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第二十一話 五軍の朝は忙しい。


 結論、私はまだトムに脱退の件を伝えられていない。


 五軍の仕事は、まずは朝食の下準備から始まる。千はくだらない数のジャガイモを、なぜだか悪寒剥いてから、朝食後の朝練のために、訓練場を整える。この訓練場もカーストによって分けられるので、一切のミスが許されない一軍の訓練場に配属された団員など、絶望し自殺を試みたものもいたらしい。


 そして、私たちと同じく朝の仕事を終えた四軍を迎え入れる。三軍が食堂に来た瞬間、四軍は食事を片付けて三軍のお世話をしなくてはいけないので、獣人であろうがなかろうが、獣のように器に顔を突っ込んで飯を貪るのが日常だ。


 しかし今朝は、四軍の十六名が死んで数日しか経っていないので、流石に皆スプーンが進まないようだ。かちゃかちゃと皿と匙が力なくぶつかる音のみが食堂に木霊する。

 特に他派閥からの無言の敵意を向けられているカイセドはというと、「何を見ているぐるるるるるるるるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」と激怒することもなく、しょぼんと豚耳を垂らしていた。


 にしても、ユルー先輩まで、この四日間おとなしくしているのが少し意外だ。猫の獣人でありながらぴんと背筋を伸ばしながら、長い黒髪がスープに入らないよう耳にかける仕草は、側から見れば上品で、暴力などとは無縁に思える。


 ……少し、あの魔女に似ている。いや、本当に少しだけど。


 ともかく、ユルー先輩が異様に大人しいのが、逆にこの場の緊張感を高めていた。

 私たちはと言うと、彼らの周りに立って、給仕として働く。私語を禁止されているので、トムと話すことさえできずにいると、食堂の表門が壊れかねない勢いで開いた。


「邪魔するわよ!」


 一瞬の沈黙の後、四軍の面々は一斉に立ち上がり、椅子と床がこすれる音が斉唱する。


『おはようございます!!!』


 入って来た人間たちは、三軍を示す三本の剣が刺繍された紅蓮色の隊服を身にまとっている。しかし、あまりにも早すぎるし、何より三軍が食事に来たのに「邪魔するわよ!」なんて言うわけがない。


「何よ、随分と陰気ね。これじゃあまるで葬式会場じゃない……あっ、ごめんなさぁい、そういや本当に死んでたのよね。失敬失敬っ」


 その三軍の一団の先頭に立っているのは、一見幼女。トムと同じツインテールなので、さらに幼く…あれ、トムが髪留めを取ってツインテールを解いた。


 彼女は、小人族と呼ばれる人間の中の一つの種族。と言っても、体長以外は私たち人族とさして変わらないので、中には小人族も人族に含め、人族の中で“トール”と“ショート”という分け方をすべきだという人もいるらしい。


 彼女は、小さな体躯をめいいっぱい伸ばして私たちを見渡すと、偉そうに腕を組み踏ん反り返った。


「今回の昇格クエスト委員会の長を務める三軍のメスガキよ! メスガキ先輩と呼びなさい!」


 一瞬、変な空気が流れる。

 しかし、その空気を誤魔化すように拍手が起こると、メスガキ先輩は子供用のおもちゃのようにウンウン頷く。


 グリーフが、メスガキ先輩に聞こえないよう声を潜めてこう言った。


「なぁトム、メスガキ先輩と喋ったことあるんだろ? いい加減メスガキ先輩に、メスガキって言葉が罵倒の類に入るってことを教えてやれよ。ついでに、メスガキと先輩って言葉が、オークと姫騎士くらい相性が悪いってこともな」

「無理だよ! 一軍の方に初めてニックネームをつけられたって喜んで、そのままメスガキに改名しちゃったんだよ!? 今頃言えるわけない! それとオークと姫騎士はむしろ相性いいでしょ!」

「ああ、お前そっち派かぁ……」

「さて、それじゃあ早速、今回の昇格クエストを発表するわ! ほらみんな、机を片付けて正座しなさい! ていうかさっきから頭が高いのよカスクラァ!!!!!」

『はい!!!!』


 先輩の突然のブチギレなど慣れ切ったものなので、私たちはすぐさま椅子を長机の上に乗せ、四軍も五軍も関係なしに、協力しあって机を持ち上げた。


 三軍から見れば、四軍も五軍も同じ“下層”だ。三軍が命令してくれたらこうやって一致団結できる訳で、カースト制も全てにおいて悪とは言えないのかもしれない。

 この喜びを分かち合いたくてグリーフの方を見たが、彼は顰めっ面で呟いた。


「たかだか五軍の昇格クエストに、随分と大物が出張ってきたな」

「え? 大物?」


 どう見ても小物だと思うのだけれど、というのが顔に出ていたのか、グリーフは相好を崩した。


「立場的に、な。メスガキ先輩は人格的な面を考慮して入団時に三軍に配属されたらしいが、戦闘力だけみれば二軍相当。名門校で『勇ましい大群』でも大きな派閥を形成するルスラン魔法学校出身で、イかれた改名のおかげで一軍の奴からも可愛がられているらしい。二軍昇格確実の大物だよ」

「へぇ……」


 机を全て片付け終えると、私たちは正座で整列した。中にはそれでもメスガキ先輩よりも背の高いものがいるのだが、メスガキ先輩は満足げだ。


「さてさて、皆座ったわね……って、あら、なんか四つに分かれてるわねぇ? なに、なに、どういうこと? カイセド?」

「はっ、はい!……現状、四軍と五軍は、四つの派閥に分かれておりまして!」

「そんなの知ってるわよ!! どうしてあんたらみたいな学校もロクに出てない低学歴猿どもが、私たちの真似事してんのよって話よ!」

「はい! 大変申し訳ありません!!」

「うわ、本当だ。先輩の前では全然グルグル言ってない。なんかショックだなぁ」

「ニック、シッ!」


 先輩の説教中に、思わず私語をしてしまった。口を紡いでメスガキ先輩の様子を伺うが、説教にふさわしくない喜色満面だ。


「やれやれ、聞いたわよ! ダンジョン潜行中に、派閥同士での争いがあったらしいじゃない!」


 動揺が走る。誰かが三軍に報告し(チクっ)たのだろう。ならばなおさら、メスガキ先輩の上機嫌がわからない。説教そのものが好きで好きでたまらない、というタイプなのだろうか。


「同じ団員同士の争いはご法度ってことすら覚えられないの? これだから低学歴は嫌なのよ! ねぇていうか、前々から聞きたかったんだけど、あんたら低学歴なのになんで生きてるの? アタシがあんたらの立場だったら今すぐ親に謝りながら首を吊ってるとこなんだけど? そういう意味では今回死んだ十六名は親孝行ものね、プププッ」


 ……いや、メスガキ先輩は、我々が派閥を形成しているのが気に食わないんだ。そして、『勇ましい大群』では、先輩は神様。


 神様の言うことは絶対だから、今メスガキ先輩が派閥の解散を命じれば、カイセドら四軍の派閥長たちだって言うことを聞かざるを得ない。今から気に食わないものを破壊できる前の上機嫌となれば、筋は通っているのではないか。


 私はグリーフの方を見ると、グリーフは肩を竦めて、「期待しない方がいい」とつぶやく。私はそんなにわかりやすい男なのだろうか。


 もちろん、そういうわけにもいかない。喜び勇んでメスガキ先輩の方に向き直ると、彼女があまりに邪悪な顔をしていたので、すぐさま期待は萎えてしまった。


「そこまで争いたいんだったら、今回の昇格クエストを、投票なんてつまんないやり方から本気でぶつかりあえるものに変えてあげるわよ!!」


 重苦しい沈黙が、食堂を取り巻く。皆、状況を飲み込むのに必死なのだろう。

 そんな中、一人楽しそうなメスガキ先輩が、後ろに待機する昇格クエスト委員会の面々に、「横断幕を広げなさい!」と命令する。


 『第一回メスガキ! 死ぬ以外逃げ場なし! ダンジョン潜行クエスト♡』


 横断幕には、太字でこう書かれていた。


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