第十九話 不謹慎な歌。
「死んだ〜、死んだ〜、四軍が死んだ〜、アレンにサリバン、セリーナにランバ、イザイルさえも死んだ〜。ふっふふんふんふ〜んっ、フォウッ」
上機嫌な歌に目を覚ますと、シミまみれの天井が、早朝特有のどこか蒼さを感じさせる光に照らされていた。さながら教会のステンドグラスを見上げている気分になるのは、私が感傷的になっている査証になるだろうか。
狭いベッドで限界まで伸びをする。背中の藁が寂しそうにガサガサ音を立てるが、あいにく彼らに構っている余裕はない。カースト最下層であり、雑用係とも飛ばれる五軍の朝は、仕事でいっぱいなのだ。
「……おい、トム。頼むからそんなクソッタレな歌で起こさないでくれ。ただでさえ憂鬱な朝だって言うのによ」
起き上がってトムに朝の挨拶をしようと三段ベッドの一番上から顔を出した時、最下段から、うめき声が聞こえてきた。
「何言ってんのグリーフ! 憂鬱になることなんて一つもないでしょ!」
クソッタレな歌の主であるトムは、下着姿でひび割れた手鏡をもち、腰まで伸ばした桃色の髪を、歯抜けの櫛で丁寧に梳かしているところだった。
「四軍の連中が十六人も死んだんだよ! これを喜ばなくってどうするの!」
「墓前で祈るんじゃないか? 少なくとも死んだ連中の家族はそうしてるだろうよ」
トムは顔を顰めたが、すぐに平静を装い、櫛をせわしなく動かす。
「何もボクは、四軍の連中の死そのものを喜んでるわけじゃないし! その死に付随するものを喜んでいるんだ!」
「だからこそ不謹慎ってもんだろうよ。今後、自分よりランクの高いやつらの死を必ず喜ぶってことだからなぁ」
「……そんなこといい出したら、大抵の五軍の連中が不謹慎ってことになるよ! 昇格できるかもって、みんな期待に胸を膨らませてるんだから!」
「ああ、そういうことだよ。ま、朝っぱらから歌で祝福しているような奴は珍しいだろうがな」
「……もぉ、ちょっと喜ぶくらい許してよ! ボク、この日のためにずっと頑張ってきたんだよ!?」
トムは、頬を膨らませながら、いつものように髪を縛ってツインテールにする。
そして、自身が五軍であることを示す、黄土色の隊服を羽織って、俺たちの隊長であることを示すバッチの位置を直してから、スカートを履いてトントンと飛んだ。
こう見ると、本当に人族の女性にしか見えない。人間を見慣れているはずの他の団員もそのようなので、私の目に狂いはないはずだ。
「頑張った? そんな冒険とは縁遠い薄っぺらな身体しといて、よく言えたもんだ」
「何言ってんの! むしろこのか弱いボディが努力の結晶なんだって!」
そう言うと、トムはくるりと回って、握り拳を顎にあて、小首を傾げて見せる。
「ほら見て! ボクの可愛さを! これでおちんちんがついてるんだから超お得でしょ!?」
「お前それよく言うけど、おちんちんの代わりにおまんまんがないんだからプラマイゼロだろ」
「プラマイゼロなんだ……ともかく! こんな可愛いボクが四軍のオス共に媚びへつらいまくったんだから、きっと昇格できるよ!!」
トムはそういうと、足の踏み場もない床に四つん這いになって、「にゃぉ…ふにゃぁぁぅおぅっ…ふしゃぁぁぁぁぁるぅ!!!!」と、ものすごくリアリティのある猫のモノマネを始めた。私からすれば猫の霊にでも取り憑かれたようで怖いが、あれでカイセドは喜ぶらしい。獣の血がそうさせるのかもしれない。
トム曰く、彼は同性愛者ではない。にもかかわらず女性的な見た目になったのは、ひとえに四軍に昇格するためなのだ。
「四軍のオス共っつっても、お前を気に入ってるの、カイセドくらいのもんだろ」
「それで十分なんだって! カイセドがボクたちを確実に昇格させるようカイセド派の四軍に言ってくれるんだから!」
「……まぁな」
グリーフは、不承不承頷いた。