第77話
ものすごい量の金貨を抱えたメイドが、後ろに3人。
とりあえず、向かいのマツの家に置いてもらうことにした。
からからからー・・・
「只今戻りました・・・」
「どちらへお運びしましょう」
「えと、あ、いえ。ここに置いておいてもらえれば」
「はい」
どん、どん、どん、と革袋が置かれる。
「それでは、トミヤス様。わざわざのご足労、ありがとうございました。我々はこれにて」
「あ、重いものを、女性に持たせてしまって、すみませんでした。
こちらこそ、わざわざありがとうございました」
「いえ。お役に立てて、光栄です。では、失礼致します」
メイド達は頭を下げて帰っていった。
「・・・」
この金、どうしたものか・・・
「おかえりなさいませ」
は! と顔を上げると、マツとカオルが頭を下げている。
「あ、只今戻りました」
「マサヒデ様、こちらは?」
「えーと・・・冒険者ギルドからの依頼料と、商人ギルドからのお礼と、町長からのお礼を頂いて・・・」
「あら」
「ど、どうしましょう・・・」
「ここでは邪魔ですし、とりあえず奥に置いておきましょうか」
よっこらしょ、と、マツがひとつ袋を抱える。
カオルも無言で袋を抱え、マツに着いて行く。
ここでは邪魔。とりあえず。
「・・・」
2人とも、金に慣れているのだ。
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訓練場から戻ったが、まだ昼前。
あとは、出かける前にギルドで湯を借りて、着替えて行くだけだ。
そろそろカオルさんと稽古をしようかな。
などと、縁側に座って考えていると、
「マサヒデ様」
「はい、なんでしょう?」
「香水を買いに行きますよ。私達が見立てますので」
「香水?」
「ああいった場には、香水をつけて参るものです。お持ちではないでしょう?」
「持ってませんけど・・・そうだったんですか。知りませんでした」
「では、早速参りましょう。うふふ。お出かけは初めてですね」
マツはうきうきしながら、小さな袋を2つ持ってきた。
「まあ、これだけあれば足りるでしょう。さ、カオルさんも外でお待ちですから」
言われるままに、外に出る。
マツは玄関に『只今外出中』と札を掛け、
「カオルさん、これだけあれば足りますよね?」
「十分でしょう。ですが、念のため、もう少し持って行っても良いかと」
「そうですね。では、少しお待ち下さい」
から、戸を開け、マツはすぐ戻ってきた。
「では参りましょうか」
と言って、マツはにこにこしながら腕を組んだ。
「ええ! マツさん、これで歩くんですか?」
「そうです」
「やめましょうよ、恥ずかしいですよ・・・」
「ダメです」
「人がたくさんいるじゃないですか。やめましょうよ。ほら、あの人、こっち見てるじゃないですか」
マサヒデは笠を下げて、顔を隠す。
マツは頬を膨らませる。
「初のお出かけなのに! マサヒデ様は妻のお願い、聞いてくれないんですか?」
「分かりましたよ・・・店は近いんですか」
「広場をあちらに通り抜け、服屋が並んでいる所です」
「ええ・・・広場を通るんですか・・・」
「うふふ」
カオルは後ろでその姿を見ながら、やれやれ、と軽く息をついた。
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店に着いた。
ここまでずっと、マツと腕を絡ませたまま歩いてきた。
これで助かった、と思ったが・・・
「・・・」
店の大きさ自体は大きなものではないが、鮮やかな塗り、柱には細やかな彫り。看板に『オリネオ香水店』と書いてあるが、その看板の枠には金箔が綺麗に貼られている。ガラスの貼られた向こうに、小さな瓶が間を空けて並び、聞いたことのない名前が書いてある。いかにも『高級です』と言った店構えだ。
ここに入るのか? マサヒデは足を止めてしまった。
「ここですか?」
「はい」
「入るんですか?」
「そうですよ。ここがお店なんですから」
「私、外で待ってても」
「マサヒデ様。こういう店にも慣れませんと」
「ええ・・・慣れなくてもいいですよ」
「いけません。
いいですか。マサヒデ様は先日の試合で、もう国中に知られてるんです。
旅先、いつどこでパーティーに誘いがあるか、分かりません。
断れないこともあるでしょうから、慣れておきませんと。
それにマサヒデ様は、もう国王陛下とも面識があるんですよ。
もし、お呼びが掛かったら、どうするんです」
「・・・」
「さあ、行きますよ」
ドアを開けると、からん、とドアベルの音がして、高級そうなスーツを着た女の店員が迎えに出てきた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「本日は、どういったものをお探しで」
「男性用の、パーティー用の香水をいくつか見繕ってもらえますか。
うん、そうですね、王宮の式典につけて行っても大丈夫くらいなものを」
「王宮の・・・?」
その時、は! と笠に隠れたマサヒデに、店員が気付いた。
「あの、お間違いでしたら、大変失礼ですけど・・・
トミヤス様であらせられますか?」
「はい。マサヒデ=トミヤスです」
「これは、わざわざ当店にお運び頂いて、ありがとうございます」
店員がすっと頭を下げた。
「先日の試合は、私も見させて頂きました。お見事でございました。
あの試合、国王陛下もご覧であったとか。
もしや、今回は陛下の招聘でございますか?」
「いえ、ちょっと大きな貴族の方にお招きを頂きまして。マサヒデ様は初めて香水を買いますけど、折角の機会ですし、良いものを準備したいと思っております」
「かしこまりました。当店で最高のものをお持ちします」
店員は早足で奥に引っ込んで行った。
「さ、マサヒデ様。店員さんが戻るまで、少し見ていきましょう。
私も、良いものがあれば買いたいですし」
「はあ」
マツとカオルは、棚に置いてあるサンプルの匂いを手で顔に運ぶようにして、香りを確認している。2人は次々と棚を回っている。
マサヒデも試しに置いてあるものを嗅いでみたが、良し悪しがさっぱり分からない。
「マツ様。こちらなどいかがでしょう」
「そうですねえ・・・うーん、もう少し柔らかい感じが欲しいですかね」
「では、こちらなどどうでしょうか」
2人は楽しそうだが、マサヒデには分からない世界だ。
見て回っている2人を見ながら、待っていると、店員がいくつかの小さな塗りの箱を持ってきた。
金細工で山水が細工してある箱まである。
箱だけで、ものすごい値段がしそうだ。
「マツ様、来ましたよ!」
「わあ、楽しみ!」
2人がぱたぱた駆け寄ってきて、箱を見ている。
「香りを見てもよろしいですか?」
「はい、お好きなだけお試し下さいませ」
マツはぱかっと遠慮なく箱を開ける。
こんな高そうな箱を普通に・・・マサヒデにはとても出来ない真似だ。
中には、袱紗のような、さらさらした感じの布に包まれた小瓶。
二人は小瓶の蓋を開けては「うーん」と首を捻らせ、次の箱、次の瓶・・・
と何度か繰り返し、顔を合せた。
「今回はこれですね」
「ええ。これです」
と頷き合う。
「さ、マサヒデ様。どうぞお試し下さい」
顔を近付けて匂いを確かめてみるが、さっぱり分からない。
何か、薄い柑橘類のような・・・甘い匂いも少し混ざっているような・・・
何やら爽やかな感じだ、というのは分かるが、全然分からない。
「?」
2人が「どうだ」という顔でマサヒデを見ている。
「うーん・・・すみません、私には、これが良いものなのか、さっぱり・・・」
「これにしましょう! これは良いものです!」
「ご主人様にお似合いの香りでございます!」
「はあ」
「では店員さん。こちらにします。おいくらでしょう」
「金貨で120枚ですが、折角トミヤス様にお運び頂いたのです。110枚でいかがでしょうか」
金貨120枚!?
銘刀を買っても釣りが出る値段ではないか!
「わあ! そんなに安く? ありがとうございます。では、えーと、この袋で100で、あと、1、2・・・」
「ちょ、ちょっと! マツさん!」
「はい?」
慌ててマツを引っ張って、
(マツさん! 金貨120枚って! 香水ってこんなに高いんですか!?)
「うーん、まあ、普通じゃないですか? この町では品揃えもそんなに・・・まあ、仕方ないですね」
普通!?
仕方ない!?
「折角まけてくれたんですから、買いましょうよ。お似合いですよ」
(ええ!?)
「お金なら、さっき依頼料をもらったから良いじゃないですか」
「・・・」
マツはマサヒデの手をすっと袖から離し、店員の所へ歩いて行った。
「大変失礼しました。マサヒデ様が初めての香水で、興奮してしまって」
「それはそれは。喜んでもらえて、私も嬉しゅうございます」
「こっちの袋が100と、これで10枚、と。袋の方、確認願います。
間違いがありましたら、魔術師協会の方へご連絡下さい」
「では、お包み致しますね。少々お待ち下さいませ」
「はい」
マツもカオルも、全く普段通りだ。
これが貴族の世界、というものなのか。
しかし、これはまだ準備段階。まだ、ほんのつま先くらいなのだ。
本番は一体、どんな世界になるのか・・・




