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第四十三話 手のひら返し。


 グリーフが深々とため息をついたので、視線を戻す。


「サイックス、ちょっと敬語は辞めてもらっていいか? お前はこの班の指揮官なんだからさ」

  

 サイックスにとっては、グリーフの方からそう言ってもらえて嬉しかったのだろう。愛想のいい笑みを浮かべる。


「いやいや、何言ってんすか! この班の指揮官はグリーフさんっしょ! 僕は副指揮官ってところですよ!」


 これまた予想が外れてしまった。グリーフも戸惑いの色を隠せない。


「待て待て、おかしいだろ!? なんでそうなる!?」

「何言ってんすか! あの日の話し合いで、四軍昇格後カイセドと戦うには、メスガキ先輩のMVPを取っておいた方がいいって言ってたじゃないっすか! 今回のMVPは確実にグリーフさんなんですから、グリーフさんが全て矢面に立つべきです!」

「……ぐっ」


 カイセドは、この街の売春街出身で、そのコネを利用し売春婦を斡旋した三軍の先輩方とそれなりのつながりがある。それが、カイセドの立場をより確かなものにしているのだ。


 カイセドに対抗するなら、サイックスも三軍とのつながりを持ったほうがより良いだろうという話は、昨日の作戦会議の中でも出てきた。我々は直属の先輩である四軍としか接することがないので、今回メスガキ先輩という三軍の中でも有力者に数えられる人と接触できるのは好機だと言ったのはグリーフだ。


 問題は、メスガキ先輩の言うMVPが、今回の昇格クエストの合格者であると言うことしかわからないこと。

 実際にどう言う行動を取ればいいのかわからなかったが、少なくともメスガキ先輩はカイセドのことを疎んでいるのは間違いないようなので、サイックスが派閥主であるカイセドに対して反逆を企てたことを知れば、きっとサイックスをMVPにするだろうと言う話だったのだが……現段階で、MVPはどう考えてもグリーフの手の内にあるだろう。


「それに、元はと言えば、今回のカイセド先輩に対する反逆も、グリーフさんが提案したことじゃないっすか! 今回の件は全部グリーフさんがやってきたことなんだから、グリーフさんがトップに立つべきです!」

「おいおい……」


 グリーフが、ちらりとトムの方に視線をやる。グリーフが今回の策略を企てたことはすでにトムの知るところだが、それでもトム本人の前で言われるのは気まずいのだろう。


 しかし、サイックスが指揮官の立場を譲ろうとするなんて……そうか。ここでグリーフを指揮官にして、此度のカイセドに対する反逆の主犯がグリーフであると責任をなすりつけるつもりか。


 此度の反逆が失敗すれば、全てグリーフの責任。成功すれば、その名声こそグリーフに譲ることになるが、今回の反逆を支えたグリーフの右腕と言うことで、副派閥長のポストに収まれる可能性は高い……サイックスらしい、ズル賢いやり方だ。

 きっとカイセドは、こう言うところを疎んで彼を干そうとしたのだろう……しかし、干すならなんでわざわざ潜行班に入れたんだろう……そうか、トムを守るためには実力者が必要か。


 ともかく、この展開はグリーフが望むものではない。グリーフは自分の隊服を絞り上げながら、舌打ちをする。


「いっとくけど俺は、そんな権力争いに身を投じる気は全くないし、ひとまず四軍に上がるのだって機を伺って避けるつもりだ。頼むから、そう言うのは俺抜きでやってくれないか?」


 すると「……それはちょっと無責任すぎやしませんか?」と、サイックスの顔がいやらしくゆがむ。


「グリーフさんは、メスガキ先輩の直属の後輩に指名されたんですよ。その時点で、五軍はおろか四軍の中でも屈指の権力者になったんです。権力にはいつだって責任がつきまとうものです」

「……それじゃあ断るよ」

「それができないってわかってるから、ここまできたんでしょう? 少なくとも、四軍には絶対上がってもらいます。もしグリーフさんが上がってもらえないんでしたら、僕たちサイックス隊はカイセドに完全に殺されるんですからね。グリーフさんの命令に従っただけなのに……」

「命令って……俺はただ、提案しただけだろ」

「ああ、そうですよね。申し訳ありません。ほら、マナン、カナン、僕のパンツじゃあお気に召さないみたいだから、お前らのパンツを敷物にしろ。ほら、脱げ!!」


 眠っていることをいいことに、マインのパンツを脱がせようとしてボコボコにされるサイックスを一瞥してから、グリーフは私たちのところに歩み寄ると、「よっこらせ」と態とらしく私の横に座り込んだ。


「ったく、面倒なことになっちまったなぁ……なぁ?」

「…………」


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