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第二十三話 入浴シーン。


「今回の昇格クエストは、我々カイセド派にとって、ピンチともチャンスとも取れる」


 カイセドは三軍への給仕を終え、四軍と五軍が共同で使っている訓練場にやって来るやいなや、五軍カイセド派をランニングに連れ出し、『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』が所有する本拠地から出て、カイセド行きつけの公衆大浴場まで向かった。


 混浴なので男も女も一緒に入れるわけだが、人間の女は人間の男の前で裸になることを嫌がる傾向にあるので、女性陣からは不評の嵐だった。しかし、「冒険者が女を見せるな!」というカイセドの一喝を聞かざるを得ないのが、四軍と五軍の関係性なのだ。


 私たちがぞろぞろと脱衣室に入ると、のんびりとくつろいで居た人々が慌てて服を着て、すごすごと脱衣所を出て行った。『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』で行動していると、こういう光景は、さして珍しくない。比較的誰とでも群れたい私としては寂しいが、こういうのを含めて群れの力ということなのだろう。


「ったく、みんなぐすぐすしないでよ!」


 やはり女性陣がなかなか服を脱げないでいると、シンがさっさと隊服を脱ぎ捨て全裸になった。男たちは最初のうちが歓声を上げたが、シンが一切裸を隠さずに堂々としているので、徐々に興奮が収まっていく。私の調べでは、男は女が恥ずかしがるのが好きなのだ。


「ふん、別に裸なんていくら見られようが減るもんじゃないし、ほら、みんなも……」


 そこで、シンと目が合う。私は彼女を称えるために笑顔を浮かべた。すると、シンの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。


「……きゃっ」

 

 そして、か細い悲鳴をあげると、自分の裸を隠すようにしゃがみこむ。男たちのテンションが爆発的に上がった。


「『どうして、他の男たちに見られるのは大丈夫なのに、ニックに見られるとこんなに恥ずかしいの……そっか、私、普段は男勝りぶってるけど、ニックの前ではただの雌なんだ……』」

「ちょっとうるさいっ!」


 シンが隣の空間を殴りつけると、透明化していたミナが現れる。ミナもすでに裸になっていたようで、シンよりふた回り大きい胸がぶるんと揺れると、ミナは「きゃっ」とシンと全く同じような反応で、男たちを興奮させ、女性陣から罵倒が飛んだ。


 どうやら私は邪魔者なようなので、私は隊服を脱いで壁に打たれた釘にかけると、平積みされたタオルを手に取り浴場に入った。地面から湧き上がってきた温泉特有の臭いが鼻をくすぐる。


 私は掛け湯をすると、空いた湯船に肩まで浸かる。こわばった筋肉がほどけていく感覚に、ため息が漏れた。ダンジョンにいた頃、私が浸かるものといえばグツグツと煮えたぎるマグマで、百数えないうちに出ようものなら、メグミたちに殴られたものだ……。


 湯に浸かりながら思い出に浸っているうちに、ようやく覚悟を決めた女たちと、暴力を受けたのか目を腫らした男たちが入ってきた。今度は隊服がないおかげか、入浴者たちは寛いだままだ。こう見ると、グリーフの言う隊服の効果がわかりやすい。


「今までの投票形式では、一人一票であるからゆえに、どうしても他の派閥の隊にある程度票数を取られ、奴らの昇格を許していた」


 浴槽のふちに腰掛けたカイセドが、心底腹が立ったように眉を吊り上げる。なるほど確かに、こうやって裸になると、本当にオークにそっくりだ。


「しかし、今回の試験形式であれば、我々が昇格枠五つを独占することも可能だ。我々は他の派閥と比べて質の高い隊が揃っているし、何より数の利がある」


 カイセドは細い目で私たちを舐め回すように眺める。


「逆に言えば、この数の利を最大活用しなくては、すべての昇格枠を他の派閥に奪われてしまう可能性もあるわけだ。そこで、私からの提案なのだが、まずは、ダンジョンを潜ることを集中する隊と、魔物を狩る隊に分けようと思う」

「えぇ!?」


 寛いでしまったせいか、思わず驚嘆の声を上げてしまう。てっきり魔力の弾丸でも飛んでくると思ったが、カイセドはにちゃりと黄ばんだ歯を見せつけて笑った。


「なんだ、ニック、何か疑問があるのか。それならばこちらに来い」

「え、あ、はい」


 私が湯船から上がろうとすると、トムとグリーフに両腕を掴まれ引っ張り込まれる。「ここで質問すればいいよ! ね、ニック?」とトムに言われたので、まあそれはそうだと頷く。


「そのー、分ける意味が、いまいちわからなくって」


 ダンジョンを潜るのも、魔物を倒すのも同じくポイントを稼ぐ行為なのだから、わざわざ二つに分ける意味がわからない。分けたがり、というグリーフの言葉が脳裏にちらつくが、これは少し話が違うだろう。


「ああ、それはそうだろう。しかし、今回、『命の記録帳(モダン・エイジ)』がお前たちの手元に渡るということを考えれば、なんら不自然なことではないのだよ……」


 カイセドは股間に置いた手ぬぐいを持ち上げ、額からブツブツ湧いて出てくる汗を拭った。女性陣から抑えきれない悲鳴が漏れるが、カイセドはなぜだか嬉しそうだ。


「『命の記録帳(モダン・エイジ)』は、最大で二十名の記名ができることは知っているな?」

「あ、はい、知っています」


 『命の記録帳(モダン・エイジ)』の名前欄がどう見ても一人分しか書けないので、永らく一人用の魔道具だと考えられていたらしい。


 しかし、ある冒険者パーティが解散する際、記念として『命の記録帳(モダン・エイジ)』の表紙にパーティメンバーのサインを書いた後ダンジョン潜行に挑んだところ、パーティメンバーが討伐した魔物が記録されていたことから、多人数で使えることが判明したのだった。


「今回はそれを利用する。最初に昇格すべき五隊を決めておき、その五隊の『命の記録帳(モダン・エイジ)』に他のカイセド派五軍の面々が事前に記名をしておけば、その五隊に、魔物討伐ポイントを集約できる…というわけだ」


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