては、せっかく群れでいるのだから、もっとまとまって行動するべきだと思うのだが、トムと同じ考えの隊がどんどん奥に進んでいくので、止まったら止まったで取り残されてしまいそうだ。


 このダンジョンで、取り残される……想像するだけで背筋が凍る。


 私は恐怖を誤魔化すために、今日ばかりはと、トムの手を強く握り返した。


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