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第六話 バラバラのパーティ。


 トムはもう一度、まるで私たちに聞かせるようにため息をついた。


「ねぇグリーフ、君、腐っても冒険者でしょ? それなのに実質自傷して病欠しようだなんて、恥ずかしいと思わないの?」

「はぁ? 全然ビビっていないんだが? ただ、身体の震えが止まらなくて視界が霞むくらいに恐怖に慄いているだけだ」

「ビビってるの丁寧な説明をありがとう! ともかく、隊長として、タンカーの離脱を認めるわけには行きません! ほら、早く立って!!」


 トムが腕を引っ張ると、今度は「ぐぎゃあ! 今度は腕が折れた!! 上下左右に折れまくって逆にまっすぐに見えるほどに複雑骨折した!!!」と、動的な演技で応戦するグリーフ。


 うーん、この演技力なら、当たり屋として食っていけそうだ。俳優としては難しいかな。当たり屋の役限定の俳優にはなれるかもしれない。


 しかし、感心しているのは私だけで、他の隊員はグリーフに醒めた視線を送っているのに気がつく。私も慌てて厳しい表情を作った。

 

 武力を用いる職業である冒険者において、臆病とは恥ずべきこと。

 この考えは、もはや一種の信仰とも言えるくらいに、冒険者の中に根付いている。


 もちろん、生物が恐怖心を抱けないようではそれはただの欠陥で、そんな人間はそう多くない。そこで、逃げ出したくなった時は、「怖い」の代わりに、「ダルい」「めんどい」「戦略的撤退」などの言葉を使って誤魔化すことが主流となっている。


 しかし、グリーフはそんな誤魔化しは一切せずに、自分が恐怖していることを平気で表明してしまう。彼が異端とされる所以だ。


「ほらニックも! グリーフ持ち上げて!」

「あ……うん」

 

 私がグリーフの足首を掴んで持ち上げると、グリーフは「お前、裏切るのか……?」と、絶望顔で私を見た。


 裏切るも何も、元から離脱を許すつもりはない。


 彼はこういうところがあるせいで皆から軽視されているが、本来の実力はこの群れの中でも五本指に入るだろう。彼が本気で戦うところを皆に見てもらえば、現状が変わるかもしれない……といっても、やる気が出過ぎると、それはそれで困るのだが。


「おい、誰か助けてくれ!! こいつら、俺を魔物の盾にして自分だけ生き残るつもりだ!! こんな残酷な行い、許されていいのか!?」

「許されるに決まってんでしょ! それがタンカーの仕事そのものなんだから!」

「……ニック、こいつら、お前が食われかけてた隙をついてサイクロプスを殺したんだぞ! そうじゃなきゃ勝てなかったまである! 今回も、自分たちがピンチになったら、お前を使ってその再現をするかもなんだぞ! それでもいいのか!?」

「い、いや、それは困るけど……みんなで力を合わせたらきっと大丈夫だよ」

「それが無理っつー話だろ! こんなバラバラのパーティじゃあよぉ!」


 …………っ。


「おいおい、ニックがエルフ系風俗行ったらオークが出てきたときの俺みたいになっちゃってるじゃねぇか! お前ら、ニックを困らせるんじゃねぇよ!」

「困らせてんのはグリーフでしょ! あとボクと言うものがありながら風俗行ってるってどういうこと!? ていうかそんな余裕あるなら貸したお金返してよ! ほらニック、行くよ!」

「あ、うん」


 私たちは、さめざめと泣くグリーフを引き摺って、すでに出来上がっていた列の最後尾に加わる。この群れで最下位の私たちの所定の位置で、トムはここに並ぶことを嫌うが、私はむしろここが好きだ。

 私たちの群れを見渡せるこの位置。列のふちが綺麗に整っているのを見ると、きゅんきゅんと胸が痛くなり、頬が紅潮していくのを自覚する。ここから見ると、とても、バラバラのパーティとは思えない


 ……バラバラのパーティ、か。


 『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』に入団して三年。私は表面上、群れの一員である。

 

 しかし、完璧な群れの一員になれたかというと、非常に怪しい。


 私たちトム隊が今現在この群れであまりに馴染めていないのは、私たちの責任が大きいのは間違いない。


 グリーフとトムが異端な上に、その二人よりも私は異端だ。このダンジョンで少しでも魔力を漏らせば、あの魔女に私の居場所がバレる。そうならないよう、私は魔力の漏出を完全に抑えていた。


 その結果、魔力感知に長けたエルフのような種族から見れば、私は一切魔力のないように見えるだろう。魔力無し(インポ)……冒険者どころか、生物としても異端だ。


 そう、私たち個人に責任がある。だからこそ、私は努力した。一人称を”私”から一般的な”俺”に変えたし、口調も平均的なそれにした。


 ありがとうを沢山言うようにしているし、一般的な笑顔を作れるように、顔の筋肉も鍛え上げた。今の私なら、どれだけ拷問を受けても、丸三日は完璧な笑顔をキープすることができるだろう。私を拷問している人間も、きっと私のことを好きになるに違いない。


 グリーフやトムも……きっと、そのうち、平均的な群れの一員になると思うし、そうならなかったらならなかったで、やりようはある。


 しかし、完璧な群れの一員になるのは、前提として『完璧な群れ』がなくてはならないのだ。


 ……だからこそ、このサイクロプスとの戦いは、この群れにとって大きな意味を成すはずだ。


 サイクロプス相手に巨大魔物専用隊列で戦う彼らは、あまりに完成された群れだった。側から見ていた私ですら心を強く動かされたのだ。参加していた隊員はその比ではないに違いない。


 あの感動をもう一度味わえば、このパーティは再び一つになれるはず……きっと、そうなるはずだ。


「よし、揃ったな……それでは、勇ましい大群(ブレイブ・ホード)、出発だ!!」


 サイックスの号令に従って、冒険者たちが行軍を始める。ザッザッザ、と、重なり響く足音に、グリーフを持ったまま一拍遅れて加わると、ゾクゾクと背筋に強烈な快感が走った。


 三年前の私は、人間の大群を一つの生物と見紛ったが、今思えば正しかった。それほどの一体感を、皆で進軍するときに感じることができるのだ。


 ……彼らに助けられた私が、『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』を信じられなくてどうする。


 自分を罰するため頬を張ると、トムが「あ、やっぱりマゾなんだ! そうなんでしょ! かぁーっ、その顔でマゾとかっ!!」と、なぜか嬉しそうに言う。

 あまりに嬉しそうなので否定しても良くないと思い、私は曖昧に微笑んでおいた。


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