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第十話 仲間割れ。


 このままでは、私の頭上を越え、私より頭一つ高いグリーフの後頭部が真っ二つになりかねない。しかし、私の両手はスライムでふさがっている。あ、そうか、ちょうどいいな。


 私はそのままスライムを掲げて、飛んできた斬撃を受け止めた。

 結果、スライムは真っ二つになり、勢いこそ落ちたものの、斬撃はそのままグリーフの頭に飛んでいく。


 振り返ったグリーフは捩じ切れんばかりに首を捻ると、斬撃はグリーフの頬を擦り、後方の木を斜めに切り裂いた。ユニークスライムが、我に返ったようにピョンと飛び跳ねる。


「っ! 待って!」


 トムがスカートを脱ぐと、ユニークスライムに飛びかかった。

 スカートの中でユニークスライムが激しく暴れたが、なんとか逃がさずにすんだようだ。しかし、わざわざ捕まえなくても。殺してしまえばよかったのではなかろうか。


 グリーフも憤怒の表情で……あれ、トムではなく私を見ている。


「ニック馬鹿お前、プニップニのもんでガードするなよ!! スライムで視界歪んだせいでより避けにくかったわ! 劇場(シアター)で芸人が合間にやってるミニゲームか!」

「え、あ、うん、ごめん」

「……いや、俺も真の食ってない例えごめん。ていうかむしろありがとう。スライムの臭いを感じ取れるのなら、つまり俺は臭くないってことだもんな。助かったぁ〜」


 グリーフはホッと一息をついてから、私の背後に鋭い視線をやった。


「おい、ブライト! これ以上攻撃してくるようだったら、全力で逃げてサイックスに報告するからな!」

「……よくオレってわかったな、臆病者のタンカー」


 木陰から現れたのは、三人の獣人だった。

 ブライト隊。顔が犬そものものブライトが隊長を務め、鼠人のオビート、兎人のマインが隊員だ。


 なるほど、寸前まで敵意を感じなかったのにも納得だ。彼ら獣人はつい最近までジャングルで狩をしていた種族なので、敵意を隠すのがとても上手なのだ。


 しかし、グリーフには私のような特技はなかったはず。よく気づけたものだ。


「ま、斬撃の質を見ればな。しかしお前、俺が避けなかったら、お前の『命の記録帳(モダン・エイジ)』に俺の名前が刻まれるところだったぞ」

「はっ、オークのちんぽ野郎を殺したところで、オークの名前すら刻まれねぇんじゃねえか?」

「…………頼むから、そのニックネーム定着させるなよ」


 『命の記録帳(モダン・エイジ)』。それぞれの隊に一つ支給される、比較的安価な魔道具である。今日の潜行でも何度か見かけたように思う。


 『命の記録帳(モダン・エイジ)』の名前欄にサインをすると、一週間以内に自分が殺したものの名前が記される。この『命の記録帳(モダン・エイジ)』を使って、運営は私たちの殺した魔物の数と種類を把握し、月の初めに支払われる報酬を決めるのだ。

 そう言った給料管理のおまけとしてついてきたのか、初めからそのつもりだったのかはわからないが、『命の記録帳(モダン・エイジ)』は、同士討ちを避ける効果もある。


 『命の記録帳(モダン・エイジ)』には、魔物だけではなく、殺した人間の名前も記されるのだ。私がブライトに殺されたら、『ニック・ポイズン』の名が、ブライトの『命の記録帳(モダン・エイジ)』に刻まれる。

 同士討ちは、『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』の中でも最大の禁忌。犯せば、退団処分ではすまない。個人的にも正しい処分だと思う。自分の隣にいる人間が、自分を殺害する可能性があるとなったら、安心して群れることができない。同じ群れの仲間は自分に危害を与えないという“信頼”こそが、群れを安定させるのだから。


 彼らブライト隊は、その“信頼”を捨てかねない行動に出たのだ。


 ……これほどの愚行を前にして冷静でいられる自分に驚く。


 ブライトはというと、斬撃を放つために使った魔道具、通称魔剣で、スカートの下のスライムを指差す。


「冗談はともかく、魔物を狙った攻撃が団員に当たっちまったなら、それは事故だろ。オレに責任はねぇ」

「んなこと言ってる時点で、事故を装うのは無茶があるな」

「そうか、じゃあ、盗人を止めようとして仕方なくって方にシフトするわ」

「ちょ、ちょっとブライト!? わかってると思うけどボクのも冗談だからね!」


 逃げようとするユニークスライムを必死に抑えながら叫ぶトム。ブライトが、くつくつとのどの奥で笑った。


「どうだかな? 現にスライムを殺してねぇのが証拠だ。『記録帳』にユニークスライムの名が刻まれてんのに、第五層で魔道具が見つからないとなれば、盗みを疑われちまうもんなぁ?」

「うっ……」

「いや、違うだろう。ダンジョンの魔物は殺すと消えてしまうから、その前に犯しておくつもりだ。トム、順番が終わったら交代してくれ。それと、性病って回復魔法で治るのかなぁ?」

「はぁ? 何それキッモ。レオ様と同じ男とは思えないわ。てゆーかいい加減ちんぽしまって。ブツブツしすぎててキモい」

「お前たちは黙ってろ!……しかし、よくもまぁ、盗みなんてできたもんだぜ」


 ブライトの獣の瞳が、すっと細くなる。


「ただでさえお前たち“カイセド派”は優遇されてるくせによぉ」


 ……ああ、出た出た。

 思わず深々とため息をつくと、ブライトがぎろりと私を睨みつけた。


「もう、優遇なんて全然されてないし! これだから暴力的な“ユルー派”は嫌なんだよ! 難癖つけてボクたちからスライムを奪うつもりなんでしょ!?」


 ビクビク、と、ブライトの獣の耳が揺れる。殺気を纏った魔力に、ビリビリと肌が痺れる。

 どうやら本気でやりあうつもりらしい……憂鬱だ。


「優遇されていない、だと? 男娼の隊長に、臆病者のタンカー、極め付けは魔力のかけらもないクソザコアタッカーが、数ある冒険者パーティ『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』に所属できてる時点で、優遇以外の何ものでもねぇだろうが!」

「は、はぁ!? ちゃんと試験を突破して『勇ましい大群(ブレイブ・ホード)』に入ったんだから、お前らに文句を言われる筋合いなんてないよ!」

「本当にそうか? お前のことだから、試験官のちんぽしゃぶって入団させてもらったんじゃないか? そのうち魔物のちんぽもしゃぶり出すんじゃねぇかって、みんなで心配してたところなんだよ」

「……取り消せよ、今の言葉!!」


 場の緊張感は高まり続け、ユニークスライムが激しく暴れる。私はグリーフに視線を送った。グリーフは、ボリボリとボサボサ頭を掻きながら、カイセドの方に歩み寄る。カイセドは好戦的な笑みを浮かべると、鋭い犬歯が剥き出しになった。


「なんだ、やるか?」

「いや、ユニークスライムはカイセド隊に譲ろう。だから、とっとと失せてくれ」


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