第862話
マサヒデが大部屋に戻ると、鐘が鳴った。
もうすぐ子の刻。
正刻になると、この歓楽街の出入りが禁止される。
(時間か。しまった)
ジョージとの話が過ぎた。
マサヒデが急いで小赤の前に座り、
「ジョージさんから話は聞きました。急いで着替えてきて下さい。
あなたは私達と一緒に店を出ます。良いですね」
禿2人が驚いて、
「えっ」
「トミヤス様、身請けされやんすか」
「違いますよ。時間がない。早く。高之さんも三芳さんも手伝ってきて下さい。
ジョージさんから頼まれた事です。話はもう通ってます。
今回はこの歓楽街を出ても、罰を受けることはありません。
ですけど、ジョージさん以外はこの話を知りませんからね。
あなた達、この事は絶対に喋ってはいけませんよ。下手するとこれです」
マサヒデが首に手刀を置く。
別にそんな事はないが、小赤が罰を受ける事になる。
マサヒデが真剣な顔で急かせたので、禿2人も慌てて立ち上がり、
「はい」
「すぐに」
と、小赤と3人で出て行った。
何事かと見ているマツ達の席に行って、
「皆さん、今夜と明日、小赤さんはうちに来ます」
「は?」「え?」
「彼女に命の危険が迫っているので、保護します」
まず平気なのだが、小赤を預かる言い訳だ。
危険と聞いて、マツとクレールの顔がぴりっと締まった。
「この色町に居なければ良いだけですし、その問題も明日には解決します。
今夜は魔術師協会に泊めますけど、構いませんね」
「勿論ですとも」
「マサヒデ様、うちの者は使いますか」
「聞いた話では、カオルさん1人で楽に解決出来ますが・・・
あ、いや。力をお借りしたい」
堂々と出入りするのはまずい。
歓楽街の入口には常設番所があるし、隠密同心も回っているのだ。
絶対に彼らに見られてはいけない。
「小赤さんが私達と一緒に出たらまずいですよね。
本来は、この歓楽街から出てはいけない決まりです。
ですから、彼女がここを抜け出すのに手を貸して下さい。
あと忍の皆さんは分かってると思いますが、ここ、隠密同心も回ってます」
「お任せ下さい!」
ぱん! ぱん!
クレールが手を叩くと、先程の店員が入って来た。
中身は別人、レイシクランの忍。
クレールは小さな声で、
「聞きましたね。小赤様をこの歓楽街から誰にも知られぬように脱出させ、魔術師協会まで連れて来なさい」
「は!」
すすす、と店員が下がって行った。
「よしと。ラディさん」
「は、はい」
「あなたに危害は及ぶことは、万が一にもありません。安心して下さい」
ふう、とラディが息をついた。
「はい」
「でも、小赤さんが今夜ここを出たという話は絶対にしないで下さいね。
太夫さんが歓楽街を出るのは、本来はご法度でなんですから」
「はい」
マサヒデが奥で転がっているシズクの所に行く。
「ほら! シズクさん、もう店じまいですよ!」
「はあーん?」
「閉店時間です! 起きなさい!」
「もお?」
「もうです!」
「しょおがないなあー」
シズクがごろっと転がって起き上がり、酒樽を持って振る。
「空っぽ、空っぽかあー」
のしっ。たぷたぷ。
「おっ! こーれがお土産だあー!」
よいしょ、とシズクが酒樽を持ち上げる。
「さ、外に出て下さい。子の刻を過ぎたら、ここは出入り禁止になります」
「うーい!」
酒樽を抱えて、どっすん、どっすん、とシズクが出て行く。
マサヒデはアルマダとトモヤの所に行き、
「アルマダさん。そろそろ店じまいです」
「そうですか」
アルマダがことりと盃を置いて、小赤が居た席を見て、
「で? やはりトラブルですか」
「ええ。でも、早ければ朝には終わってます。
明日は小赤さんがうちに来てますよ」
「おやおや。身請けですか?」
「いえ。ちょっと小赤さんに身の危険が。
と言っても大した事ない相手なので、カオルさん1人で簡単に終わります。
小赤さんは本来外に出られないので、避難のついでに観光です」
「ははは! 避難ついでの観光ですか!」
「ま、そんな感じですね。その程度の相手ですよ。
ご承知でしょうが、小赤さんが出たことは」
アルマダが口に指を当て、
「これですね。分かってます」
「トモヤ。お前も絶対に口にするなよ。小赤さんが重い罰を受ける事になる」
「分かっておるわ」
ぐ! と盃を飲み干して立ち上がり、
「では先に下りておるぞ。帰ると聞いて少し酔ったかの、風に当たりとうて」
「酔って当たり前だ。お前、シズクさんと呑んでいただろう」
「うむ、良い酒であったの。しかし吐きそうじゃ」
「早く行け! 絶対に店の中で吐くなよ!」
「おうふ・・・」
トモヤとすれ違いに、禿の三芳が駆け入って来た。
「トミヤス様。さっき、知らん人が来やんして」
「あ、すみません、驚かせましたね。それはクレールさんの部下です。
小赤さんが抜けるのを誰かに見られたら、まずいでしょう。
その人について行けば絶対に大丈夫。誰にも見つからずに抜けられます。
安心して付いて行って下さい」
「わかりやんした」
マサヒデが三芳の頭に手を置いて、
「絶対に大丈夫です。小赤さんは私達が守ります。
私達に勝てるのは剣聖のカゲミツ=トミヤス、私の父上と、魔王様だけ。
他の誰が来たって負けませんからね」
「はい!」
「では急いで戻って、小赤さんにその人についていくように伝えて下さい」
三芳が頭を下げて、部屋を駆け出て行った。
アルマダがにやにや笑って、
「ほう。カゲミツ様と魔王様以外なら勝てるとは、大きく出ましたね」
「安心させる為ですよ」
アルマダが立ち上がり、襟を正して、
「では、私達も早く出ましょう。小赤さんが魔術師協会に着いたらまだマサヒデさんが帰ってなかった、なんて事になりますよ」
「そうですね」
マサヒデが立ち上がって、ぱん、ぱん、と手を叩き、
「さ、帰りましょうか!」
と、にっこり笑った。
にこにこしながらマツ達に近付いて行って、
「帰り道、ぴりぴりしながら歩いては絶対にいけませんよ。
酔っ払って気分良く、という感じでお願いします」




