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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十八章 太夫とサカバヤシ流

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第870話


 オリネオ黄金馬牧場。


 小赤が黒嵐に抱きついて、横でクレールが目を押さえている。

 シズクも顔を逸らせて、ずびー! と鼻をかむ。


「あっれえー」


 む! とカオルが潤んだ目を向けた。

 あれはジンノジョウ=サカバヤシ!

 くいっと笠を上げて、歩いて来る。


「サカバヤシ! ・・・様・・・」


「うお、すごいね、この馬・・・」


「マサヒデ様の乗馬です。名は黒嵐」


 ジンノジョウが胡乱な顔をする。


「え・・・? こくらん・・・?」


「嵐のらんです。花のらんではございません」


 ジンノジョウが、あはは、と変な笑いをして、


「あ、ああ、そうだよな! ちょっとトミヤスさんのセンス疑っちゃった。

 で、どうしたの? 皆、なんか泣いてる?」


「色々とございまして。話すととても長く」


「あ、そう? じゃあいいや。

 ところで、トミヤス道場って、距離はどのくらいか分かる?

 ここ真っ直ぐってのは知ってるけど」


 ジンノジョウが街道をトミヤス村の方に向ける。

 カオルは小首を傾げて、


「この時間、人の足ですと・・・急いで夕方になるかと・・・

 ううん、はや道場も閉まっておりましょうか。

 まだ残って稽古している者もおりましょうが」


「え」


「サカバヤシ様の足でありましたら、走れば十分に間に合いましょう。

 小さな丘の上の建物です」


「まじかよっ! 輸血したばっかだぜー!」


 ぱー! とジンノジョウは走って行ってしまった。


「明日行けば良いのにな・・・」


「お忙しい方ですね・・・」


「私が風に乗せていっても良かったんですけど・・・」


 皆がジンノジョウの背を見送っている中、小赤は黒嵐の首に抱きついていた。



----------



 広場に来て、勇者祭の放映を見る。


「降参したわ・・・負けたのね」


「はい。勇者祭では降参が認められており、それに手を掛けますとお縄に」


「でも、死ぬまで戦う事もあるのね」


「はい」


「変」


「武術をされぬ小赤様から見れば左様かと。

 私共には、死は常に隣におります」


 小赤がシズクを見て、


「死にそうに見えない」


「あーっはっは!」


「と思えましょうが、魔術にはやられます。

 鉄砲にも貫かれてしまいます。

 マサヒデ様、ハワード様の格になりますれば、鬼族も軽く斬られます」


 クレールを見る。


「魔術も怖いのね」


「えへへへー! 怖いですよおー! 小赤さん、手を出して下さい!」


「こう?」


 ひらひらひら・・・

 蝶が1匹・・・2匹・・・3、4、5。

 どんどん増えていく。

 小赤の指先から肩までびっしり。


「綺麗だけど、こんなにたくさんいると怖い」


「んふふふー。はいっ!」


 すう、と蝶が全て消えてしまった。


「虎も熊も呼び出せますよ!」


「虎・・・絵でしか見た事がないわ」


「では」


 ぽん、とカオルがクレールの肩に手を置く。


「クレール様。大騒ぎになりますので。

 先にもマサヒデ様にご注意を頂いたばかり」


「そうでした・・・すみません、ここで虎は出せないです」


「構わないわ」


「ふふ。では次に参りましょう」



----------



 一方その頃、トミヤス道場。


 どっかり座ったカゲミツの前で、ジンノジョウが正座している。


「ジンノジョウ=サカバヤシです」


「こりゃあまた! サカバヤシさんの御子息か! てことは夢想の方かな?

 俺、あんたと会ったことはないよな?」


「は」


 カゲミツがにやっと笑って、


「ふふん・・・で! 道場破り! 一手ご指南! どっち?」


「道場破りで願います」


 ざわっ!

 門弟達がざわめく。


「結構! 道場破りは久しぶりだ。期待しても良いかな?」


「お応え出来ますかどうか」


「抜き打ち勝負で良いかな?」


「願ってもないお申し出」


「よおし・・・」


 とカゲミツが立ち上がりかけて、また腰を下ろす。


「あの、ひとつ聞いていいかな」


「なんなりと」


「マサヒデの野郎に行けって言われてない?」


「いえ。されどお会いは致しました」


 むっすー、とカゲミツの顔が拗ねていく。


「・・・あいつ、何て言ってた?」


「3年に1度はこちらへ出稽古に来て欲しいと。順調に宗家になった後もそうして欲しいと」


「んー・・・」


 むっすり。

 カゲミツがあからさまに拗ねている。


「不都合がございますれば」


「いや、そうじゃないんだ。大歓迎だよ。大歓迎なんだけど」


「何か不都合がございますれば、私去りますゆえ」


「そうじゃないよ! 大歓迎だよ!

 でもよお! あいつ腕利きばっか呼びやがるんだよ!」


 良い事ではないか。

 カゲミツは何を怒っているのか?

 門弟達が顔を見合わせる。


「なんで先にあいつの所に行くんだよ! まず俺の所に来て欲しいよ!

 あいつの所に行ってもここに来ないやつ、絶対いるぜ!

 ちきしょう! 俺だってやりたいんだよ! あんたも思うだろ!?」


「・・・」


 何とも言えず、皆が困惑した表情でカゲミツを見る。

 子供のように駄々をこねるカゲミツ。

 これから真剣で立ち会いを行おうとする者には全く見えない。


「ちっ! もういいよ! やろうぜ!」


 カゲミツが三大胆を取って、腰に差す。


「は・・・」


 すたすたとカゲミツが歩いて来る。


「抜き打ちって勝負だけど、立つ? 座る?」


「では、立ちで」


「いいぜ」


 ジンノジョウが立ち上がる。

 カゲミツが軽く会釈すると、ジンノジョウが深く頭を下げた。

 頭を上げるとカゲミツがにっこり笑って、


「はい! じゃ勝負開始! いつでもいいぜ!」


 す、とジンノジョウが腰を据える。


「あっ!」


 門弟が声を上げると、こん、とジンノジョウの足元に何か落ちた。


「おいおい。サカバヤシさんよ」


「な!」


 カゲミツの刀が抜かれていた。

 切先を下にした、血振るいのような形。

 全く見えなかった!

 は! と刀に手を置こうとして、すっと手が落ちる。


「何!?」


 あっと刀を見れば、柄がない!?

 足元を見ると、切り落とされた柄が落ちている・・・


「ははは! それじゃあ抜けねえな! 勝負ありで良いかな?」


「ば、馬鹿な!?」


 柄の中には茎、鉄が入っているのだ!

 何かが当たった感触も感じなかったのだ!

 カゲミツがにやにやしながら刀を納める。


「いくらサカバヤシ流でも抜けないんじゃ勝負にならねえな! ははは!」


「馬鹿な・・・柄を切り落とすなど・・・」


「はっはっはー! 日輪剣、三大胆! なあーんでも斬れちゃう!

 俺が刀好きって話は聞いてるだろ。変なの持ってねえかって思わなかったのか?

 これ、ちゃんと個人蔵カゲミツ=トミヤスって図鑑に乗ってるんだぞ。

 ま、これじゃなくても斬れるけど。マサヒデ程度でも鎧ごと斬れるぜ」


 ここまでの差があるとは!?

 がっくりとジンノジョウが肩を落とす。


「今日は泊めてやるよ。明日、マサヒデん所に行って、マツさんに会いな。

 マツさんは壊れた物をぴったり元に戻せる魔術が使える。

 その刀、直してもらってこい」


「は・・・」


「ふふん。サカバヤシ流じゃ、居合の命は雷にありってな!

 あんた、まだまだ雷の速さにゃ遠いぜ」


「返す言葉もございませぬ」


 ジンノジョウが斬り落とした柄を拾い上げ、懐に入れる。

 あれ? はて? カゲミツが首を傾げた。これはどこかで・・・

 カゲミツが顎に手を当てて、ジンノジョウの腰の刀をじっと見る。


「あのさ・・・ちょっと聞いていいか」


「は・・・」


「うーん・・・」


 カゲミツが柄を斬り落とした刀に顔を近付けて、


「これってさあ・・・もしかしてー・・・だけど・・・

 いやいやいや、サカバヤシ神社に奉納されてる・・・よね?

 俺の見間違いだよね? 同じ拵えってだけだよね? ね?」


「ご慧眼、恐れ入りました。サカバヤシの太刀です。持ち出して来ました」


「まじかよーっ!?」


 カゲミツが顔を青くして、身を仰け反らせる。


 それはサカバヤシ神社に奉納されているはずの重要保存刀剣。

 サカバヤシ流初代、居合術の始祖、ジンノスケ=サカバヤシの愛刀。

 その価値は重要、国宝などと鑑定で図れるものではない。

 カゲミツはその刀を斬り落としてしまったのだ・・・


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