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第二十九話 昇格クエスト①


 昇格クエストを迎えた今日、少なくとも、私たちトム隊は五体満足だった。ダンジョンで私たちを殺してしまえば無罪放免だと言うのに、わざわざ外で殺す理由もない、と言われてしまえば、それまでなのだけれど。

 

 事実、他派閥は元より、カイセド派が私たちを見る時に漏れ出す魔力は、日に日に殺意の色を帯び出している。魔力感知能力の低い二人でも肌に感じられるレベルで、特にトムは、日に日に目に見えて元気がなくなっていた。


 この状況なら話を聞いてくれるだろうと、トムには昇格を諦めるよう、グリーフには一緒にトム隊を脱退するよう、今日まで何度も言ったのだが、結局上手くいかなかった。むしろトムは、これだけ嫌われてしまえばもう後戻りができないと、より昇格への思いを強くしてしまったようだった。


 これで、グリーフの策略を頼るしかなくなったわけだ。


 あの魔女が作り出したダンジョンは、冒険都市アレルヤの中央にある。


 防衛上の観点から、その周りには、アレルヤを囲う壁よりも明らかに高い強固な壁に囲まれていて、その壁には、この国の魔法研究のすべてが詰まっているとも言える、巨大な魔法陣が刻まれている。


 万が一魔物や魔女が出てきても、魔力を込めることにより、壁の中に連中を閉じ込めたまま、攻撃もする魔法が展開するらしいが……見た限り、あの魔女どころか、魔人どもにも傷一つつけられないだろう。あの魔女の対策に魔道具を使わないという姿勢だけは、評価できるが。


 まぁ、心配はないだろう。ダンジョンの最下層からすら出られないあの引きこもりが、地上に出てこられるわけもない……そして、もし出てくるようなことがあっても、群れの力で勝てるだろうから、恐れる必要もない。


「えっ、嘘! 勇ましい大群じゃない!? きゃー!……って、よく見たらメンツショボくない?」

「ねぇ、レオ様はぁ? レオ様どこぉ?」


 そんな中心部に、私たちは列をなして向かっているところだ。『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』がダンジョン潜行をするのは、月に一度と決まっている。なので、私たちの隊服を見た市民たちは、予定外の進軍に一瞬色めき立つのだが、今日は昇格クエスト委員会のメンバーと五軍だけ。黄色い声というよりは、不満を表す紫色の声が投げかける。


 肩身の狭い思いをしているうちに、ダンジョンと街とを繋ぐ門にたどり着いた。なんと開けっ放しだ。普段は冒険者たちが毎秒通行するので、いちいち閉めてもいられないと言われたら頷くしかないのだが。


 と言っても、今日は他の冒険者の姿は、いつもより明らかに数少ない。きっと私たち『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』がダンジョンで昇格クエストをすると言う情報が漏れたのだろう。


 『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』は、アレルヤに数多く存在する冒険者パーティの中で、S級という最上位の立ち位置にある。そんな権力組織の邪魔をして睨まれるのが嫌なので、勇ましい大群(ブレイブ・ホード)がダンジョン潜行をするとき、他のパーティはダンジョンに潜ろうとはしない。所謂“忖度”と言うやつだ。


「げ、あいつら、今日もいるよ」

「ああ、本当だ」


 と言っても、気を使ってくれるのは人間だけだ。

 グリーフの言葉に上を向くと、巨壁の上にびっしりとカラスが留まっていて、俺たちを無機質な黒い瞳を向けている……あの魔女の瞳に似ていて、なんとも不愉快だ。


「あいつら魔女の手下って言うけど、俺たちを攻撃してこないのはなんでなんだろうな」

「……うーん、そもそも手下じゃないんじゃないかな?」


 地上にあの魔女の仲間がいるなんて話は聞いたことがないが、彼ら以外の魔物や動物は、魔女の魔力を警戒してか、ここに近づきたがらないと言うのに、彼らは随分と落ち着いていることから、案外事実なのかもしれない。


 しかし、心配はしていない。あの魔女なら、カラスの目を通して見ていたとしても私に気づいたりしないだろう。一緒にいたときだって、私の顔どころか、自分が名付けた名前すら忘れるような女だったからだ。


 あの魔女の興味は、私の魔力と、その魔力によって旨くなった肉を食うことなのだ。


 カラスたちに見守られながら門を潜る。家が立ち並ぶ都会の景色から一転、草木も生えていない荒地に入り、別世界に入り込んでしまったかのような感覚に陥る。最近でこそダンジョンから魔物が湧き上がってこないことが常識となり、ダンジョンの周りが栄えるようになったらしいが、流石に壁の中まで発展させようとは思わないらしい。


 緩やかな傾斜を登っていくと、四半刻もしないうちに、私たちは目的の場所にたどり着いた。


「……しかし、相変わらず不気味だな」

「うん、本当に」


 グリーフの言葉に、私は深く頷いた。

 この街の人間全員が落ちても満杯にならないだろう、巨大な穴。

 冒険者としての夢を抱いてアレルヤにやってきた若者の中には、この穴を見ただけで心が折れて、田舎の帰るものもいるらしい。


 もちろん私たちは慣れ切っている。二列になり、穴の周りに渦巻きのようつけられた階段を降りる。それから半刻もすると、“劇場(シアター)”と呼ばれる広大な広場に行き着くのだ。


 ここは、魔物が上がってこない安全地帯なので、ダンジョンから出てきた冒険者が、命からがら生き残ったことを涙ながらに喜んだり、仲間の死に絶望したり、レアアイテムを手に入れて、猜疑心満載で周囲を見渡したりする。まさしく劇さながらの感情模様を見ることができるから“劇場”というわけだ。


 この劇場にある巨大な扉をノックしたら、あの魔女の胎内とも言えるダンジョンに入ることになる。命からがら最下層から逃れたというのに、わざわざ魔力量を増やして戻ってくるなんて、あの魔女でも想像がつかないことだろう。その狂気を自覚すると、ぶるりと身体が震えた。


 ……しかし、なんでまた、私の生みの親は、こんな君の悪い場所に私を捨てたんだろうか。


 ダンジョンの最下層にいた頃は、私に産みの親なんて存在がいること自体忘れていたのだが、ここ最近、生活に余裕が出てきたからか、ついそんなことを思うようになった。


 無から有は生まれないし、少なくともこの世界に、私の産みの親がいるはずなのだ。そう思うと変な気分になる。


 私はダンジョンの五階層に捨てられていたらしいので、私を捨てたのは鍛えられた冒険者であるのは間違いないが、対象を絞り込めるほど潜るのが難しい階層でもない。それこそ今回カイセドが潜行班に指示したよう、少人数でなるべく魔力の漏出を抑えれば、中の上くらいの冒険者なら潜れる階層だろう。


 しかも、”私を捨てた冒険者”が”私の生みの親”とも限らない。私の生みの親が冒険者に頼んで、私をダンジョンに捨てさせたのかもしれない……なぜそんな意味不明なことをしたのかと問われたら、答えようがないが。


 私は彼らの名前も顔も知らないし、あちら側としても、赤子の私しか知らないのだから、今の私を見ても自分の子だと気づくことはない。興味を持つだけ無駄というもので、今は昇格クエストに集中しなくてはならない。


 私は意識をそらすために顔をあげると、鼻ちょうちんで飛びかけていたメスガキ先輩が、クエスト管理委員会の人間に話しかけられ「ふぇっ!?」と目を覚ましたところだった。


 どうやら、先にダンジョンに潜っていたクエスト管理委員会の準備が整ったようだ。ついに、昇格クエストが始まるのだ。


「ほら、静かにしなさい、この低学歴猿ども!!」


 メスガキ先輩がキンキンの声で叫ぶと、その反響が収まる頃には、劇場は静まり返っていた。


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