第十八話 なぜ派閥ができるのか?②
分けたがり……って、そんな言葉初耳だ。なんとも耳触りが悪い。
一瞬戸惑ったものの、私はすぐにタチの悪い冗談だということに気がついて、冗談を言われた際に一番無難である行動として、笑ってみせた。
「グリーフ、今さっき、人は仲良くなることによって派閥ができるって言ったじゃないか。だいたい、もし分かれたがりなら、この状況は何? こんなにも人が群れているじゃないか」
私は手を広げて群れを指し示すが、グリーフは真面目な面構えのままだ。
「ああ、もちろん、群れたがりでもある。が、同時に分けたがりでもあるってことだよ」
「……えぇ?」
グリーフは「おいおい、キレんなよ」と苦笑いしてから、トムとカイセドが消えたテントに視線をやる。
「お前、カイセドやブライトみたいな獣人を見るたびに、ちょっとビクッとなるだろ?」
「え、いや、別にそんなことはないけど」
そんなことはない……というのは嘘だ。地上では、魔人は伝説の存在として扱われれているが、つい最近まで身近に魔人がいた身としては、見た目の似ている獣人にはどうしても苦手意識を持ってしまう。
「まあまあ、隠すことじゃない。実際のところこの国の王様は人種で人を分けてるしな。俺たちを”人族”って呼ぶ時点でわかるだろ? うちのパーティの派閥の中でも、エルフやノームしか所属できない派閥があったりするし、ま、そう言うもんさ」
いや、エルフやノームは、我々人族よりも、それこそ魔女に近いような存在だから……別の生物だから分けよう、という思想を持っているから、分けたがり、ということなのだろうか。
「他にも、三軍以上の連中は、剣術学校や魔法学校の出身とかでも分かれたりするだろ? 庶民の俺たちからしたら、学校通えてるだけで十分だろって思うんだけどな」
グリーフはどこか遠い目をした後、フッと皮肉げに笑う。
「そんな、どうでもいい差で昔っから人間は縦にも横にも斜めにも分かれてきた。やっぱり人間ってもの自体が分かれたがりなんだろうよ」
「そんな……」
反論しようと頭を回したが、何ひとつ思いつかない。どころか、群れを形成しながら様々な区切りで分かれている異常な状態を、人間そのものが矛盾を抱えているからとしてしまえば、非常に簡単に説明ができてしまうと思ってしまった。
しかし、もし、もしも、グリーフの理屈が正しいのなら、人間の群れの中に派閥を生まないのは不可能ということにならないか……?
冷たいものが走った背中を、グリーフは元気付けるようにぽんぽんと叩いた。
「ともかく、派閥を無くすなんて無理難題に悩むなんてコスパが悪いってことだよ。俺たちカーストの最下層の五軍にできることなんて何一つない……だからこそ、五軍はいい。だろ?」
「……うん」
派閥を無くすのが無理難題、と言うのは、同意したくないが、五軍論に関しては、グリーフの言うことも一理あるのかもしれない。
潜れば潜るほど魔物が強くなるよう設定されているダンジョンの最下層とは真反対に、何ら権威のないパーティの最下層の一員に、何かできることなどないし、何もするべきではない。
それこそが、群れの最下層の五軍の正しい思想。五軍の一員たる私が、群れの性質から外れるようなあってはいけないのだ。
「そうだね。これ以上悩むのはやめておくよ」
「それがいい。無駄に悩むと、ツキもなくなるってギャンブル本……という名の投資本に書いてあったぜ? っと、どうやら、終わったようだ」
グリーフに合わせて視線を向けると、テントからカイセドとトムが出てきたところだった。なぜかカイセドがこちらを睨んでくるので、とりあえず笑っておいた。
「はっ、どうやら拒否られたみたいだな。戦闘前に抜いてるか抜いてないかでだいぶ変わるし、今日のカイセドは期待できそうだぜ」
「え? 射精しなかったらなんで変わるの?」
「なんでってそりゃ……疲れるだろうが」
「へぇー、そうなんだ」
「そうなんだって、お前……まあ良い。俺も無闇に悩むのはやめておこう。言っても、四軍の連中は他のパーティじゃエース級の連中だしな。死にやしないから、昇格の機会も訪れないさ」
こういうのを、地上では”フラグ“というらしい。
その日の潜行で、四軍は十六名もの死亡者を出したのだった。