第870話
オリネオ黄金馬牧場。
小赤が黒嵐に抱きついて、横でクレールが目を押さえている。
シズクも顔を逸らせて、ずびー! と鼻をかむ。
「あっれえー」
む! とカオルが潤んだ目を向けた。
あれはジンノジョウ=サカバヤシ!
くいっと笠を上げて、歩いて来る。
「サカバヤシ! ・・・様・・・」
「うお、すごいね、この馬・・・」
「マサヒデ様の乗馬です。名は黒嵐」
ジンノジョウが胡乱な顔をする。
「え・・・? こくらん・・・?」
「嵐のらんです。花のらんではございません」
ジンノジョウが、あはは、と変な笑いをして、
「あ、ああ、そうだよな! ちょっとトミヤスさんのセンス疑っちゃった。
で、どうしたの? 皆、なんか泣いてる?」
「色々とございまして。話すととても長く」
「あ、そう? じゃあいいや。
ところで、トミヤス道場って、距離はどのくらいか分かる?
ここ真っ直ぐってのは知ってるけど」
ジンノジョウが街道をトミヤス村の方に向ける。
カオルは小首を傾げて、
「この時間、人の足ですと・・・急いで夕方になるかと・・・
ううん、はや道場も閉まっておりましょうか。
まだ残って稽古している者もおりましょうが」
「え」
「サカバヤシ様の足でありましたら、走れば十分に間に合いましょう。
小さな丘の上の建物です」
「まじかよっ! 輸血したばっかだぜー!」
ぱー! とジンノジョウは走って行ってしまった。
「明日行けば良いのにな・・・」
「お忙しい方ですね・・・」
「私が風に乗せていっても良かったんですけど・・・」
皆がジンノジョウの背を見送っている中、小赤は黒嵐の首に抱きついていた。
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広場に来て、勇者祭の放映を見る。
「降参したわ・・・負けたのね」
「はい。勇者祭では降参が認められており、それに手を掛けますとお縄に」
「でも、死ぬまで戦う事もあるのね」
「はい」
「変」
「武術をされぬ小赤様から見れば左様かと。
私共には、死は常に隣におります」
小赤がシズクを見て、
「死にそうに見えない」
「あーっはっは!」
「と思えましょうが、魔術にはやられます。
鉄砲にも貫かれてしまいます。
マサヒデ様、ハワード様の格になりますれば、鬼族も軽く斬られます」
クレールを見る。
「魔術も怖いのね」
「えへへへー! 怖いですよおー! 小赤さん、手を出して下さい!」
「こう?」
ひらひらひら・・・
蝶が1匹・・・2匹・・・3、4、5。
どんどん増えていく。
小赤の指先から肩までびっしり。
「綺麗だけど、こんなにたくさんいると怖い」
「んふふふー。はいっ!」
すう、と蝶が全て消えてしまった。
「虎も熊も呼び出せますよ!」
「虎・・・絵でしか見た事がないわ」
「では」
ぽん、とカオルがクレールの肩に手を置く。
「クレール様。大騒ぎになりますので。
先にもマサヒデ様にご注意を頂いたばかり」
「そうでした・・・すみません、ここで虎は出せないです」
「構わないわ」
「ふふ。では次に参りましょう」
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一方その頃、トミヤス道場。
どっかり座ったカゲミツの前で、ジンノジョウが正座している。
「ジンノジョウ=サカバヤシです」
「こりゃあまた! サカバヤシさんの御子息か! てことは夢想の方かな?
俺、あんたと会ったことはないよな?」
「は」
カゲミツがにやっと笑って、
「ふふん・・・で! 道場破り! 一手ご指南! どっち?」
「道場破りで願います」
ざわっ!
門弟達がざわめく。
「結構! 道場破りは久しぶりだ。期待しても良いかな?」
「お応え出来ますかどうか」
「抜き打ち勝負で良いかな?」
「願ってもないお申し出」
「よおし・・・」
とカゲミツが立ち上がりかけて、また腰を下ろす。
「あの、ひとつ聞いていいかな」
「なんなりと」
「マサヒデの野郎に行けって言われてない?」
「いえ。されどお会いは致しました」
むっすー、とカゲミツの顔が拗ねていく。
「・・・あいつ、何て言ってた?」
「3年に1度はこちらへ出稽古に来て欲しいと。順調に宗家になった後もそうして欲しいと」
「んー・・・」
むっすり。
カゲミツがあからさまに拗ねている。
「不都合がございますれば」
「いや、そうじゃないんだ。大歓迎だよ。大歓迎なんだけど」
「何か不都合がございますれば、私去りますゆえ」
「そうじゃないよ! 大歓迎だよ!
でもよお! あいつ腕利きばっか呼びやがるんだよ!」
良い事ではないか。
カゲミツは何を怒っているのか?
門弟達が顔を見合わせる。
「なんで先にあいつの所に行くんだよ! まず俺の所に来て欲しいよ!
あいつの所に行ってもここに来ないやつ、絶対いるぜ!
ちきしょう! 俺だってやりたいんだよ! あんたも思うだろ!?」
「・・・」
何とも言えず、皆が困惑した表情でカゲミツを見る。
子供のように駄々をこねるカゲミツ。
これから真剣で立ち会いを行おうとする者には全く見えない。
「ちっ! もういいよ! やろうぜ!」
カゲミツが三大胆を取って、腰に差す。
「は・・・」
すたすたとカゲミツが歩いて来る。
「抜き打ちって勝負だけど、立つ? 座る?」
「では、立ちで」
「いいぜ」
ジンノジョウが立ち上がる。
カゲミツが軽く会釈すると、ジンノジョウが深く頭を下げた。
頭を上げるとカゲミツがにっこり笑って、
「はい! じゃ勝負開始! いつでもいいぜ!」
す、とジンノジョウが腰を据える。
「あっ!」
門弟が声を上げると、こん、とジンノジョウの足元に何か落ちた。
「おいおい。サカバヤシさんよ」
「な!」
カゲミツの刀が抜かれていた。
切先を下にした、血振るいのような形。
全く見えなかった!
は! と刀に手を置こうとして、すっと手が落ちる。
「何!?」
あっと刀を見れば、柄がない!?
足元を見ると、切り落とされた柄が落ちている・・・
「ははは! それじゃあ抜けねえな! 勝負ありで良いかな?」
「ば、馬鹿な!?」
柄の中には茎、鉄が入っているのだ!
何かが当たった感触も感じなかったのだ!
カゲミツがにやにやしながら刀を納める。
「いくらサカバヤシ流でも抜けないんじゃ勝負にならねえな! ははは!」
「馬鹿な・・・柄を切り落とすなど・・・」
「はっはっはー! 日輪剣、三大胆! なあーんでも斬れちゃう!
俺が刀好きって話は聞いてるだろ。変なの持ってねえかって思わなかったのか?
これ、ちゃんと個人蔵カゲミツ=トミヤスって図鑑に乗ってるんだぞ。
ま、これじゃなくても斬れるけど。マサヒデ程度でも鎧ごと斬れるぜ」
ここまでの差があるとは!?
がっくりとジンノジョウが肩を落とす。
「今日は泊めてやるよ。明日、マサヒデん所に行って、マツさんに会いな。
マツさんは壊れた物をぴったり元に戻せる魔術が使える。
その刀、直してもらってこい」
「は・・・」
「ふふん。サカバヤシ流じゃ、居合の命は雷にありってな!
あんた、まだまだ雷の速さにゃ遠いぜ」
「返す言葉もございませぬ」
ジンノジョウが斬り落とした柄を拾い上げ、懐に入れる。
あれ? はて? カゲミツが首を傾げた。これはどこかで・・・
カゲミツが顎に手を当てて、ジンノジョウの腰の刀をじっと見る。
「あのさ・・・ちょっと聞いていいか」
「は・・・」
「うーん・・・」
カゲミツが柄を斬り落とした刀に顔を近付けて、
「これってさあ・・・もしかしてー・・・だけど・・・
いやいやいや、サカバヤシ神社に奉納されてる・・・よね?
俺の見間違いだよね? 同じ拵えってだけだよね? ね?」
「ご慧眼、恐れ入りました。サカバヤシの太刀です。持ち出して来ました」
「まじかよーっ!?」
カゲミツが顔を青くして、身を仰け反らせる。
それはサカバヤシ神社に奉納されているはずの重要保存刀剣。
サカバヤシ流初代、居合術の始祖、ジンノスケ=サカバヤシの愛刀。
その価値は重要、国宝などと鑑定で図れるものではない。
カゲミツはその刀を斬り落としてしまったのだ・・・




