第三十六話 決闘開始。
「はっ、やっとお前たちをブチ殺せるんだなぁ」
ブライトは魔道具を撫でながら、感慨深そうに呟いた。我々を取り囲む血の気の多いユルー派達は、殺せ殺せの大合唱だ。
「その言葉、そのままそっくり返すよ!」
一人自信満々のトム。私は何度目かと言うため息をついた。一体全体、どこに勝ち筋を見出しているのだろうか。
……トムはともかく、グリーフは私のことを当てにしているのかもしれない。だとしたら、とんだ期待外れに終わることだろう。
私がダンジョンで魔法を使うことはない。たとえここでブライト隊に殺されるようなことがあったとしても、だ。
つまり、私にできることといえば、とにかくグリーフの足を引っ張らないように行動しながら、グリーフの一番の懸念点であるトムの身の安全を守り続けることだろう。
だが、五軍の中でも特に攻撃的な隊であるブライト隊は、一応マインがサポーターでオビートがタンカーではあるものの、三人ともほぼアタッカーと言えるだろう。
その三人の攻撃を受け続けるのはグリーフでも難しいだろうし、こちらが相手を殺せないと言う条件が、結果として我々の首を絞めることになりそうだ。
「双方、準備は完璧? それじゃあ始めるわよ!」
私たちの間には、いつの間にか現れたメスガキ先輩が審判を気取っていた。この争いを止める気は毛頭ないのは間違いない。
「決闘、開始!」
メスガキ先輩が信号を発する魔道具を使うと、爆発音が舞踏場に反響し、頭がぐわんと揺れる感覚に陥った。
獣人である彼らは私たちよりも深刻なダメージを追っているはずなのだが、揺れる視界の中で彼らが即座に動き出すのを捉える。
「……やれやれ」
ブライトのつぶやきが聞こえるくらいに聴力が回復したところで、マインとオビートがグリーフの後ろに回り込み、ブライトは正面からグリーフを襲う。
しっかり数の利で攻めてくるあたり、やはりグリーフを警戒しているのか。まぁ、こう言う戦いでタンカーを最初に殺すのは常套手段ではあるのだが。
ともかく、私がすべきことは決まっている。
「よし、ニック行くよグフっ!?!?」
私にバフをかけたトムの胸を蹴って、舞踏場の隅で待機しているカイセド派の方に吹き飛ばした。シンに頼んであるので、どこかに逃がしてくれるだろう。
そして、三人の中で唯一中距離攻撃担当のオビートに向かって走り出す。
「マイン、ニックを殺れ!」
ブライトの命令に、マインがグリーフから私に進路を変える……すごいスピードだ。
獣人と真正面から立ち向かって勝てる気がしなかったので、一直線に飛んでくるマインに対して急ブレーキを踏んで、左のナイフを躱すため、半回転しながら横に飛んだ。
その流れで、彼女の鳩尾に蹴りを放ち、厚底の靴でも伝わってくる筋肉に驚く。マインはまったく効いた様子もなく、右手に持つナイフで私の首を狙ってくる。早いけど、おお振りだ。マインの横腹を、今度は押すように蹴って後ろに下がった。
体重差があるはずなのに、マインはよろめくこともなく、それどころか瞬時に地面を蹴って私にピタリとついてくる。
「ぅらぁ!!!」
そして、私の脳天めがけて、二本のナイフを振り下ろす。やはりおお振りだ。が、彼女のような脚力のない私が、着地と同時に躱せるかは疑問だ。
仕方ない。私は鞘ごと剣を抜き、鞘の先と柄を持って、地面に着地したと同時に受け止める。獣人の腕力では鞘ごと頭をカチ割られるかと思ったが、案外受け止めることができた。
私は鞘から剣を引き抜き、マインの太ももめがけて振り下ろした。マインは二本のナイフを鞘に付けたまま、ぴょんと飛び上がり回避すると、両足を揃えて鞘を蹴った。やはり兎は腕力より脚力らしく、私の身体は軽々後方に吹き飛ぶ。
衝撃。舞踏場の壁に激突したのだ。
「……っ」
すぐに立ち上がろうと片手をつくと、反動を利用し空中で一回転したマインが、着地と同時に私の方に飛んでくる。立ち上がるのを諦めなくてはならないほど早い。壁を利用し受けよう。
そう判断し両手で剣を構えたのだが、彼女の突進は、ワイルド・ボアを思い起こさせる。これを受け止めたら、今度こそ壁に頭を打ち付けられてブラックアウトしてしまうに違いない。
「……っ!?」
再び予想が裏切られた。私の剣は、マインのナイフを受け止めていた。
「……ニック、凄い凄い!」
シンの歓喜の声につられるように、カイセド派から歓声が上がった。
今のではっきりした。マインは確実に手加減している。しかし、いったいなぜ?
……いや、彼女はこの前のダンジョン潜行で私たちを襲撃したときも、私たちに全く敵意を向けていなかった。敵意を持っていないものに暴力を振るうことさえ抵抗感があるというのが人間という生き物であり、命を奪うのならなおさらだ。
「なんで!?!?」
「……え?」
そう思ったのもつかの間、三本の剣越しにものすごい形相で私を睨むマイン。魔力を読む必要もなく、私に敵意を向けているのがわかった。おかしいな。
「なんで、なんでマインとレオ様の間に入ってくるの!?!?
「え、あ、うーん……別に俺は、間に入ったことはないと思うんだけど」
私とレオ・アンダーハートの関係性は、遠目で彼を見たことがある程度。全く覚えがない。
「入ってる! マインとレオ様は運命の赤い綱で結ばれてるんだから邪魔しないで!」
「……あ、うん、ごめんね」
しかし、彼女のこれ以上刺激したらなんだか危なそうなので、とりあえず謝っておく。しかし、マインの敵意は収まることを知らない。
「レオ様はいつだってマインのことを思ってくれてるの! マインの髪の毛の色と同じ隊服着てるし、マインと同じ双剣使いだし、獣人派閥だって、マインのために作ってくれるんだから!」
「ああ、そうなんだそうなんだ。それはもう、素敵な彼氏だね」
「はぁ!? 彼氏じゃなくって推しなんですけど!? なに、マインのことガチ恋だとでも思ってる!? 失礼すぎない!?」
「え、今、赤い糸って」
「赤い”綱”ね! 糸じゃすぐに切れちゃう感じするから!!」
……頭のおかしな人間相手に、話を合わせようとした私が馬鹿だったようだ。
鍔迫り合いは、単純な力の差が如実に出てしまう。いくらバフがかかっているとはいえ、獣人の彼女と私では、火をみるより明らかだ。
ギシギシと革のアーマーが軋むくらいに私の身体がひん曲がり、後頭部が地面にくっつきかねないほど不利な体制になる。
眼前に、獣の目が迫る。ゾクゾクと背筋に悪寒が走り、ただでさえ力負けしているというのに、身体から力が抜けていくのを感じた。
「……ねぇ、待って」
しかし、先の降参の声をあげたのは、私ではなくマインだった。




