第753話
冒険者ギルド、通信室前。
イザベルの父との会見は息が詰まりそうだったが、何とか終わった。
クレールが駆け込んで行き、マツも後ろに付いて入って行く。
ドアが閉まると、
「ちょっと、イザベルさん」
「父が何か失礼を」
「違いますよ。聞いていた話と全然違うじゃないですか。
抜け毛で顔を青くしてるとか、同僚にぶつくさ文句を言ってとか・・・
全然そんな方には見えませんでしたよ」
イザベルが少しむっとして、
「マサヒデ様。私、誓って嘘は言っておりません」
「それは分かってますよ。
まあ、言葉は悪いですけど、外向きの顔というやつでしょうが」
「であろうと存じます」
「それでも、すごい威圧感しか感じませんでしたよ。
やはり、軍の大将を務めるだけはありますね」
ふ、とイザベルが鼻で笑って、
「そのような外面を作っておりますから、抜け毛を心配するような心労を自ら作ってしまうのです。軍人としての体面とか何とか」
「ああ。大変ですね・・・」
イザベルが肩をすくめ、
「でありますゆえ、私は軍など真っ平で」
くす、とイザベルが笑って、
「兄も軍に入っておりますから、先が心配です。特に毛が」
「ははは!」
「父上は、マサヒデ様に何か失礼な事を言いませんでしたか?
勝手に商売の話を進めるな、とか言われたでしょうか」
「いえ。その事に関しては、深く感謝されました」
「良かった。これで我が家も少しは助かります」
「助けになれて良かったですよ。ああ、全く、緊張しましたよ!」
ぐ! とマサヒデが伸びをして、
「では、私は訓練場に行きます。またお呼びがあれば、呼んで下さい」
「は!」
「それと、お話が終わったら、イザベルさんは今日は休みなさい。
ラディさんの所にでも遊びに行って来てはどうです。
しばらく顔を見せていないでしょう」
「は!」
「では」
マサヒデは肩に手を置いて、ぐるぐる回しながら廊下を歩いて行った。
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皆への礼が終わり、イザベルは父とやっと話が出来た。
「よく黄金馬を見つけられたな。オリネオなどによく居たものだ」
「父上、ただの運でございます」
「だろうな。生活はどうかな」
「マサヒデ様のお陰で、順調に過ごしております」
「剣の筋が良くなっていると聞いたが、どのような稽古をしておるのだ」
「正しい素振りの仕方を教わり、毎朝振っております。
正しく振りますと、ただの一振りでも非常に難しく・・・
今まで、私の稽古は間違っておりました」
「そうか。で、トミヤス道場はどんな所だ」
「今は門弟の多くが勇者祭に出ておりまして、それほどの者はおりません。
ですが、カゲミツ様には驚かされました。
達人とは、もはや人ではございません」
「ほう」
「動きは見えず、剣を止められれば押しても引いても動かず。
こう、私が斬り上げましたら、空振りしたのですが・・・
何故か、振り上げた剣の下に居るのです。
避けて戻った、はずなのです。それも全く見えませんでした」
「ふむ」
「ただ強いだけでなく、教えも深く、分かりやすく。
人も出来ておりまして、あれこそが剣聖と感銘致しました」
「なるほどな。剣聖カゲミツ=トミヤス・・・剣の腕だけではない、か」
「マサヒデ様が言うには、マサヒデ様が10人居てもかすりもせぬとの事でしたが、全くその通りでした。されど、道場を1歩出れば懐広く、ただ居るだけでとても気持ちの良いお方なのです」
「ふむ。では、マサヒデ殿との立ち会いを聞かせてくれ」
「これも不思議なのですが、私が真っ直ぐマサヒデ様の腹へ突きを出し、マサヒデ様も重ねて突きを出してきました。何故か私の剣はマサヒデ様の腹を避けて、横腹を掠め、マサヒデ様の剣は私の水月に」
「ほう」
「マサヒデ様の立ち位置は、そのまま動いておりませんでした。
そして、これが刀の利であると」
「刀の利か。ふうむ」
「おお、そうでした! 刀と言えば、マサヒデ様は凄い刀をお持ちで。
見せて頂きましたが、あれは間違いなく名刀です」
「ほう! マサヒデ殿は名刀をお持ちか!」
「私、握った時に震えました」
「誰の作か分かるか」
「この町におります、ホルニという鍛冶屋です」
「何? 存命なのか? しかし、オリネオといえば、田舎町であろうが」
「はい。埋もれて名は知れておりませんが、その腕は本物です。
カゲミツ様も、そのホルニ殿の作をお持ちで」
「ううむ・・・ホルニか。覚えておこう。店の名は?」
「ホルニ工房です」
「そのままだな。1本、打ってもらえるであろうか」
「ふふふ。いくらかかりますことやら」
「では、此度の商売でありがたく金を貯めるとするか」
「で、マサヒデ様がお持ちでおりますのは、ホルニ殿の作の脇差。
お刀は違う者の作ですが、これもまた素晴らしいのです。
なんと、虎を頭から尻まで縦に両断して、瑕ひとつもつかぬと」
「何? そんな刀があるのか? 魔術の品か、もしや魔剣か?」
「いえ。ただの良く出来た刀です。あ、ただのと言うのもおかしいですが。先日、パーティーで衆人環視の場で虎を両断したそうで、この町では知らぬ者はおりません」
「ううむ・・・それほどの。マサヒデ殿の腕もあろうが」
「おお! そうでした、マサヒデ様の腕と言えば!」
「何か見せて頂けたのか」
「立ち会いの際の話に戻りますが、その鎧は私には不利だが良いか、と言われたのです。何故かと聞きましたら、刀で鎧を軽く両断したのです。その名刀でなく、普通の刀でです。全く曲がりもせずに・・・父上、信じられますか?」
「刀でか?」
「はい。あれもトミヤス流の技術のひとつだそうです。
刀で金属鎧を斬るなど、私、驚いてしまいまして」
「いや、驚いた・・・そんな技術があるのか。物理的に出来るものか?
しかし、ううむ・・・武術には単純に物理で分からぬ所もあるしな」
「鎧など動きを妨げるだけで、マサヒデ様の前ではただの重り。
時間を頂き、鎧は脱いで立ち会いましたが、結果は先の通りです」
「怖ろしいな。トミヤス流とはそれほどか」
「はい。学べます事を誇りに思います」
「うむ。よく学べよ。先程お話ししたが、マサヒデ殿はお前をよく見て、教えを授けておる。全く、あれ程の師が、我が家におったならば、お前もこんなにひねくれた娘にならなかったであろうに」
「ひねくれたなどと・・・時に父上」
「何だ」
「抜け毛は大丈夫ですか? 尻尾はまだ大丈夫ですか?」
「言うな。頭も大丈夫であろうが。尻尾もまだふさふさだぞ」
「此度の商売のお話で、楽になりましょう」
「まあ、な・・・まさかマサヒデ殿の前で話してはおらぬだろうな」
「ふふふ」
「イザベル! まさか、お前、話したのか!?」
「さあて、覚えておりません。ひねくれてしまいまして、過去の事など」
「まさか、抜け毛の話を聞いて、商売を持ち掛けてくれたなどあるまいな!
そのような事、私の一生の恥だぞ! 笑い者になるではないか!」
「分かっております。そのようなお話は致しません」
イザベルは真面目な顔で、心の中で笑い転げている。
本当はそこら中で話してしまっているのだ。
魔の国には、父が抜け毛の心配で顔を青くしている噂はいつ届くであろう。
「全く・・・ならば良い」
「父上、馬の話、旅の話、冒険者の話、話す事はいくらでもありますが、私、そろそろ参ります。ハワード様も、もう外でお待ちのようですし」
「む、そうか。ハワード様を待たせてはならぬな」
「父上。マサヒデ様の下での暮らしは、充実しております。
あれ程のお方の家臣になれたこと、私、今生の幸せと感じております」
リチャードが笑って頷く。
「先程話したが、マサヒデ殿は良い主と見た。しかと仕えるのだぞ」
「当然です。それでは」
イザベルが頭を下げて出て行く。
部屋の外では、緊張した顔のアルマダが立っていた。
「ハワード様、お待たせ致しました」
「親子の時間を邪魔するような事はしませんよ」
さらりとアルマダが笑ったが、緊張しているのが見える。
朝は稽古をしているであろうに、わざわざスーツに着替えて来ている。
小さく頭を下げ、イザベルは出て行き、アルマダが通信室に入って行った。