第871話
魔術師協会。
夕刻になり、小赤はレイシクランの忍に連れられて帰って行った。
小赤には、土産に両手いっぱいの三浦酒天の弁当。
そして、マサヒデの手には、別れ際に小赤から渡された懐紙。
『抱かれたい 想ひ伝えて 伝へても
押せどもしだれの 枝が如くに
しだれ屋小赤』
マサヒデが難しい顔でうなる。
「う、ううむ・・・」
マツもクレールもマサヒデの横に座って小赤が残した歌を見ている。
「真っ直ぐ情熱的な歌ですけど・・・」
「ええ。歌なんか分からない私でも、意味ははっきり分かります」
クレールがそっと懐紙を指差して、
「これ、マサヒデ様だけでなくて、私達全員に・・・」
「でしょうね。そう言ってましたから」
「・・・」「・・・」
二人共、何とも言えない顔で黙ってしまった。
「どうかされましたか」
カオルが後ろから声を掛ける。
「カオルさんとシズクさんに恋文ですよ」
「は?」
マサヒデが懐紙をカオルに差し出す。
カオルが受け取って、
「う、ううん・・・」
「恋文ってなにさ」
シズクがカオルの手の懐紙を覗き込む。
「あー・・・本気だったんだ。いや、分かってたけどさ・・・」
ふうー、とマサヒデが溜め息をつき、
「お応えしないといけないんですかね。こういうの」
「どうしましょう・・・」
「嫌ですって振り払ってしまうのも、ちょっと・・・」
マツとクレールも頭を抱える。
がらり。
「イザベルでございます!」
「あっ・・・」
皆が玄関の方を見る。
「入って下さーい」
「ははっ!」
すたすたとイザベルが入って来て、マサヒデの顔を見て、
「マサヒデ様。立ち会いの話は聞きました。やはりまだご気分が」
「いえ。別の事で気分が」
「何か問題でも」
「はい。イザベルさんにも関係あります。カオルさん」
「は」
カオルが手に持った懐紙をイザベルに渡す。
「イザベル様宛です」
「私に・・・」
目を通して、ぱしん、ぱしん、と折り畳み、
「ふん。あの者は何を考えておるのやら。馬鹿にしております」
「いや、違います。それ、私達全員宛です」
「マサヒデ様、御冗談を」
「本当です。私達全員に抱かれたいと言っていました。
皆で身請けしてくれ、なんて」
イザベルが眉を寄せて、
「・・・男女どちらもいける口という者ですか・・・
いや、確かに、そういう者もおりますが。
それにしても我ら全員などと、なんと節操のない!」
「ううむ、そういう感じではなかったですが。
何と言うかこう、ふわふわしてて、分かっているのかいないのか」
うんうん、とクレールが頷く。
「ですね!」
「では、クレールさん。後は頼みましたよ」
「ええーっ!? やっぱりですか!?」
イザベルが膝を進め、
「クレール様」
「あーん! イザベルさん! 助けて下さい!」
「このようなふざけた者、叩きのめして参ります。多少痛い目を」
「だだだ駄目です! 暴力に訴えては!」
「されど」
「絶対に駄目ですよ!」
「ううむ・・・そこまでおっしゃいますのでしたら」
「何か考えましょう! このままでは、私、汚れてしまいます!」
「もはや許せませぬ!」
「駄目ですーっ!」
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りー・・・りー・・・
鈴虫が鳴いている。
奥の間で、マサヒデは眠れずに暗い天井を眺めている。
隣には、すう、すう、とマツが静かに寝息を立てている。
(話さないと)
ここには長居しすぎた。
そろそろ旅立たねば。
魔の国へ。
勇者になどなれなくとも良い。
天下一になれなくとも良い。
ただ、謁見が出来て、挨拶が出来れば良い。
順調に進めば、半年くらいの距離。
この季節だと、途中で雪の地域も通るだろう。
ではもう少しかかるか。
往復で1年以上は確実だ。
結婚しました、という挨拶をするのが目的なのだ。
マツは仕事があるからと、自分だけが顔を出して良いのか?
マツを置いてけぼりにして良いのか?
マツも挨拶に行きたいはず。
テルクニのタマゴはどうする。
いっそのこと、マツに有給を取ってもらおうか。
空を飛んで運んでもらって、挨拶だけ先に済ませるか。
その場合、往復でどのくらいかかる?
早くても1ヶ月は掛かるだろうか・・・
それだけの休暇、取れるわけがない。
では通信で挨拶を済ませる? 魔王様に?
馬鹿な!
ぐっと目を瞑る。
良い解決策が見つからない。
どうしたら・・・
考えがぐるぐる回る。
りー・・・りー・・・
いつも涼しげな鈴虫の鳴き声が、煩く聞こえた。
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翌朝。
「おはようございます」
マサヒデが眠い目をこすりなら出て来た。
カオルとシズクはもう素振りを始めている。
「ご主人様」
「おはよ! やっぱまだきつい? 血、結構出たもんね」
「いえ。全然寝付けなかったんです。多分、昼間に休み過ぎたせいです」
「あはははは!」
「はあーっ」
息をついて庭に下り、井戸に行って顔にばしんばしん水をぶつける。
手拭いで顔を拭っていると、
「すいまっせーん・・・」
客? こんな朝早くに・・・
「あっ、サカバヤシさん」
「あ、ああ! 稽古中、すまねえ。あのさあ、マツさんって人は・・・」
「まだ寝てますが、用ですか?」
「あー・・・うん! 用あるんだ」
ジンノジョウが気不味そうに刀袋を取ると、柄の取れた刀。
袖から、切り落とされた柄。
「ああっ! 父上ですね!? 何て事を!」
「そうなんだよ! いや聞いてくれ! これ、ただの刀じゃねえんだよ!
サカバヤシの太刀なんだよ! やべえんだよ!」
「ええーっ!?」「なんと!?」
マサヒデとカオルが驚いて目を丸くする。
居合術の生みの親、ジンノスケ=サカバヤシの刀!?
カゲミツはそれを斬ってしまったのか!?
「追い出された時、腹が立って、神社からこっそり持ち出しちまったんだよ。
こんなの持って帰ったら、俺、間違いなく殺されちまう!
マツさんて人なら元通りに直せるって聞いてよ!」
ば! とジンノジョウが土下座して、
「頼む! 金ならいくらでも払うからよ! 頼むから! この通り!
マツさんて人に会わせてくれ!」
「・・・」「・・・」
マサヒデもカオルも驚きと呆れで言葉も出なくなってしまった。
シズクがのしのし歩いて来て、
「何? あれ、魔剣とか称号とかそういうやつ?」
「あ、いや、違います。普通の刀ですけど、物凄く貴重というか・・・
あれ・・・居合っていう技術を作った人の刀です。
サカバヤシさんのご先祖様の愛刀です。
もう国宝とかそういう次元じゃありません。
価値なんてつけられないですよ」
「ひぇー! そりゃ殺されちゃうよねー! あははは!」
シズクは能天気に笑っているが、マサヒデもカオルも胸が張り裂けそうだ。
「マサヒデ様・・・」
「はっ!」
イザベルが怪訝な顔で入って来た。
朝の素振りに参加しに来たのだろう。
「この者は?」
シズクがげらげら笑いながら、
「あははは! 居合の達人のサカバヤシ様ー!
昨日マサちゃんに脇差でぶっ刺された奴!」
「それが、どうして?」
「大事な大事なお刀、カゲミツ様に斬られちゃったんだ!
マツ様に直してくれーってお願いに来たのさ! あはははー!」
「ふっ。大殿様に敵うわけもあるまいに・・・」
イザベルが鼻で笑ったが、マサヒデは青い顔で、
「イザベルさん。ただ事じゃないんですよ。
それ、本当にまずいんですよ。斬ってしまった父上も」
「大殿様が? 何故でありましょうか」
「それ、それ、居合という技術の生みの親の方が使ってた刀です」
「いあ・・・はあっ!?」
ぶん! とイザベルが土下座するジンノジョウに顔を向ける。
「先祖の宝とか、国宝とかいう物ではありません。
文字通り、世界の宝なんですよ、武術世界の、宝、その刀・・・」
「・・・」
「父上、それを斬ってしまったんですよ・・・まずいですよこれ・・・」
ジンノジョウが地に額をこすりつけ、マサヒデ達は顔を青くしている。
笑っているのはシズクだけ・・・




