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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十三章 イザベルの父
756/756

第756話


 ホルニ工房、ラディの部屋。


 イザベルがばっさりと言った。

 女っ気が一切ない。


「・・・」


「もう少し、何かないのか。我も女っ気がないとか、男と間違って生まれたとか陰口を叩かれていたが、鏡台くらいはあったぞ。お前も鏡くらいは置いたらどうだ」


「鏡は洗面所にあります」


「せめてこう、花でも」


「鉄砲の手入れをするのに花は少し気になります」


「この本棚はなんだ。刀剣の本しかないではないか」


「鉄砲の本もあります」


「それが女っ気か?」


「い、いえ・・・ですけど、あります! 私にだって!」


「ほう?」


 にやりとイザベルが笑う。

 く! とラディが歯を鳴らし、手を綺麗に拭いて小さな引き出しを開けた。

 中から小さな箱を取り出し、イザベルの前に置く。


「これです」


「何だこれは」


「開けて下さい」


「ふうん」


 イザベルが手に取って開けると、赤青2連宝石のイヤリング。

 その意匠は一見地味に見えて、手が掛かっているのが分かる。

 間違いなく、これは職人の逸品だ!

 ぬ! とイザベルの目が見開かれる。


「む! ・・・ラディ! 貴様、これをどこで・・・」


「マツ様とクレール様にデザインして頂きました」


「ぬう・・・一点物か!」


「こんな物も」


 ことりと置かれた小箱から香水の瓶。


「ふっ。派手に飾り付けずとも、実は隠された美しさがある。

 これぞ女らしさの妙とは思えませんか?」


「ええい、返す言葉もない、とは言いたいがな」


 ぱかっと蓋を閉じて、すっとラディにイヤリングの箱を返す。


「な、ラディ。よく聞け。隠しすぎは良くないぞ」


「・・・」


「化粧台を置けとは言わんし、花が駄目ならハーバリウムでも良いし」


「あれは病院に置く物です」


「普通に置いておいても良いわ」


「すみません。病院務めでしたし、どうもそういうイメージが」


「少しだけ、せめて一品で良い。見える所に何か置いたらどうだ。

 飾りで良いから、化粧品でも置いておけ」


 ラディが首を傾げ、


「ううん・・・使わない物を置くのは無駄では」


「では、せめてその行灯でも変えたらどうだ。花の紙にするとか」


「模様がある物は、光がちょっと」


 はあ、とイザベルが溜め息をついて、


「よし。お前は髪が長い。我が化粧品をひとつ奢ろう」


「はあ・・・ありがとうございます」


 む、とイザベルが眉を寄せる。

 全く興味がなさそうだ。

 結んでいた髪を解き、さらりとした髪を掴んで肩から前に回し、


「触れ」


「は?」


「我の髪を触ってみよ。森の中でテント暮らしをしておる女の髪だ」


「はあ・・・」


 さらり。


「う」


 するするー・・・全く引っ掛かりがない!


「どうだ? ところでお前の髪はどうかな?」


 イザベルが手を伸ばし、ぽん、とラディの頭に手を置く。

 指を髪に入れ、すすす・・・


「おやおや。引っ掛かるのお。つなぎで歩き回り、森の中で寝起きしておる女に負けておるなあ?」


「く・・・」


 ラディが唇を噛んで、手を引っ込める。


「野で寝起きしておる女の髪をも、これ程にさらさらにしてくれる椿油。

 どうだ。奢ってやろう」


「・・・ありがとうございます」


「高い物ではないから、気にするな。貴族様ご用達のような物ではない。

 ただし、奢りとは言ったが、軽い代価は頂くぞ」


「その代価とは」


「別に店の物を寄越せとかではない。お前には安い物だと思う」


「何でしょう」


「マサヒデ様のお話が聞きたい。我がこの町に来る前の話だ」


「マサヒデさんの? ううん、色々とありますが」


「幽霊屋敷の話が聞きたい。が、ご本人は人を斬り殺したという事で、お話ししたがらぬ。されば我も強いては尋ねられぬ。先日、屋台で話を聞いたが、聞き始めた所で用を思い出して、聞けなんだ。で、その場にお前もおったのか?」


「はい」


 ぱん! とイザベルが手を叩き、


「よし決まった! 噂ではなくその場にいた者から聞きたかったのだ!」


「店は遠いのですか?」


「少しあるな。歓楽街だ」


「え」


「なんだ。同じ町に居て、行った事はないのか?」


「ありません。あんな物騒な」


「どんな風に思っているかは想像はつくが、昼間のうちは普通の商店街だ」


「・・・」


 ラディは黙って引き出しを開け、拳銃を出してごとりと机に置き、


「しばしお待ち下さい」


「おいおい」


 シリンダーをスイングアウトして、一度弾を抜く。

 膝の上に落ちた弾を拾って、かち、かち、と入れていき、


「よし」


 頷いて、かしゃん、とシリンダーを入れる。

 ごそごそと懐に拳銃を入れるのを見て、


「お前な、そこまで警戒する場所ではないぞ」


 ラディはきりりと顔を引き締め、


「私も勇者祭の参加者。あのような場所ではいつ狙われるか」


「いつ狙われるかというのは間違いではない。

 だが、その点は、この職人街だろうが、歓楽街だろうが同じだ。

 それと、あのような場所とか言うな」


「違います」


「違わんと思うがな。どうせ不逞の輩がたむろして、人さらいや盗賊の類がおるとか思うているのであろう。まあ、行けば拍子抜けすると思うぞ」


「・・・」


「お前、我を信用出来んのか? あそこには何度も依頼で行っておるから、よく知っておる。化粧品は値段以上の物が買える」


「やっぱり! そうして女を誘って!」


「違うわ! あそこには美しさを売り物にする女が商売をする店が並ぶ。

 であるから、良い品が安くあるのよ」


「・・・」


 筋は通っているが納得いかない、という顔でラディが黙り込む。

 ふう、とイザベルが肩を竦めて、


「偏見が過ぎるな。その為にも一度見に行くのも良いと思うぞ。

 万が一にも何かあったら、我が守ってやる」


「はい」


 ぱちん! とラディが両手で顔を叩いて、


「行きましょう」


「やれやれ」



----------



 カウンターに出て来て、イザベルがラディの母に軽く頭を下げ、


「ちとラディ殿をお借り致します」


「はーい。お出掛けですか?」


「はい。お母上に言うのも失礼ですが、ちとラディ殿の部屋は女っ気が」


「あははは!」


「ラディに椿油を買って来ます。良い店を知っておりますゆえ」


「気に掛けてくれて、ありがとうございます」


 すたすたとラディが出て来て、つっかけで出てくる。


「お母様。色町に行ってきます」


「あら。色町?」


 イザベルが頷いて、


「あそこには良い化粧品が揃っておりますゆえ」


「うふふ。ラディ、楽しんでらっしゃいな」


「気を付けて行ってきます」


 ぽん、とラディが懐を叩く。

 そこには拳銃が入っている。

 やれやれ、とイザベルが首を振って、店を出て行った。


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