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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十八章 太夫とサカバヤシ流

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第866話


 冒険者ギルド、訓練場。


 マサヒデと浪人と小赤の所に、カオルがすっ飛んできた。

 浪人が慌てた顔のカオルをにやにやと見ている。


「この者は!?」


「ジンノジョウ=サカバヤシさんです」


 ぎょ! とカオルが目を見開いた。


「サカっ・・・バヤ、シ・・・」


 ジンノジョウがにこにこ笑ってカオルを見て、


「どうも。はじめまして」


「カオルさん。今すぐ稽古を中断して、皆さんを集めて下さい。

 見取り稽古を始めます。真剣の」


「真剣!?」


「サカバヤシさんは、勇者祭の参加者です」


「なれば私が!」


「あなたでは勝てません」


 ぱしん! とジンノジョウが膝を叩いて、


「ははっ! トミヤスさん、そうはっきり言うなよ。かわいそうじゃないの」


「・・・分かりました」


 カオルが肩を落として戻って行く。


「サカバヤシさん。立ち会いを受けるに際し、私からも条件を。

 飲んでくれなくても受けますが、聞くだけ聞いてくれますか」


「聞こう」


「私が勝ったら、トミヤス道場に出稽古に来て、門弟をしごいて下さい」


「ははは! 良いよ! この後、トミヤス道場には行くつもりだったし」


「今日1日ではなく、最低年に1回です。

 あなたが宗家になった後もです」


 ジンノジョウが渋い顔をして腕を組む。


「うーん! 年1回か! 2年、いや3年! 3年に1回にしてくれない?

 さすがにうちから遠いからさあ。うち、北の国境近くなんだぜ?

 年1回はちょっとな・・・駄目?」


「結構です」


「よし決まり!」


「では、得物を持ってきますから、少々お待ち頂けますか」


 くい、とジンノジョウが顎をしゃくる。


「あそこで待ってりゃ良いか?」


 冒険者達がずらりと並び、皆、背中から緊張感を漂わせている。

 その前に、カオルとシズクがこれまた緊張した顔で立っている。


「お願いします」


 マサヒデが歩いて訓練場を出て行った。

 ジンノジョウはマサヒデが出て行くまで見送って、


「よっ」


 と立ち上がった。

 すたすたと歩いて行って、カオル達の前に立つ。


「ここで待ってろって言われたんだ」


「はい」


「ふん、ふん」


 肩を動かすジンノジョウを見て、皆が目を丸くした。

 肘と肘が、背中で付いている・・・

 驚いた顔をしたカオルとシズクを見て、ジンノジョウがにやりと笑う。


「凄いだろ。これ、中々出来る奴いないんだ」


(只者ではない! 異常だ!)


 カオルの額を汗が垂れていく。

 背中と肩甲骨が余程に柔らかくなければ出来ない芸当だ。

 そして、その背中と肩から出る剣撃は、しなやかで、速く、強い。


「ふん、ふん」



----------



 準備室。


 マサヒデは雲切丸を差し、ホルニの脇差を差す。

 目を瞑って、イマイの教えを思い出す。


 立った時点で1分の勝ちあり。

 拍子が速ければ、相手が速くても勝てる。

 後出しでこそ勝てる。

 これが三傅流の理。


 しかし、相手はサカバヤシ流の次代宗家! 速すぎる!

 もはや拍子をも越えた速さで来るはず!


(斬らずに、勝てるか!)


 サカバヤシ流であれば、居合だけではない。

 抜き打ちで決まらなければ、おそらく鹿神流でくる。

 そうなったら・・・


(俺の未熟な無願想流で、勝てるか!)


 く、と人差し指で鯉口を切る。

 親指で納める。


 ふう、と息を吐いて、脇差の位置を正す。

 じわりと手の平に汗が浮く。

 胸を抱くように両手を反対の腕に置いて、手の平を袖で拭う。


 これほどに死を感じたことはない。


 アルマダとの立ち会いで頭を割られそうになった時、死ぬと感じた。

 ジロウとの立ち会いでも、真剣であったら死んだと感じた。

 だが、そのどちらとも違う。


 死刑執行人が居る所に向かう気分とは、このような気分だろう。

 だが、臆してはいない。


「よし」


 小さく呟いて、マサヒデは準備室を出て行った。



----------



 ぎいい・・・


 訓練場の重い扉が開いた。

 マサヒデがちらっと目を向けると、小赤の横にクレールが座っていた。

 目を戻すと、ジンノジョウと目が合った。


「おっ」


 ジンノジョウが小さく声を上げる。

 はあ、とジンノジョウが顎に手を当てて、近付いてくるマサヒデを見ている。


「お待たせしました」


 ジンノジョウがマサヒデの腰を指差して、


「いいの?」


 雲切丸は長い。

 どう見ても抜き打ちに向いた物ではない。

 いくら速く抜けても、サカバヤシ流に勝てるとは見えないが・・・

 しかし、マサヒデの顔は真面目で、舐めている風にはとても見えない。


「いや・・・いいの、と聞かれましても、これが私の得物でして」


「そうなの?」


「あ、やはり私のような未熟者には、青貝などとても似合いませんよね。

 すみません、自分でもこれは分不相応と思ってるんですが」


「いやいやいやいや、そこじゃなくて」


「申し訳ありません」


「謝る所じゃないよね」


「そうでしょうか・・・」


「まあ、うーん。いいや。やろうか」


「はい」


 く、とジンノジョウが鯉口を切る。

 くん、とマサヒデも雲切丸の鯉口を切る。

 ジンノジョウが、そっと、ふわりと柄に手を乗せたまま、


「そう、か・・・マサヒデ=トミヤス、三傅流使いだったか」


「・・・」


 にやりとジンノジョウが笑った。


「俺に後出しで勝てるかな」


「・・・」


 すうう・・・とマサヒデの右手が上がる。

 ゆっくりと膝が落ちて行き、柄が前に出てくる。


 三傅流の姿勢だから出来る芸当!

 賭けに勝てるか!

 勝てねば死!


 さ!


 マサヒデが動いた瞬間、がつん! と左手に衝撃が来た。

 前に出した柄だけ残し、右足をさっと引いたのだ。

 まさに間一髪。稽古着の袖を掠めた感触。

 髪の毛1本遅れていたら、腕が飛んでいた。


「む!」


 左手と刀をそのまま残し、下がった右足を戻しながら、右手で逆手に脇差を抜いて、ジンノジョウの刀の下を滑るように走らせて行く。


 ジンノジョウの刀、ぎりぎり。

 低くなったマサヒデの体。

 こめかみに、すーっと何かが当たる感触。


「・・・」


「・・・」


 マサヒデのこめかみから、だらだらと血が流れ落ちる。

 名匠ホルニの脇差の先が、ジンノジョウの内腿を突き刺している。

 ジンノジョウの足からもだらだらと血が流れ、血溜まりを作り始めた。


 マサヒデが左手を挙げて、すう・・・と、横にゆっくり動かす。

 頭の上から、ジンノジョウの刀が横に押し出された。

 ジンノジョウは左手を脇差にかけたが、たらんと手を垂らした。

 このままでは失血ですぐ死ぬ。


「参ったぜ」


 はあっ! と大きく息をついて、マサヒデが手を付いた。


「魔術師! 治癒魔術!」


 カオルの声が響いた。



----------



 冒険者ギルド、治療室。


 朝稽古は立ち会いの後に終了となった。


「参ったよ。本当に参った」


 失血で顔色の悪いジンノジョウが呟く。


「得物を取りに行って、準備室から出る時」


「んん?」


「死刑執行人の前に行く囚人の気持ちが分かりました」


「嫌味かよ」


「違いますよ」


 ジンノジョウが輸血用の血液袋を見て、はあっ、と溜め息をついた。


「剣聖カゲミツ以外にゃ、負ける予定はなかったんだ」


「中々、上手くいきませんよね」


「ああ。上手くいかねえな」


 ジンノジョウが、ぺしん、と額を叩く。


「あーあ、ここで失格だあ! 親父にぶちのめされちまうよ・・・

 マサヒデさんよ、あんたのせいだぞ」


「サカバヤシさんは、なぜ勇者祭に」


「へっ! 少しは世間を知れって叩き出されたのさ!」


「・・・」


「悪かったな。田舎者で」


「ふ、ははははは!」


「あーあー、笑え笑え。笑えよ」


「ははは! 違いますよ! 私もなんですよ!

 私、勘当されてます! ははは!」


「はあーっ!? その噂、本当だったのか!?」


「ふ、くくく・・・職人街の、橋を渡った所に研師さんがいますから。

 イマイ研店という小さな店ですが、凄腕です。血は綺麗に取ってくれます」


「あ、ああ」


「では、門弟の皆さんをよろしくお願いします」


「・・・くくく。ははは! わーかったよ! 八つ当たりしてやる!」


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