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第四十話 決着。


「へぇ、あんたもよく見たらイケメンじゃん。その上強いなんて推せるわぁ……でもそれ以上にムカつくからぶっ殺す! こういう推し活もありだよね!」


 吐瀉物を拭いながら立ち上がったマインが、獣の瞳を細くしてグリーフを睨む。オビートも口からげっ歯を吹き出しながらマインに近づくと、マインが「その程度の怪我なら回復魔法なくても治るでしょ!」と一蹴する。

 普通のパーティだったらいるだけで重宝される回復魔法持ちも、エリートが集まる『勇ましい大群』ではさして珍しい存在でないのだ。


 グリーフの立場上、彼らを殺せない分回復魔法持ちには決定打に欠ける。狙うとしたら、魔力切れによる体調不全くらいのものだろうか。


 しかし、魔力切れまで三人に攻められ続けたら、一つ二つのミスが起きるだろうし、そのミスを致命傷にするだけの能力がブライト隊にはある。なんなら先にグリーフの魔力が尽きるだろう。

 グリーフの魔力量は平均以上なのは間違いないが、それはあくまで人族の範囲内での話。やはり、個人は群れの力には勝てないのだ。


「……やれやれ、これ以上戦うのは面倒だな」


 グリーフはそういうと、両手のひらに大きな魔力の塊を生み出した。質も量も非常に高く、かなりの大技になりそうだ。


 魔力の塊は、大小二つの球体に分かれると、ひゅんひゅんと音を立てながら回転し始める。獣人たちは、一瞬の躊躇いのあと、球体を避けるように回り込みながら


 オビートは回避を選択。対してマインは、「最初から切るつもりなら、この程度!!!」と、剣で切り上げた。


 球体は、あっさりと分かれ、マインが驚きに表情を歪める。あの球体は、まだ硬質化されていなかったのだ。


 二つに分かれた半球は、動きを止め、再び一つになろうと引き寄せ合う。その間に立つマインの一瞬の迷いのうちに、彼女は魔力に挟まれ、雪だるまのような格好になる。すぐさま魔力は硬質化し、マインが苦痛の悲鳴をあげた。


「っ!? 何よこれ!?」


 マインはジタバタ暴れるが、魔力の玉が壊れることはない。力が入りにくい体制でありながらも、獣人を完璧に拘束するとは……。


「訂正。二軍級ね」


 メスガキ先輩の言葉は正しい。あれほどの芸当で、小さな球体は見事にオビートを追撃している。その上で、グリーフ本体はブライトと剣戟を繰り広げているのだ。エルフと並んでも見劣りしないレベルの並列行動だ。


 思案しているうちに、オビートも捕まり、雪だるまが二つ出来上がった。たかが数秒で、三対一から一対一に持ち込んだおかげか、トムもすっかり大人しくなった。


「……はっ。やっと邪魔もんが消えたな」


 これほどの実力の差を示されても、ブライトの戦意は落ちていない。あれほどの魔力を消費させたのだから、チャンスだと言う判断は間違いではない。


 グリーフはやれやれと肩をすくめながら、剣を構える。ブライトも臨戦体制を取ると、瞬間、二人の間で火花が飛び散り、彼らの顔を照らした。あまりに対照的な表情に、すでに勝敗は決しているようにも見える。


 ……しかし、グリーフ、楽しそうだな。


 嫌な予感が、口いっぱいに広がった。


 そこからしばらくの間、カイセド派もユルー派も一緒になって歓声をあげるほどの剣戟が続いた。少なくとも私の剣はボロボロになっているだろう頃に、決着がついた。


「ぐっ!?」


 そして、グリーフがブライトの脚に連続切りを食らわせると、ブライトはがくりと膝を折った。


 誰からともなく拍手が起こった。心配だったユルー派の逆ギレも、とてもじゃないが起こりそうにない。

 今まで散々非難して来た相手に、自分たちの代表が完璧にやられてしまったのだから、決闘の約束を破りこれ以上の恥を上塗りする可能性を避けたいと言う心理状態なのだろうか。


「くっ…殺せ!!」


 その中でも、当然ブライト隊の恥は一線を画すだろう。介錯を頼む姿は滑稽そのもので、ちんこほどでないが笑えるものだった。


「おいおい、まさか姫騎士以外にそんなこと言いだす奴がいるとは思わなかったぜ。お前が言ったところで需要ないのわかってるか?」

「ウルセェ、さっさと殺せよ!!」

「……やれやれ、呆れたぜ」


 グリーフは深々とため息をついてから、醒めた目でブライトを見下ろす。


「三対一で無様に負けたお前に、自分の死に様を決める権利があるとでも思ってんのか」

「っ」


 痛いところを突かれた自覚があるのか、ブライトは恥ずかしそうに俯いた。


「お前には役に立ってもらわないといけないんだ。約束を破って再び俺たちを襲うようなことがあったら、その時は殺してやるよ。戦士としてのプライドを捨ててまで俺たちを殺したいなら、そうすればいい」

「……くそっ」


 グリーフはこちらを振り返り、私たちの方へと歩み寄ってくる。

 てっきりトムなんかは、グリーフを英雄として崇め奉るものだと思っていたが、複雑そうな顔で俯いているだけだ。あれほどの修羅をくぐってみせた男の扱いとはとても思えないので、代わりに私は、めいいっぱいの拍手でグリーフを出迎えた。


「すごいね、グリーフ。あんなに強かったんだ!」


 私がそう言うと、グリーフは困ったように笑ってみせた。流石に三対一で勝った後に、自分を弱いと自称するのは無茶だと思ったのだろう。


 そして、未だ言葉を発そうとしないトムの方を見て、「トム、勝ったぞ」と伺うように言う。


「……うん、ありがとう。これで、昇格できるね」

「それなんだが……トム、お前には悪いが、やっぱり、俺とニックは昇格を辞退することにするよ」


 ホッと一息をつく。あれほど楽しそうに戦うものだから、てっきり昇格にも前向きになってしまうものかと思った。


「……なんで?」

「……この昇格クエストの前に、俺とニックが脱退しなかった理由ってことか? それは……ニックが、今回の昇格クエストでお前が殺されちまうんじゃないかと心配してな。せめてお前の身の安全が確保されてから、トム隊をやめようって話になったのさ」

「え、そんなこと言って」


 と言ったところで、グリーフに睨みつけられる。まぁ、どちらかといえば私の好感度が上がるような、放っておけば良いだろう。


「だから、感謝しろとは言わないが、俺たちが五軍に残ることを許してくれよな」

「…………許すも何も、二人が希望してるならボクはどうしようもないよ」

「……そうか」


 そう言うと、グリーフはぐるりと視線を巡らせる。


「それじゃあ、約束通り、ここからはカイセド派のリーダーであるサイックスが仕切らせてもらう! 問題ないな!」


 不満の声ひとつ上がらない。なんならグリーフを肯定的に見ているものも多いくらいだ。しかし、これではサイックスではなく、サイックスを推すグリーフに従っているような気もするが。


 グリーフは一度頷くと、ここまでただただ立ち尽くしているだけだったサイックスにこう言った。


「それじゃあサイックス、あとは頼んだぞ」

「ちょっと待ちなさい!」


 サイックスが口を開く前に、割り込んだのはメスガキ先輩だった。


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