第866話
冒険者ギルド、訓練場。
マサヒデと浪人と小赤の所に、カオルがすっ飛んできた。
浪人が慌てた顔のカオルをにやにやと見ている。
「この者は!?」
「ジンノジョウ=サカバヤシさんです」
ぎょ! とカオルが目を見開いた。
「サカっ・・・バヤ、シ・・・」
ジンノジョウがにこにこ笑ってカオルを見て、
「どうも。はじめまして」
「カオルさん。今すぐ稽古を中断して、皆さんを集めて下さい。
見取り稽古を始めます。真剣の」
「真剣!?」
「サカバヤシさんは、勇者祭の参加者です」
「なれば私が!」
「あなたでは勝てません」
ぱしん! とジンノジョウが膝を叩いて、
「ははっ! トミヤスさん、そうはっきり言うなよ。かわいそうじゃないの」
「・・・分かりました」
カオルが肩を落として戻って行く。
「サカバヤシさん。立ち会いを受けるに際し、私からも条件を。
飲んでくれなくても受けますが、聞くだけ聞いてくれますか」
「聞こう」
「私が勝ったら、トミヤス道場に出稽古に来て、門弟をしごいて下さい」
「ははは! 良いよ! この後、トミヤス道場には行くつもりだったし」
「今日1日ではなく、最低年に1回です。
あなたが宗家になった後もです」
ジンノジョウが渋い顔をして腕を組む。
「うーん! 年1回か! 2年、いや3年! 3年に1回にしてくれない?
さすがにうちから遠いからさあ。うち、北の国境近くなんだぜ?
年1回はちょっとな・・・駄目?」
「結構です」
「よし決まり!」
「では、得物を持ってきますから、少々お待ち頂けますか」
くい、とジンノジョウが顎をしゃくる。
「あそこで待ってりゃ良いか?」
冒険者達がずらりと並び、皆、背中から緊張感を漂わせている。
その前に、カオルとシズクがこれまた緊張した顔で立っている。
「お願いします」
マサヒデが歩いて訓練場を出て行った。
ジンノジョウはマサヒデが出て行くまで見送って、
「よっ」
と立ち上がった。
すたすたと歩いて行って、カオル達の前に立つ。
「ここで待ってろって言われたんだ」
「はい」
「ふん、ふん」
肩を動かすジンノジョウを見て、皆が目を丸くした。
肘と肘が、背中で付いている・・・
驚いた顔をしたカオルとシズクを見て、ジンノジョウがにやりと笑う。
「凄いだろ。これ、中々出来る奴いないんだ」
(只者ではない! 異常だ!)
カオルの額を汗が垂れていく。
背中と肩甲骨が余程に柔らかくなければ出来ない芸当だ。
そして、その背中と肩から出る剣撃は、しなやかで、速く、強い。
「ふん、ふん」
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準備室。
マサヒデは雲切丸を差し、ホルニの脇差を差す。
目を瞑って、イマイの教えを思い出す。
立った時点で1分の勝ちあり。
拍子が速ければ、相手が速くても勝てる。
後出しでこそ勝てる。
これが三傅流の理。
しかし、相手はサカバヤシ流の次代宗家! 速すぎる!
もはや拍子をも越えた速さで来るはず!
(斬らずに、勝てるか!)
サカバヤシ流であれば、居合だけではない。
抜き打ちで決まらなければ、おそらく鹿神流でくる。
そうなったら・・・
(俺の未熟な無願想流で、勝てるか!)
く、と人差し指で鯉口を切る。
親指で納める。
ふう、と息を吐いて、脇差の位置を正す。
じわりと手の平に汗が浮く。
胸を抱くように両手を反対の腕に置いて、手の平を袖で拭う。
これほどに死を感じたことはない。
アルマダとの立ち会いで頭を割られそうになった時、死ぬと感じた。
ジロウとの立ち会いでも、真剣であったら死んだと感じた。
だが、そのどちらとも違う。
死刑執行人が居る所に向かう気分とは、このような気分だろう。
だが、臆してはいない。
「よし」
小さく呟いて、マサヒデは準備室を出て行った。
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ぎいい・・・
訓練場の重い扉が開いた。
マサヒデがちらっと目を向けると、小赤の横にクレールが座っていた。
目を戻すと、ジンノジョウと目が合った。
「おっ」
ジンノジョウが小さく声を上げる。
はあ、とジンノジョウが顎に手を当てて、近付いてくるマサヒデを見ている。
「お待たせしました」
ジンノジョウがマサヒデの腰を指差して、
「いいの?」
雲切丸は長い。
どう見ても抜き打ちに向いた物ではない。
いくら速く抜けても、サカバヤシ流に勝てるとは見えないが・・・
しかし、マサヒデの顔は真面目で、舐めている風にはとても見えない。
「いや・・・いいの、と聞かれましても、これが私の得物でして」
「そうなの?」
「あ、やはり私のような未熟者には、青貝などとても似合いませんよね。
すみません、自分でもこれは分不相応と思ってるんですが」
「いやいやいやいや、そこじゃなくて」
「申し訳ありません」
「謝る所じゃないよね」
「そうでしょうか・・・」
「まあ、うーん。いいや。やろうか」
「はい」
く、とジンノジョウが鯉口を切る。
くん、とマサヒデも雲切丸の鯉口を切る。
ジンノジョウが、そっと、ふわりと柄に手を乗せたまま、
「そう、か・・・マサヒデ=トミヤス、三傅流使いだったか」
「・・・」
にやりとジンノジョウが笑った。
「俺に後出しで勝てるかな」
「・・・」
すうう・・・とマサヒデの右手が上がる。
ゆっくりと膝が落ちて行き、柄が前に出てくる。
三傅流の姿勢だから出来る芸当!
賭けに勝てるか!
勝てねば死!
さ!
マサヒデが動いた瞬間、がつん! と左手に衝撃が来た。
前に出した柄だけ残し、右足をさっと引いたのだ。
まさに間一髪。稽古着の袖を掠めた感触。
髪の毛1本遅れていたら、腕が飛んでいた。
「む!」
左手と刀をそのまま残し、下がった右足を戻しながら、右手で逆手に脇差を抜いて、ジンノジョウの刀の下を滑るように走らせて行く。
ジンノジョウの刀、ぎりぎり。
低くなったマサヒデの体。
こめかみに、すーっと何かが当たる感触。
「・・・」
「・・・」
マサヒデのこめかみから、だらだらと血が流れ落ちる。
名匠ホルニの脇差の先が、ジンノジョウの内腿を突き刺している。
ジンノジョウの足からもだらだらと血が流れ、血溜まりを作り始めた。
マサヒデが左手を挙げて、すう・・・と、横にゆっくり動かす。
頭の上から、ジンノジョウの刀が横に押し出された。
ジンノジョウは左手を脇差にかけたが、たらんと手を垂らした。
このままでは失血ですぐ死ぬ。
「参ったぜ」
はあっ! と大きく息をついて、マサヒデが手を付いた。
「魔術師! 治癒魔術!」
カオルの声が響いた。
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冒険者ギルド、治療室。
朝稽古は立ち会いの後に終了となった。
「参ったよ。本当に参った」
失血で顔色の悪いジンノジョウが呟く。
「得物を取りに行って、準備室から出る時」
「んん?」
「死刑執行人の前に行く囚人の気持ちが分かりました」
「嫌味かよ」
「違いますよ」
ジンノジョウが輸血用の血液袋を見て、はあっ、と溜め息をついた。
「剣聖カゲミツ以外にゃ、負ける予定はなかったんだ」
「中々、上手くいきませんよね」
「ああ。上手くいかねえな」
ジンノジョウが、ぺしん、と額を叩く。
「あーあ、ここで失格だあ! 親父にぶちのめされちまうよ・・・
マサヒデさんよ、あんたのせいだぞ」
「サカバヤシさんは、なぜ勇者祭に」
「へっ! 少しは世間を知れって叩き出されたのさ!」
「・・・」
「悪かったな。田舎者で」
「ふ、ははははは!」
「あーあー、笑え笑え。笑えよ」
「ははは! 違いますよ! 私もなんですよ!
私、勘当されてます! ははは!」
「はあーっ!? その噂、本当だったのか!?」
「ふ、くくく・・・職人街の、橋を渡った所に研師さんがいますから。
イマイ研店という小さな店ですが、凄腕です。血は綺麗に取ってくれます」
「あ、ああ」
「では、門弟の皆さんをよろしくお願いします」
「・・・くくく。ははは! わーかったよ! 八つ当たりしてやる!」




