第十六話 うんこ。
トムとカイセドは、ただの五軍と四軍の関係ではない。トムは、後輩は後輩でも、カイセドの直属の後輩。お世話係とも呼ばれる存在で、カイセドが呼びだせば仕事をほっぽり出しても馳せ参じないといけないくらい、カイセド個人に従属しているのだ。
「えぇ〜、別にいいじゃ〜ん。そんなことよりさ、薬草茶でも飲んでいってよ! お願ぁ〜い」
「……ぐるるぅ。まぁ、私も、三軍の方々が来られるまでは…ぐるるぅ…休憩するつもりだったからな…ぐるるぅ…いいだろう」
「やったぁ!」
トムはカイセドの腕を引っ張って、テントに連れて行こうとする。いつものことなので、私も笑顔でそれを見送った。
「おい、トム」
しかし、グリーフは顰めっ面でトムを呼び止めた。トムがピタリと止まったので、カイセドは不審そうにトムの顔を伺ってから、私たちの方を振り返った。
「ぐるるぅ……なんだ、グリーフ。何か用か?」
「まだ、作業があるだろ。サボるなよ」
いつもサボってばかりのグリーフらしくないない言葉だった。しかし、カイセドを無視するような形になったので、カイセドの薄い眉がびくんと跳ねる。場の緊張感が、一気に高まるのを感じた。
カイセドはたぷんたぷんと身体を揺らしながら、グリーフに詰め寄る。カイセドの背がそこまで高くないから、おねだりをする子供のような上目遣いになる。
「ぐるるぅ…サボり、だと? 先輩の世話はお前らの重要な任務だ…ぐるるぅ」
「少なくとも俺は、入団以来、シモの世話を頼まれたことはないんですけどね」
「ちょ、ちょっとグリーフ!!
トムが冷や汗をおでこにかきながら二人の間に割り込むと、にへらと私に笑いかけた。
「ね、ね、ニック、何か面白いことを言ってよ!」
突然のネタ振りだが、さして動揺はない。トムが困った時、私にジョークを言わせて場を和ませようとするのは、もはや恒例行事と言える。
『勇ましい大群』に入団した当時、私は一般的な人間と比べて、ジョークのセンスが著しくなかった。ダンジョンにおける笑い話など、あいつをあんな風に拷問したとか死に様はこうだったとか、そう言う低俗なものしかない。ジョークセンスが育つ環境ではなかったのだ。
それでも、群れに馴染むことが重要だと考えていた私は、頑張ってジョークを言った。当然ウケない。やがて、先輩たちを中心に、私の下手なジョークを聞いて嘲笑うことが流行った。
いわゆる、すべり笑い、というやつだ……はっきり言って屈辱だ。
「いいよ。それじゃあ、みんな、静かにしてほしい……静かにして! 今から面白いことを言うから!」
しかし、三年経って、私は成長した……いや、成長したというより、高度なテクニックを使ったシュールな笑いを扱えるほど、自分にセンスがないことに気がついたのだ。
そして、そんな私でも、正当な笑いを産み出すことができる。一つ、人を簡単に笑わせる言葉があるのだ。
私は湿っぽい空気を思いっきり吸い込んで、洞窟全域に響き渡るよう叫んだ。
「うんこ!!!!!!!!」
静まり返ったフィールドに、爆発的な笑いが……おかしい、全然ウケない。
「うんこ! うんこ! うんこ! うんこ! うんこ!」
全身から脂汗が噴き出るのを感じながら、私は排泄物の名前を叫び続けた。しかし、一向に、それこそすべり笑いすら起こらない。こんなことは初めてだ。
「うんこっ! うんこぉっ! うんこぉ、うん、こ、うん……ぐすっ」
汗を通り越して、涙が出てきた。客観的に見て、私は嘔吐物の名前を叫びながら泣き出す異常者になってしまった。辛い。
「……ぐるるぅふぅぅぅ」
カイセドはうなり声とため息をミックスしてから、「ぐるるぅ…トム、今すぐ薬草茶をくれ。気分が悪い」と、踵を返してテントに向かう。
「あ、うん、行こ行こ!」
ともかく二人は、テントへと消えて行ったのだった。
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