第三十二話 決戦前。
「……静かにしろ。トムに聞こえたら面倒なのは、お前も一緒のことだろ? というか、むしろ感謝しろよ。お前たちがぶっ殺される前に離脱してやったんだから」
「事情を説明したら、俺たちへの殺意も消えたでしょ。いいから説明してよ。じゃないと今からでも戻って俺から全部話すよ」
「……ニーベルとソリアには、話をすでにつけておいた。今頃、僕の隊とお前の隊の『命の記録帳』を入れ替えているはずだ。僕が四軍指揮官になった時に、昇格を手助けすると言う約束つきでな」
そうだったのか。それなら一応納得はできるけど、その提案を私たちがしたことを五軍カイセド派の前で言ってくれないと、私たちの評価が回復しないんだがな。
「……でも、『命の記録帳』には俺たちのサインが書いてあるから、入れ替えても気づかれるんじゃない?」
「サインなんて全員、ワーム同士がセックスしてるようなもんなんだし、サイン書き終えた後はニーベルとソリアに管理させるから気づかない。といっても、お前のサインは流石にキモすぎるから、手で隠すよう指示したけどな!」
「え、あれはみんなで仲良くしようって言うメッセージを込めた力作なんだけど」
「あのワームがセックスしながらお互いを殺し合っているみたいなサインがか? その説明を聞いてさらに気持ち悪くなったわ!」
「ぐるぎゃぁ!!」
残り二匹のコボルトが、私たちめがけて飛びかかってくる。対応しようとしたが、その前にグリーフが私たちとコボルトの間に割り込み、盾でコボルトを吹き飛ばした。
「そりゃ良かったが、今回の作戦ついて、皆に説明しておかなくて良かったのか」
「……なんだかんだ、あいつらはカイセドにビビっている。今ここで話せば混乱が起き、反対するものも出てくる。事後承諾にした方がいいに決まっているだろ」
「……確かにな。自分たちがその話を知っていたとなったら、連帯責任を負わされるリスクもある」
いや、今までカイセドの発言の傾向からして、知らなかったら知らなかったで、「ぐるるぅ…なぜ…ぐるるぅ…気づか…ぐるるぅ…なかったぐるるぅ!」と怒り出しそうな気がするけど。
「それも言おうとしてたとこだ!……あとは、本当にお前の言う通り、舞踏場に五軍ユルー派の奴らが待ち伏せしているというのなら、そこでなんとか話し合いに持ち込むだけだ。しかし、自分たちの進軍を止めてまで僕たちを殺すつもりだなんて、やはりユルー派の奴らはトチ狂ってるな……」
「まぁまぁ、大丈夫だって」
「だったらいいが……万が一戦闘になった際には、お前がなんとかしろよ!」
「俺が?」
グリーフは軽くコボルトの攻撃を受け止めたので、私が首を刎ねる。その様子を見たサイックスが、ふんと気に食わなさそうに鼻を鳴らした。
「当たり前だろ。タンカーとして僕たちが離脱するまで奴らを抑え続けるんだ。やつらは獣人だし、『敵視』の魔法だって効くだろう」
「おいおい、獣人差別は良くないぜ。それに、俺一人じゃ持って数秒だぜ?」
「馬鹿が。確かにお前は冒険者として落第だけど、身を守る技術だけは異様に高い。だからカイセドの野郎も、この危険なクエストにトムが参加することを許してんだろ」
「へぇ、そりゃ、過大評価しすぎだな……ま、わかったよ」
グリーフはそういうと、なぜだか私の方をちらりと見た。まだ私のことを疑っているのかと思わず苛立ってしまう。すぐに頬を叩いて自分を律した。グリーフのおかげで、トムも揃って昇格せずに済む道を見出したのだ。グリーフには、なんなら感謝しなくてはいけないのだ。
会話が終わったので、私たちは残りの一匹も片付ける。ちょうど後続がやってきて、トムから説教されたが、笑って誤魔化しておいた。
そして、順調に潜行を続けること一時間、私たちはどの派閥からの襲撃も受けないまま、朽ち果てた貴族の館の舞踏場の扉を開いた。
グリーフの予想通り、ユルー派の潜行班総勢五隊が、私たちを待ち受けていたのだった。




