第756話
ホルニ工房、ラディの部屋。
イザベルがばっさりと言った。
女っ気が一切ない。
「・・・」
「もう少し、何かないのか。我も女っ気がないとか、男と間違って生まれたとか陰口を叩かれていたが、鏡台くらいはあったぞ。お前も鏡くらいは置いたらどうだ」
「鏡は洗面所にあります」
「せめてこう、花でも」
「鉄砲の手入れをするのに花は少し気になります」
「この本棚はなんだ。刀剣の本しかないではないか」
「鉄砲の本もあります」
「それが女っ気か?」
「い、いえ・・・ですけど、あります! 私にだって!」
「ほう?」
にやりとイザベルが笑う。
く! とラディが歯を鳴らし、手を綺麗に拭いて小さな引き出しを開けた。
中から小さな箱を取り出し、イザベルの前に置く。
「これです」
「何だこれは」
「開けて下さい」
「ふうん」
イザベルが手に取って開けると、赤青2連宝石のイヤリング。
その意匠は一見地味に見えて、手が掛かっているのが分かる。
間違いなく、これは職人の逸品だ!
ぬ! とイザベルの目が見開かれる。
「む! ・・・ラディ! 貴様、これをどこで・・・」
「マツ様とクレール様にデザインして頂きました」
「ぬう・・・一点物か!」
「こんな物も」
ことりと置かれた小箱から香水の瓶。
「ふっ。派手に飾り付けずとも、実は隠された美しさがある。
これぞ女らしさの妙とは思えませんか?」
「ええい、返す言葉もない、とは言いたいがな」
ぱかっと蓋を閉じて、すっとラディにイヤリングの箱を返す。
「な、ラディ。よく聞け。隠しすぎは良くないぞ」
「・・・」
「化粧台を置けとは言わんし、花が駄目ならハーバリウムでも良いし」
「あれは病院に置く物です」
「普通に置いておいても良いわ」
「すみません。病院務めでしたし、どうもそういうイメージが」
「少しだけ、せめて一品で良い。見える所に何か置いたらどうだ。
飾りで良いから、化粧品でも置いておけ」
ラディが首を傾げ、
「ううん・・・使わない物を置くのは無駄では」
「では、せめてその行灯でも変えたらどうだ。花の紙にするとか」
「模様がある物は、光がちょっと」
はあ、とイザベルが溜め息をついて、
「よし。お前は髪が長い。我が化粧品をひとつ奢ろう」
「はあ・・・ありがとうございます」
む、とイザベルが眉を寄せる。
全く興味がなさそうだ。
結んでいた髪を解き、さらりとした髪を掴んで肩から前に回し、
「触れ」
「は?」
「我の髪を触ってみよ。森の中でテント暮らしをしておる女の髪だ」
「はあ・・・」
さらり。
「う」
するするー・・・全く引っ掛かりがない!
「どうだ? ところでお前の髪はどうかな?」
イザベルが手を伸ばし、ぽん、とラディの頭に手を置く。
指を髪に入れ、すすす・・・
「おやおや。引っ掛かるのお。つなぎで歩き回り、森の中で寝起きしておる女に負けておるなあ?」
「く・・・」
ラディが唇を噛んで、手を引っ込める。
「野で寝起きしておる女の髪をも、これ程にさらさらにしてくれる椿油。
どうだ。奢ってやろう」
「・・・ありがとうございます」
「高い物ではないから、気にするな。貴族様ご用達のような物ではない。
ただし、奢りとは言ったが、軽い代価は頂くぞ」
「その代価とは」
「別に店の物を寄越せとかではない。お前には安い物だと思う」
「何でしょう」
「マサヒデ様のお話が聞きたい。我がこの町に来る前の話だ」
「マサヒデさんの? ううん、色々とありますが」
「幽霊屋敷の話が聞きたい。が、ご本人は人を斬り殺したという事で、お話ししたがらぬ。されば我も強いては尋ねられぬ。先日、屋台で話を聞いたが、聞き始めた所で用を思い出して、聞けなんだ。で、その場にお前もおったのか?」
「はい」
ぱん! とイザベルが手を叩き、
「よし決まった! 噂ではなくその場にいた者から聞きたかったのだ!」
「店は遠いのですか?」
「少しあるな。歓楽街だ」
「え」
「なんだ。同じ町に居て、行った事はないのか?」
「ありません。あんな物騒な」
「どんな風に思っているかは想像はつくが、昼間のうちは普通の商店街だ」
「・・・」
ラディは黙って引き出しを開け、拳銃を出してごとりと机に置き、
「しばしお待ち下さい」
「おいおい」
シリンダーをスイングアウトして、一度弾を抜く。
膝の上に落ちた弾を拾って、かち、かち、と入れていき、
「よし」
頷いて、かしゃん、とシリンダーを入れる。
ごそごそと懐に拳銃を入れるのを見て、
「お前な、そこまで警戒する場所ではないぞ」
ラディはきりりと顔を引き締め、
「私も勇者祭の参加者。あのような場所ではいつ狙われるか」
「いつ狙われるかというのは間違いではない。
だが、その点は、この職人街だろうが、歓楽街だろうが同じだ。
それと、あのような場所とか言うな」
「違います」
「違わんと思うがな。どうせ不逞の輩がたむろして、人さらいや盗賊の類がおるとか思うているのであろう。まあ、行けば拍子抜けすると思うぞ」
「・・・」
「お前、我を信用出来んのか? あそこには何度も依頼で行っておるから、よく知っておる。化粧品は値段以上の物が買える」
「やっぱり! そうして女を誘って!」
「違うわ! あそこには美しさを売り物にする女が商売をする店が並ぶ。
であるから、良い品が安くあるのよ」
「・・・」
筋は通っているが納得いかない、という顔でラディが黙り込む。
ふう、とイザベルが肩を竦めて、
「偏見が過ぎるな。その為にも一度見に行くのも良いと思うぞ。
万が一にも何かあったら、我が守ってやる」
「はい」
ぱちん! とラディが両手で顔を叩いて、
「行きましょう」
「やれやれ」
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カウンターに出て来て、イザベルがラディの母に軽く頭を下げ、
「ちとラディ殿をお借り致します」
「はーい。お出掛けですか?」
「はい。お母上に言うのも失礼ですが、ちとラディ殿の部屋は女っ気が」
「あははは!」
「ラディに椿油を買って来ます。良い店を知っておりますゆえ」
「気に掛けてくれて、ありがとうございます」
すたすたとラディが出て来て、つっかけで出てくる。
「お母様。色町に行ってきます」
「あら。色町?」
イザベルが頷いて、
「あそこには良い化粧品が揃っておりますゆえ」
「うふふ。ラディ、楽しんでらっしゃいな」
「気を付けて行ってきます」
ぽん、とラディが懐を叩く。
そこには拳銃が入っている。
やれやれ、とイザベルが首を振って、店を出て行った。