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第十三話 戦略的撤退。

 

 どのくらい経っただろう。私を現実世界にひき戻す感覚があった。


 私は言い争いが終わっていることを期待して目を開いたが、むしろ言い争いは激化していた。深々とため息をついてから、私の隣で同じく呆れた様子のグリーフに話しかける。


「グリーフ、喧嘩を止めないといけない」

「だな。このままじゃ派閥同士で殺し合いになりそうだ。ったく、たかがスライムで何やってんだか」

「本当にそうだね……でも、それだけじゃなくって、魔物の大群がこちらに向かってきているんだ」

「お、相変わらず鋭い魔力感知だな。てかだったらお前、ブライト隊のことも気づいてたんじゃないか」


 普通、私のような人族は、魔力感知ができなくて当たり前らしい。入団試験の時はそうとは知らず、一緒になったグリーフにはこの特殊能力を打ち明けてしまったのだが、彼とトム以外には隠し通しているので、逆に言えば二人くらいしか信用してもらえない。


「気づいてたけど、まさか攻撃してくるとは思わなくて……あと、サイクロプスが起きたみたいだ」

「……マジ?」


 その時、地面がぐらりと揺れて、団員たちの喧騒がピタリと止まった。


「うん、だから、喧嘩なんてしてないで、今すぐサイクロプスとの戦闘に備えないといけないんだよ」


 ちょうどよく他の班が五つに散らばっているから、サイクロプスを囲い込んで攻撃することもできる。

 私は期待して皆を見渡したが、喧嘩こそしていないものの、四つの派閥に別れたまま、何かを話し合っている。何をモタモタしているのだろう。


 その時、ひゅうひゅうと斬りつけるような風の音がした。


 この箱庭型の階層風さえ吹くように設計されているので、なんらおかしなことはない。しかし、風の音はこちらに迫ってきているのに、森の木々たちが靡いて軋む気配がないのはどうしたんだろう。


 ……なるほど。投擲か。サイクロプスが寝っ転がっていた巨大麦畑の周りには、石造りの民家が立っていた。魔力のないものが向かってきているなら、私が感知できないのも当然だ。


「グリーフ、どうやらサイクロプスが、こちら目掛けて民家を投げたみたいだ」

「……タンカー!! 全力でシールド!!」


 グリーフはそう叫びながら、私とトムを引き寄せ、魔盾を上に構えてシールドを展開したと同時に、私たちの300フィートほど先から破壊音。土埃が舞い、抑えきれない悲鳴が上がった。

 

 木々が一つの防壁となっているし、投げられることにより民家がバラバラになりながら飛んでくるので、この程度の威力なら、魔盾をもつタンカーが協力しあってシールドを貼れば耐えられるはずだし、そこまで心配することでもないと思うのだが、群れはみっともないくらいに動揺している。

 

 三年前の私の状況に似ている。窮地に追い詰められた時、私は群れの力によって助けられ、群れの素晴らしさを知った。ここから皆で協力しあってサイクロプスを撃退したとなったら、私の仲間たちも同じ気持ちになるはずだ。


「っ……サイックス!! どうすんだよ!! こっちからは射線通ってねぇしよ!!」


 グリーフが怒鳴ると、土埃舞う中、皆がサイックスの方を見る。


 ここで指揮官であるサイックスが皆でサイクロプスに立ち向かうことを宣言してくれたら、群れがまとまる最大のチャンスがやってくる。

 サイックスは腰に差した指揮官専用の魔道具を手に取ると、天に掲げた。魔道具の先に半透明の魔力の球ができる。きっと、皆に戦闘準備の信号を送るのだろう。

 半透明の魔力の玉が、色づく……赤だ。


「え?」


 『赤』。『撤退』の赤だ。

 赤色の玉は、サイックスの手のひらから打ち上がると、枝を折りながら森を抜け、強烈な爆発音に耳鳴りがした。


「それでは皆の衆、撤退だ」

「……は?」


 そんな中、サイックスがこんなことを言うから、私は自分の耳を疑った。

 しかし、赤色の信号は確かに撤退であることからも、符号は一致している。


「ちょ、ちょっと待ってよサイックス!! 撤退だって!?」


 思わずサイックスに詰め寄ると、サイックスは苛立たしげに眉根を寄せた。いつもだったら気を使うところだけど、そうも言っていられない。


「撤退って、戦略的撤退ってこと? 体制を立て直してからもう一度戦うってことだよね!?」

「いいや。そんな時間はもうない。撤退後、第四層で休憩所を作る」

「いやいやいや、サイックス、冷静に考えてみて!? せっかくサイクロプスと戦えるんだよ!? その機会を逃すなんてイかれてる!」

「それじゃあ、お前一人で戦うことを許可してやる! 最下層の中の最下層のお前がおっ()んでも、『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』としては何も困んないからなぁ!」

「いや、それじゃあ意味が……って待ってよみんな!」


 私の叫びも虚しく、皆は一目散に逃げて行く。

 派閥が入り混じり逃げる姿は、ある意味で息ぴったりなわけだが、私が憧れた姿とは全く持って違うものだ。


「ちょっ、ちょっと! このユニークどうすんの!」


 トムまで立ち上がると、スカートの中のユニークスライムが飛び出して、そのままぴょんぴょん森の方へ逃げて行った。絶叫するトムを抱きかかえて、グリーフが叫ぶ。


「ニック、お前のサイクロプスへの復讐心はよくわかる! けど、今回は俺のためにも諦めてくれ! ぶっちゃけ、奴の足音を聞いた瞬間、足が震えすぎて複雑骨折しちまったんだ!」

「え、そうなんだ。だったらトムに治してもらえば」

「後でな。お前の復讐は四軍の連中に任せたらいい。ほら、行くぞ!」


 そう言うと、グリーフまで、複雑骨折しているにも関わらず、全力疾走で行ってしまった。

 そして私は、森の中、たった一人取り残されてしまった。先ほどの喧騒がマシだったと思えるほどの孤独の中、サイクロプスの足音だけが響き渡る。


「……ああ、クソ!!!」


 自分の口から飛び出たとは思えない感情的な声に背中を押され、私は群れの背中を追いかけたのだった。


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