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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十五章 三人の忍

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第861話


 薄暗い部屋で、マサヒデとしだれ屋主人、ジョージが向かい合う。


 ジョージの話とは何だろうか。


「小赤をしばらく預かって頂きたいのです。数日で結構です」


「何故」


「たちの悪い輩が小赤に目をつけておりましてな。

 数日あれば解決出来ますが、その間だけ」


「その輩とは」


「歓楽街常駐隠密同心、チョウベエ=サカムラ」


「同心が何故」


「ゆすりです。金を払わねば小赤を寄越せと」


「ほう。ゆすり」


「正確に言えば、小赤より金に目をつけているのですが」


「払わないのですね」


「はい。ここではゆすりはままあることです。

 時に金で済ます事もありますが、此度は少々額が。

 が、あの男の言行、行動の記録はここに全て」


 ジョージが引き出しを開けて、分厚い紙束を出す。


「奉行所に提出致しますが、吟味してからの逮捕となります。

 何分、物の証はございません。数日かかるかと」


「ふむ」


 マサヒデが腕を組んで考える。

 奉行所にこれが提出されたとなれば、そのサカムラなる隠密同心はどうする。


「それを提出したところで、即逮捕にはならないのですね」


「はい」


「気付かれれば、そのサカムラ、姿をくらましませんか」


「かもしれませぬが、表に出てくることはなくなります。

 この町にはもう来なくなりましょう」


「ううむ。隠密同心ですか」


「何か気になりますか」


「隠密同心って、下っ引きの方のように町人に紛れてたりするんですよね。

 変装とかしてたりして、普通に仕事とかしてたりして」


「はい」


「普通の同心と違うのは、自分の判断での殺しが許されている」


「はい」


 故に小赤を預けたい。

 ジョージも顔を知られていないから安全・・・と考えているのか。


「少し甘いと思います」


「と、おっしゃいますと、手落ちがございますか」


「捕まるまで数日間。気付かれたら危険ではありませんか。

 それだけの証があれば、牢屋行きは確定です。

 やけになって刀を振り回す事はありませんか。

 この店の中でそのような事があったら」


「確かにその通りです。ですが、他に手もありませぬ」


「隠密頭は」


 隠密頭とは、隠密同心の頭である。

 隠密同心がその権力を持って不正を働いたりせぬよう、この隠密頭が見張る。

 が、今回は目が届いていないようだ。


「我らの手を持ってしても分かりません。

 故に、この書類の提出しか手がありませぬ」


「我らの手。そのあなた方の手とは」


「私には非人頭を任せられております」


「なるほど」


 非人頭は、いわゆる平民以下の者の管理を任される役だ。

 この国では、芸人、遊女、行脚僧、修験者などがこれにあたる。

 彼らに宿を用意したり、滞在する土地を貸したりする。

 また、彼らの為に無料の病院などを設置したりもする。

 歓楽街の奥には小見世や切見世の遊女がいるので、それを任されているのだ。


 そのような者達から大量の情報が入ってくるのが、非人頭である。

 その情報網は非常に広く、非常に早い。

 それをもってしても、隠密頭は不明であるという。


「ふうむ・・・」


 マサヒデが腕を組んで、左右に首を傾けて考える。


「その隠密同心は、顔も住処も分かっているわけですね」


「トミヤス様。出来得れば、血は」


「勿論です。乗り込んで斬るなどという事はしませんよ。

 そうですね・・・うん、多分、明日には解決出来ると思います。

 ちょっと確認してきて良いですか」


「明日ですか」


「多分です。すぐに戻りますから、少し待っていてもらえますか。

 こういう事に強い方がいるので、使いを出してきます。

 ちょっと奉行所には伝手もありますし」


「伝手と言いますと、ハチ様ですか? ここの担当ではございませんが」


「さすが、よくご存知ですね。今回はハチさんではありませんが、まあこれは内緒ということで」


 カオルに解決させるつもりだが、それは知られたくないので、何となく奉行所の方だと匂わせておく。


「はい。強いて聞きは致しませぬ」


「では、少しお待ち下さい」


 障子を開けて、マサヒデは外に出て行った。



----------



 マサヒデが外に出て少し歩くと、つん、と袖が引かれた。


「素敵なお兄さん!」


 女がしなだれかかってくる。


「カオルさん。聞いてましたよね」


 女はにこにこしながら、


「お任せ下さい」


「必要な物は」


「男の人相と住処、あの書類」


「分かりました」


 マサヒデが女を軽く振り払うと、


「もう! いけず!」


「すみません。またの機会に」



----------



 しだれ屋に戻り、奥に入って行く。


 ジョージの部屋の前で、


「いやあ、すみません、うっかりしていました」


「どうなさいました」


 静かに障子を開け、ジョージの前に座る。


「その隠密同心の人相と、住んでいる所を教えて下さい。

 でないと、頼むにも頼めないですよね」


「おお、ははは。確かにそうですな」


「あと、出来ればその書類を貸して頂けますか。

 早ければ明日の朝には終わっていると思います」


「朝でございますか?」


「はい。仕事は早い方ですし、正義感もある人です。

 どんなに遅くとも夕方という所でしょうか。

 まあ、念の為に明日1日は警戒しておいて下さい。

 ここって、用心棒さんもいますよね」


「おります」


「では、人相書き、お願いします」


「はい」


 さらさらとジョージが筆を走らせ、顔を書き、下に住所を書く。

 はたはたと紙を揺らし、マサヒデに差し出し、マサヒデが受け取る。

 丸顔の優しそうな人相で、とてもゆすりを働く男には見えない。


「へえ。全然ゆすりなんかしそうな方には見えませんね」


「はい。長屋では人の良い方だと言われておるそうで」


「それはたちの悪い方ですね」


「こちらを」


 紙束を受け取って、懐に入れる。

 人相書きも折り曲げて入れ、


「後は任せて下さい」


「本来であれば、このような事は廓内で全て解決せねばならぬのですが」


「構いませんよ。今夜の奢りの代金分にもなりません。

 それで、小赤さんはどうします?

 ここに居ても平気だと思いますが」


「小赤は・・・」


 ジョージは少し考えて、


「念の為、明日1日、預かって頂けませんでしょうか。

 小赤は当店の宝なのです」


「分かりました。では、帰る時に一緒に連れて行きますが、良いですか」


「結構です。小赤はこの色町しか知りません。

 ご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」


「任せて下さい。ところで、ひとつ聞いても良いですか?」


「はい」


「その男、いくら要求してきたんです」


「金300枚」


「そんなに!? それは凄い額を・・・」


 ジョージは小さく頷いて、


「この歓楽街は、多い時は一晩に金1000枚の売上が出ます」


「ええっ!?」


「ですが、出て行く分もまた多い。

 当店も手元に残るのは金貨数枚です。

 時には金貨1枚に届かぬ日もございます」


「ううむ」


「日に金貨数枚。これも凄い額に聞こえましょう。

 ですが、同心や隠密共の小遣いせびりと多額の税金で、これらも消えます。

 自分で自分の店を言うのも何ですが、禿達の飯など酷いものです。

 商売柄、見栄は張れども、財布はいつも軽いものです。

 身請けがあれば大きく金は入りますが、借金を返していけば1割も」


「そうでしたか」


 マサヒデはこれを聞いて、急に申し訳ない気分になってきた。

 今夜の宴で、一体いくら飛んで行ってしまったのだろう。


「すみません。今日は奢ってくれて、本当にありがとうございます」


「構いませぬ。こうしてトミヤス様とお知り合いになれました。

 こうして顔を合わせて喋る事が出来ました。

 この一時は、1000金以上の価値がございます」


「私にそんな価値がありますかね」


 ジョージが笑って、


「ございますとも。ゆすりの件を快く受けて頂き、小赤を預かって頂き」


「また来ます」


「ありがとうございます」


「次は、弁当をたくさん買ってきます。禿の子達に配って下さい。

 高之さんと三芳さんにしかあげてないですから」


 じわ、とジョージの目に涙が浮かんだ。


「禿というのは、どういう者かご存知で」


「才を認められた子供だと聞きましたが」


「うちでは、飢饉などの食えない村から買ってきます。人買いです。

 認められてはおりますが、嫌なものです」


「・・・」


「酷いとはいえ3食があり、屋根があり、寝床があり、勉強まで出来る。

 そのような村から買われた子供には、天国にも思えるでしょう。

 されどもあの子らは」


 ジョージの目から涙がつっと落ちた。

 マサヒデはいたたまれなくなって、


「分かりました。結構です」


「はい」


「また、弁当を土産に遊びに来ます」


「ありがとうございます」


「それでは」


 ジョージが涙を流しながら頭を下げた。


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