第三十一話 昇格クエスト開始。
巨大な割に光量の少ないシャンデリアが、石造りの無機質な床を照らす。
劇場ほど巨大ではないが、私たち全員が余裕を持って収まるほどの玄関ホールに、私たちはいた。
第一層、通称”魔女の館”。
館、と言ってしまえば、ダンジョンにしては小規模で簡単に攻略できる印象を抱くが、あの魔女にそんな優しさはない。むしろ、初心者殺しの階層と言えるのだ。
玄関ホール中央から螺旋階段はどれだけ登っても途切れることを知らず、私たちの正面と両脇に伸びる廊下も同じくだ。この館は魔女の魔法によって空間に捻れが生じているので、正解のルートを進まないといつまでたっても第二層にはいけない。そして、ダンジョンから出ようと道を戻るときも同上なのが厄介なところだ。
もちろん私たちは全ての正解ルートが頭に入っているので、その点では心配はないのだが、初心者なら地図を持っていようが迷ってしまうことだろう。一階層にこのような迷宮を設定するあたり、あの魔女の性格の悪さが良くわかるというものだ。
「…………」
一瞬の沈黙。四つの派閥が睨み合ってはいるのだが、流石にここで戦闘にはならないだろう。
メスガキ先輩が私たちの争いを望んでいたとして、今ここには、メスガキ先輩を超える権力者であるボケー様がいるのだ。流石のメスガキ先輩も自分勝手なことはできないだろう。
「ほら、何ぼーっとしてんのよ。もう昇格クエストは始まってんのよ!」
やはり、メスガキ先輩は素知らぬ顔でこう言った。しかし、ここまでのリスクをかけて派閥間の争いをお膳立てした意味が、未だにわからない。カイセドは気まぐれと言っていたが、果たしてそんなことがあり得るのだろうか……駄目だな、どうも集中できていない。
私たちカイセド派は、ほかの派閥を睨みながらも、一階層廊下専用の隊列に組み直した。ダンジョン潜行班を中心に、前後は戦闘能力の高い隊員で固めた長方形の形を取る。
事前の打ち合わせでは、まずはカイセド派でまとまってダンジョンを潜り、途中のフィールド8”大食堂”で、『命の記録帳』に記名した後、ダンジョン潜行班と魔物討伐班に別れる予定だ。
……集中できていないのは、単に不安だからだろう。結局、私とグリーフでサイックス隊の部屋を訪れたあの日から、サイックスとはまともに会話をしていない。
サイックスはサイクロプスから逃げ出すような臆病な男だから、私たちが練った計画を寸前で止めるかもしれない。
「そっ、それでは、出発するぞ!」
サイックスの上擦った号令で、カイセド派は動き出した。四つのルートの中で、一番広い代わりに一番遠回りのDルートを選択。そこから魔物たちを間引きながら進むと、予定通りフィールドに到着すると、まずは魔物討伐隊の『命の記録帳』の名前を全て消す。二つの記録帳に同じ名前が刻まれると不具合が起こってしまうからだ。
そして、私たちの『命の記録帳』を、それぞれの担当の指揮官に渡した。特にトム隊の『命の記録帳』を受け取った
「……それでは、僕たちは潜行に入る。魔物討伐隊はなるべく固まって、魔物を引き寄せて戦うことだ」
サイックスはそれだけ言うと、私たちに視線をやり、「皆、魔力の漏出を抑えろ! ニックはその必要はないだろうがな!」と言ったが、笑いは一切起こらなかった。
「……そ、それでは行ってくる!」
そして、サイックスは踵を返すと、そのまま進軍を始めてしまった。
……おいおい、早速計画と違うじゃないか。
私は思わず口を出しそうになったが、グリーフに視線で諌められ寸前で我慢する。例の策略について、結局私たちはトムに打ち明けていない。トムが反対するのは目に見えているからだ。
その間にサイックスが進み始めたので、私は仕方なく後に続いた。何があっても消えない蝋燭に照らされた煉瓦造りの廊下に反響する足音が先ほどと比べて明らかに少なくなり、不安な気持ちに拍車をかける。
早速、三匹のコボルトが私たちの進路を塞いだ。
序盤の雑魚魔物は、五番隊の役割だ。私はサイックスの背中を押しながら、「女の子たちはちょっと後列で待機してて!」と姉妹に声をかける。
「は、はぁ!? なによそれ! そんな風に女の子扱いされても全然好きになんないんだけど!?」
「……はぁ。お姉ちゃん、ちょっと典型的すぎて訳しがいがない。もうちょっと頑張って」
「あんたブッ飛ばすわよ!?」
予定外の行動に戸惑わせてしまったようだが、私としてはここでサイックスとしっかり話し合っておかないといけない。私は嫌がるサイックスの背中を蹴っ飛ばしてから、転けたサイックスに飛びかかってるコボルトの胴体を真っ二つにした。
そして、「おい、なんだよ!!」と勢いよく立ち上がるサイックスの太ももに、刃を沿わせた。
「サイックス、例の件はどうなってる?」




