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第三十九話 三対一。


 マインは光るナイフで私の頭部に月を放つ。薄暗い舞踏場でギラギラと輝くナイフが近づいてくるので視界がおかしくなる。大きく後ろに飛んで回避すると、マインがすかさずもう片方のナイフで追撃、と思ったら、ナイフの光がふっと消えた。


「ぐっ」


 一瞬ナイフとマインの腕を見失い、彼女の肩口の位置からある程度攻撃を予測して首を守ると、がら空きの腹にマインの鋭い蹴りが飛んでくる。


 トムよりも重い身体に重い武具を装着する私が軽々と浮いて、そのまま人壁の方まで吹き飛ぶ。振り返ると、どうやらトムが私を受け止めてくれたようだ。怒っているような心配しているような、複雑な表情だった。


「トム、ニックの口を塞いで大人しくしてろ! 俺が三人とも相手をする!!」


 私が落とした剣を拾い上げ、片手に長剣、片手に大盾を構えたグリーフがこう叫んだ。

 トムは言われた通りに私の口を塞いでから、「グリーフ無茶だよ! 三対一で勝てるわけない!」と私の代わりに叫ぶ。


「あの男娼の言う通りだ。いい加減茶番は終わりにして、真面目に戦え」


 ブライトがらしくない静かな口調でそう言うと、グリーフは皮肉げな笑みで応戦する。


「あいにく終わらせるつもりはないぜ。散々っぱら強者面して俺たちを下に見てたお前らが、俺一人にやられるって最高のオチがつくまではな」


 おぉ、とどよめきが起こるほどの会心の挑発だったが、ブライトはどこか安心したように見えた。私がマインと組み合い、オビートが射精の準備をしている間、一体対一で守り切られていたわけだから、三体一でかかるストーリーをグリーフの方から作ってくれたのはありがたいのだろう。


「売春隊のお前らは、自分のプライドが汚れっぱなしだからって、人のプライドも汚れてくれなきゃ耐えられねぇのか?……仕方ねぇ、乗ってやるよ。マイン! ニックを殺すのは、この邪魔者を殺してからでも遅くねぇだろ!!」


 歯をむき出しにして私を威嚇していたマインが、渋々グリーフに視線を移す。


 結局、私たちは、グリーフをただただ窮地に追い詰めただけのようだ。せめて、トムが参戦しようと暴れるのを背中で抑えるくらいしかできない。


 魔法の使えないアタッカーと、攻撃魔法をまともに使えないサポーターではまともな後方支援は望めないので、純粋に三対一になってしまう。数の利は、個人の実力差など簡単に覆してしまうのだ。


 しかし、グリーフの体から漏れ出す魔力は、この状況でも均等で揺るぎがない。典型的な強者の魔力であり、この状況でもグリーフは全く不安を感じていないようだ。


 獣人の三人も、それを肌で感じ取っているのか。油断ない様子でジリジリとグリーフとの距離を詰める。


 そして、汗で滑ったのか、グリーフが盾を持ち直した瞬間、一斉にグリーフに襲いかかった。


 グリーフは、ブライトの突きを盾で受け止めると、そのままくるりと回転しながら受け流す。すかさずマインが双剣を振り上げ追撃しようとしたところを、そのまま円盤投げの要領で盾をマインに投げる。盾はマインの腹部に突き刺さると、マインは吐瀉物を撒き散らしながら人壁の方へと吹き飛んでいった。


 魔道具を捨てると言う行動に、残りの二人は一瞬固まったものの、すぐに人掛かりで盾を持たないグリーフに挟撃を仕掛ける。


 オビートは勃起した男性器をシコリあげると、先端から出た精液が、分裂し複雑な動きでグリーフに襲いかかる。魔力のコントロールが苦手な冒険者は自分の一部を魔力にのせることがあるが、精液にのせる冒険者はオビートくらいのものだろう。


「おい、きったねぇな!」


 並みの使い手ならこの時点で詰みだが、しかし、彼らの攻撃はグリーフに届くことはなかった。ブライトが作りだした魔力の壁が、全ての精液を弾き飛ばしたのだ。


「おお……」


 観衆からどよめきが起こる。魔道具の助けなしに魔力の壁を作り出している時点で、人族にしてはなかなかの使い手と言えるが、皆が驚いているのはその迅速さだろう。


 魔力を物質化させて、その魔力を操作し、延ばしてちょうどよく硬質化、固定。これほどの作業を瞬時にやり遂げ、体外に漏れ出す魔力もほんの少し多くなっただけだ……グリーフの評価を上方修正しなくてはならないな。


「っ、調子に乗んな!」


 しかし、魔法を使ったあとはどうしても隙ができるものだ。ブライトは魔力の籠った魔剣で魔力の壁をあっさりと切り裂き、そのままグリーフに突撃する。その足めがけて、斬られた魔力の壁が急速に落下し、鈍い音が響く。


「ぐっ」


 ブライトが悲鳴をあげながらよろめく。その隙を逃さずにグリーフが蹴りを側頭部に放つと、グリーンヒット。ブライトの身体がぐらりと揺れた。


 観衆から感嘆のどよめきが上がる。もちろん、獣人のブライトには大した肉体的ダメージは入らなかったようだが、精神的ダメージはそれなりのものだったようだ。魔剣で魔力の斬撃を放つと同時に、大げさに飛び退いた。かなり雑な攻撃で、グリーフはワンステップで斬撃を躱した。斬撃は舞踏場の壁にあたり、大きな傷跡を残す。


 しかし、これほど魔力の操作が速く正確なら、リアルな盾など戦闘において邪魔にしかならないのだろう。それでも普段盾を使っているのは、他のタンカーと同じく魔力の節約が狙いか、己の実力を偽るためでもあったのか。 


「チッ、何あいつ、普通に三軍でも通用するじゃない。アタシの計画完全に狂っちゃったんだけど……ねぇあんたら、なんであいつ五軍なの?」


 すると、いつの間にか私たちの隣にいたメスガキ先輩が、こう聞いてきた。メスガキ先輩のようないかにも上昇志向な人間にグリーフの理念をどう伝えるべきかと迷っていると、私の耳元で、トムがポツリと呟いた。


「わかり、ません……」


 その平坦な声から感情を読みとるのは難しかったようだが、少なくとも喜んではいないようだ。


「グリーフが、あんなに強いなんて、ボク、知らなかった……」

「……ふぅん」


 そして、視線を戻すメスガキ先輩。どうやら戦況が動いたようだ。


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