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第四話 三年後、ダンジョンに舞い戻る。


 やっとの事で、私の順番が回ってきた。


 岩の隙間から溢れ出る湧き水を両手で掬うと、澄み切った冷たさが汗ばんだ手のひらに気持ち良かった。水がこぼれないよう、ゆっくりと口元まで持ってきて、一気に煽る。乾いた口の中が一気に潤い、目の前がチカチカと光るほどの快感が押し寄せる。


「……ああ、美味しい」


 昔はいいものなど一つもないと思っていたダンジョンだが、ちゃんとした労働を終えた後だと、どうも勝手が違うようだ。


 もっと欲しいと湧き水を掬い上げたところで、背中を蹴られる。振り返ると、私と同じ人型の生物が、私を見下ろしていた。


「おい、魔力無し(インポ)の最下位野郎が、何くつろいでやがんだ。今お前の後ろに並んでんのは、全員冒険者としてお前より格上なんだぜ? 待たせて悪いって思わないのか?」


 そう言って、彼は親指で後ろの長蛇の列を指す。もちろん、私を一口ずつ齧っていく順番待ちをしているわけではない。


 彼らもまた、全員人間であり、私が所属する群れの仲間だからだ。


 ダンジョンの最下層から逃げ出して、三年後。


 私はサイクロプスを圧倒したあの群れの一員として、ダンジョンの第四層にやってきていた。


 第四層は、箱庭型と言われる、いわゆるオープンワールド的な階層と違って、迷路型の洞窟系ダンジョンなのだが、迷路型でも拓けた場所が多々ある設計になっている。


 今私たちがいる場所などは、複数の洞窟の出口と第五層への入口の合流点で、火竜が一匹寝そべることができるくらいには広い。


 だがしかし、総勢二百二名もの人間たちが犇めき合えば、なかなか窮屈というものだ。


 地面に座り込み、魔物の血に汚れた剣を磨くもの。携帯した食料を食べるもの。自分が今日倒した魔物の数を自慢するもの。数よりも倒した魔物の強さが重要だと主張するもの。そこから喧嘩にもなれば、抱きしめあう男女などもいる。

 

 まさしく、群れ。これだけの群れの中に、私がいる……三年前の私なら、これだけで号泣してもおかしくない。


 しかし、今の私はそこまで純情ではない。なにせ、このダンジョンを取り囲むように作られた都市『アレルヤ』には、なんと五万人ものの人間が暮らしているのだ。

 特に繁華街など、人でごった返して前に歩くことすら困難。肩と肩がぶつかり合うあの感触と湧き上がってくる感情は、今でも鮮明に思い出せる。

 しかも、そんな都市も、“国”という、とてつもなく大きな人間の群れの一部分でしかないというのだから、あの魔人どもの馬鹿げた嘘に、怒りどころか笑えるほどだ。


 そんな地上で三年も過ごした私は、田舎から都会に出た若者の典型例のように、すっかりとスレきってしまったわけだ。この程度では


「ぐすっ」


 あ、やっぱ駄目だ。泣いちゃう。


「なっ!? お、おい、何この程度で泣いてやがんだ! お前が魔力ゼロなのはまごうことなき事実だろうがよ!!」

「ああ、嬉しい、嬉しいなぁ」

「……あ?」

「ああ、ありがとう。本当にありがとう……ふぅぅ、ありがとっ」

「……え、きもちわる」


 ああ、私としたことが。人間の男にとって、人前で泣くという行動は異常なんだ。

 私はすぐさま「ああ、ごめんごめん……ほら、どうぞ」と、所持していた皮袋に水を汲むとすぐに場所を譲り、なるべく嫌悪感を与えないよう泣きながらも笑顔を見せたのだが、彼の顔は引き攣ったままだ。こういう時はさっさと立ち去るに限る。


 私はもう一度彼に笑いかけてから、早足で我が隊の元へと向かった。列に並ぶ隊員たちの視線が、私に集中する。

 私はダンジョンの最下層での生活から己を守るため、生物から排出される魔力から、その生物が私に敵意を持っているか否か、だいたい感じ取れる。


 が、そんな特技が必要ないほど、彼らの私に対する感情は明白だった。


 ……どうせ泣くなら久々に号泣したかったものだが、もはや涙も引っ込んでしまった。


「指スマいっ……にっ……ごっ、ゼロ! よっしゃ勝った!」

「ちょっと!? 指スマでフェイントとかズルくない!?」


 私たちが荷物を置いたところまで戻ると、私を除いた二人の”隊”のメンバーが、”指スマ”という地上で一番面白い遊びに興じていた。指十本でこんな中毒性を生み出せる人間は、やはり魔物なんかより上位の存在だと心の底から思う。


「…………」


 参加したい欲を必死に抑える。寮の部屋だったらすぐさま参加を要請するのだが、ここでは駄目。


 なぜなら、彼ら二人が群れの中で異端であるゆえ、あまりに仲のいい様子を公衆の面前でも見せると、私まで異端扱いを受けるという可能性を考慮しないわけにはいかないからだ。


「ああ、この世の全てが指スマで決まってくんないかなぁ……あ、ニックお前、なんか絡まれてなかったか?」


 隊の盾役(タンカー)であるグリーフが、私の顔を覗き込む。切れ長の目が攻撃的な印象を一切与えないのは、彼の内面が原因だろうか。


「あいつ、ボクにも意地悪なこと言ってくるんだよ……てか泣いてない!? 大丈夫!?」


 回復役(サポーター)であるトムが、立ち上がり隊服の裾で私の涙を拭おうとする。拒否しようとしたが、「ほら、じっとして!」と、小さな手で私の顎を掴んだ。やはり周りの隊員が私たちを見てニヤニヤ笑い始めたので、私は自ら涙を拭き笑って見せた。


「あの、トム、本当に大丈夫だから。ありがとう」

「ほんとに? もし虐められたら言ってよ! ボクがニックの代わりにあいつをボコボコにしてやるから! ほら見て! ボクの拳捌き! シュッシュ! シュシュシュ!」

「……早すぎて逆に止まって見えるパターンって信じてるぜ、隊長」

「『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』の皆の衆、しみったれた顔を上げろぉ!!!」


 だだっ広い洞穴に反響するほどの怒鳴り声。我々の指揮官(キャプテン)であるサイックスに、視線が集まる。


 『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』。


 私たち冒険者の群れ(パーティ)の名前だ。誰がつけたのか知らないが、もしその人に会うことができたら、お礼を言いたいくらい、あの日の光景にピッタリだ。


 サイックスは、神経質そうにおかっぱ頭をかまいながら、私たち『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』をぐるりと見渡した。


「えぇ〜……これから我々は、第五層に潜行するぅ!」


 団員たちから次々と不満の声が上がり、洞窟上のダンジョンに木霊する。地上で三年暮らしてわかったことなのだが、群れの中でうまくやるたった一つのコツは、同調を繰り返すことだ。


「えぇ〜、それは困ったなぁ!!」


 なので、皆と同じように声をあげておいた。本心は全くの逆だ。


 一度絶望し、『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』に救われた第五層で、群れの一員として、魔女の手先供を蹂躙できる。指スマよりよほど楽しい瞬間だ。


 不平不満を受けたサイックスは、いつものように私たちを怒鳴りつける…こともなく、こほんと、態とらしい咳払いをして、こう言った。


「それと、先ほど、偵察隊から報告があった……サイクロプスが、いるそうだ!」


「やったぁ!」


 皆が息を飲んだ中、私はつい先ほどの自戒などなかったように、一人立ち上がり叫んでしまった。


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