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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十五章 三人の忍

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第863話


 草木も眠る丑三つ時―――


 ここは歓楽街裏の貧乏長屋。

 酒の徳利を転がして、隠密同心、チョウベエ=サカムラが眠っていた。


「んがあ~・・・んがあ~・・・がっ・・・うん・・・ううん・・・」


「チョウベエ」


「が・・・」


「チョウベエ」


「ああ・・・んん?」


 ぼけっとした顔で、チョウベエが起き上がる。


「は・・・」


 口を開け、半目を開いて、暗い部屋を見回す。

 夢か。


「ん~っ・・・」


 チョウベエが寝転がる。


「チョウベエ」


「は!」


 ぱ! とチョウベエが飛び上がって、枕の下に手を入れる。


「!」


 脇差がない!


「探し物はこれか」


 ぼすん、と脇差が布団の上に落ちた。


「誰でえ!」


 チョウベエが脇差を取って抜く。


「暗くて見えぬか」


 ぽ、と行灯の火が灯る。


「う!」


 壁に下がって、部屋の中を見渡す。

 誰も居ない。


「幽霊か! ちきしょう、成仏しやがれ!」


「そう。我らは幽霊。既にこの世に無き者」


 窓の方!


「されどもここにおる」


 土間の方!


「盗人か! 隠密同心の所に入るたあ間抜けな泥棒よ!」


「ふふふ。腹が座っておる。さすが隠密同心」


「うおっ!?」


 背中を付けた壁から声がして、チョウベエが飛び退く。


「つ・・・つ・・・」


 チョウベエが油断のない目で、部屋の中を見回す。

 じり・・・じり・・・

 ゆっくりと土間に進んでいく。


「逃げられぬぞ」


 すかん!


「ぬ!」


 土間の板に何かが刺さった。

 手裏剣!

 ぱ、と手に取って驚いた。


(卍手裏剣?)


 滅多に見ない形だ。チョウベエも実物を見るのは初めてだ。

 これは今は滅んだカザマの・・・


「気付いたようだな。そう。我らは既に滅した」


「聞いた事はないか。カザマは各地の廓に散った、と」


 は! とチョウベエが不敵に笑い、


「ちっ! どこの忍だ。こんな物でそんな与太に乗せられると思うなよ」


「我らはオリネオ歓楽街の陰の守護者」


「歓楽街の者も誰一人として我らを知らぬ」


「腐ったとはいえ貴様も色町の隠密同心。今までは見逃してきた」


「だが貴様は寄生虫に成り下がった。一線を越えたのだ」


「チョウベエ。貴様はやりすぎた」


「一線を越えた者の前に我らは現れる」


「・・・」


 チョウベエが油断なく周りを見る。


「本当に見えぬのか」


 耳元で声がした。


「そこだ!」


 空振り。何の手応えもない。


「ここにおるではないか」


 背中!

 ぶん!

 手応え、なし。


「ふふふ。此奴、まだ寝ぼけておるのか」


「ところでチョウベエよ」


「竹光で人を斬る事が出来るか」


「さすが隠密同心は腕が違う」


「ははははは」「ははははは」「ははははは」「ははははは」


「ううっ!?」


 脇差が、いつの間にか竹光になっていた。

 抜いた時は竹光ではなかったのに・・・

 部屋が笑い声で包まれる。

 ぞー、とチョウベエの顔から血の気が引いた。


「まずはこれを読め」


 ばさ、と紙束が落ちてきた。


「こ、こいつぁ」


 少し目を通して、チョウベエの手が止まった。

 次いで、ぶるぶると震え出す。


 今までのゆすりたかり。金の代わりに抱いた女。

 いくらゆすった。いくらもらった。誰にもらった。誰を抱いた。

 のみならず、いつどこに行った、誰と何を喋った、全て書かれている。

 歓楽街での行動が、全て克明に記されている。


「貴様の悪行、全てそこに記してある」


「同じ物、既にタニガワ様に提出しておる」


「隠密同心の汚職は決して許されぬ」


「仏さえ見つからねば良いと、殺しの許しは得ておる」


「されど我らはタニガワ様のような鬼ではない」


「タニガワ様も無闇に血は求めぬ」


「今や寄生虫なれども、貴様も隠密同心として働いてはきた」


「体は違えども名は同じ隠密。一片の慈悲をやる」


 紙束を持ったチョウベエの手が震え、脂汗が額に浮く。


「殺さねえって事か」


「我らは、な」


「てめえらは、か。俺はどうすりゃいいんだ」


「今すぐ荷をまとめ、日が登る前に町を出よ」


「我らがしかと見送ってやる」


 こく、とチョウベエが小さく喉を鳴らし、


「そう言って、町を出た所でぶすりか」


「そのような手間はかけぬ」


「いつでも殺せたゆえな」


「ははははは」「ははははは」「ははははは」「ははははは」


 どす! とチョウベエの脇差の刀身が畳に突き刺さった。


「カザマの忍はもはや世界中に広まった」


「それゆえ滅したと言われた方が都合が良いのだ」


「隠密稼業でそんな事も分からぬとは呆れたものだ」


「此奴、本当に隠密か? 真にカザマが滅んだと信じておったのか?」


「ははははは」「ははははは」「ははははは」「ははははは」


「わ、笑うんじゃねえ。笑うな」


 ぴたりと笑いが止まった。

 しーん、と部屋が静まり返る。

 殺気! 殺気に囲まれている!

 は、は、とチョウベエが部屋を見回すと、


「チョウベエ。貴様は我らに指図出来ぬ」


「貴様に指図するのは我らカザマ」


「立場を弁え、荷をまとめよ」


「タニガワ様は貴様の悪行を既にご存知という事を忘れたか」


「朝までのご猶予を頂いた事、感謝致せ」


 ふ、とチョウベエが息をついて、がくりと肩を落とした。


「分かった。分かった。すぐ荷をまとめる。町を出る」


「それで良い」


「殺しの許しは得ておるが、タニガワ様も無駄な血は求めぬお方」


「貴様は奉行所の動きに勘付き、先んじて町を逃げ、行方知れずになった」


「それで良いのだ。分かるかチョウベエ」


「町を出たら、どこかに隠れて住め。隠密同心の足抜けは許されぬ」


「ああ。分かってる」


「見張っておるぞ」


 立ち上がって竹光を放り投げ、押し入れを開ける。

 慌てて風呂敷を出し、広げようとして、


「ううっ!?」


 振り返ると、紙束も、刺さった脇差の刀身も消えていた。

 放り投げた竹光も消えており、脇差が布団の上に置かれていた。

 恐る恐る手を伸ばして脇差を抜くと、竹光ではなく本身に戻っている。


 は、は、と息を切らせながら部屋を見回す。

 誰も居ない。

 誰の気配もない。

 だが、カザマの忍は見ている!


「い、急ぐからよ! すぐに出るよ!」


 日が昇るまで時間がない!

 チョウベエはばたばたと荷をまとめ、戸を開けて暗い中を駆け出して行った。


 ―――数年後。


 チョウベエは河原者となってひっそり隠れて生きていたが、無断で隠密同心を抜けた罪で暗殺された。遺体は深い山に捨てられ獣の餌となり、河原者仲間からもすぐに忘れられた。そしてチョウベエ=サカムラは世から完全に消えた。


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