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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十三章 イザベルの父
754/756

第753話


 冒険者ギルド、通信室前。


 イザベルの父との会見は息が詰まりそうだったが、何とか終わった。

 クレールが駆け込んで行き、マツも後ろに付いて入って行く。

 ドアが閉まると、


「ちょっと、イザベルさん」


「父が何か失礼を」


「違いますよ。聞いていた話と全然違うじゃないですか。

 抜け毛で顔を青くしてるとか、同僚にぶつくさ文句を言ってとか・・・

 全然そんな方には見えませんでしたよ」


 イザベルが少しむっとして、


「マサヒデ様。私、誓って嘘は言っておりません」


「それは分かってますよ。

 まあ、言葉は悪いですけど、外向きの顔というやつでしょうが」


「であろうと存じます」


「それでも、すごい威圧感しか感じませんでしたよ。

 やはり、軍の大将を務めるだけはありますね」


 ふ、とイザベルが鼻で笑って、


「そのような外面を作っておりますから、抜け毛を心配するような心労を自ら作ってしまうのです。軍人としての体面とか何とか」


「ああ。大変ですね・・・」


 イザベルが肩をすくめ、


「でありますゆえ、私は軍など真っ平で」


 くす、とイザベルが笑って、


「兄も軍に入っておりますから、先が心配です。特に毛が」


「ははは!」


「父上は、マサヒデ様に何か失礼な事を言いませんでしたか?

 勝手に商売の話を進めるな、とか言われたでしょうか」


「いえ。その事に関しては、深く感謝されました」


「良かった。これで我が家も少しは助かります」


「助けになれて良かったですよ。ああ、全く、緊張しましたよ!」


 ぐ! とマサヒデが伸びをして、


「では、私は訓練場に行きます。またお呼びがあれば、呼んで下さい」


「は!」


「それと、お話が終わったら、イザベルさんは今日は休みなさい。

 ラディさんの所にでも遊びに行って来てはどうです。

 しばらく顔を見せていないでしょう」


「は!」


「では」


 マサヒデは肩に手を置いて、ぐるぐる回しながら廊下を歩いて行った。



----------



 皆への礼が終わり、イザベルは父とやっと話が出来た。


「よく黄金馬を見つけられたな。オリネオなどによく居たものだ」


「父上、ただの運でございます」


「だろうな。生活はどうかな」


「マサヒデ様のお陰で、順調に過ごしております」


「剣の筋が良くなっていると聞いたが、どのような稽古をしておるのだ」


「正しい素振りの仕方を教わり、毎朝振っております。

 正しく振りますと、ただの一振りでも非常に難しく・・・

 今まで、私の稽古は間違っておりました」


「そうか。で、トミヤス道場はどんな所だ」


「今は門弟の多くが勇者祭に出ておりまして、それほどの者はおりません。

 ですが、カゲミツ様には驚かされました。

 達人とは、もはや人ではございません」


「ほう」


「動きは見えず、剣を止められれば押しても引いても動かず。

 こう、私が斬り上げましたら、空振りしたのですが・・・

 何故か、振り上げた剣の下に居るのです。

 避けて戻った、はずなのです。それも全く見えませんでした」


「ふむ」


「ただ強いだけでなく、教えも深く、分かりやすく。

 人も出来ておりまして、あれこそが剣聖と感銘致しました」


「なるほどな。剣聖カゲミツ=トミヤス・・・剣の腕だけではない、か」


「マサヒデ様が言うには、マサヒデ様が10人居てもかすりもせぬとの事でしたが、全くその通りでした。されど、道場を1歩出れば懐広く、ただ居るだけでとても気持ちの良いお方なのです」


「ふむ。では、マサヒデ殿との立ち会いを聞かせてくれ」


「これも不思議なのですが、私が真っ直ぐマサヒデ様の腹へ突きを出し、マサヒデ様も重ねて突きを出してきました。何故か私の剣はマサヒデ様の腹を避けて、横腹を掠め、マサヒデ様の剣は私の水月に」


「ほう」


「マサヒデ様の立ち位置は、そのまま動いておりませんでした。

 そして、これが刀の利であると」


「刀の利か。ふうむ」


「おお、そうでした! 刀と言えば、マサヒデ様は凄い刀をお持ちで。

 見せて頂きましたが、あれは間違いなく名刀です」


「ほう! マサヒデ殿は名刀をお持ちか!」


「私、握った時に震えました」


「誰の作か分かるか」


「この町におります、ホルニという鍛冶屋です」


「何? 存命なのか? しかし、オリネオといえば、田舎町であろうが」


「はい。埋もれて名は知れておりませんが、その腕は本物です。

 カゲミツ様も、そのホルニ殿の作をお持ちで」


「ううむ・・・ホルニか。覚えておこう。店の名は?」


「ホルニ工房です」


「そのままだな。1本、打ってもらえるであろうか」


「ふふふ。いくらかかりますことやら」


「では、此度の商売でありがたく金を貯めるとするか」


「で、マサヒデ様がお持ちでおりますのは、ホルニ殿の作の脇差。

 お刀は違う者の作ですが、これもまた素晴らしいのです。

 なんと、虎を頭から尻まで縦に両断して、瑕ひとつもつかぬと」


「何? そんな刀があるのか? 魔術の品か、もしや魔剣か?」


「いえ。ただの良く出来た刀です。あ、ただのと言うのもおかしいですが。先日、パーティーで衆人環視の場で虎を両断したそうで、この町では知らぬ者はおりません」


「ううむ・・・それほどの。マサヒデ殿の腕もあろうが」


「おお! そうでした、マサヒデ様の腕と言えば!」


「何か見せて頂けたのか」


「立ち会いの際の話に戻りますが、その鎧は私には不利だが良いか、と言われたのです。何故かと聞きましたら、刀で鎧を軽く両断したのです。その名刀でなく、普通の刀でです。全く曲がりもせずに・・・父上、信じられますか?」


「刀でか?」


「はい。あれもトミヤス流の技術のひとつだそうです。

 刀で金属鎧を斬るなど、私、驚いてしまいまして」


「いや、驚いた・・・そんな技術があるのか。物理的に出来るものか?

 しかし、ううむ・・・武術には単純に物理で分からぬ所もあるしな」


「鎧など動きを妨げるだけで、マサヒデ様の前ではただの重り。

 時間を頂き、鎧は脱いで立ち会いましたが、結果は先の通りです」


「怖ろしいな。トミヤス流とはそれほどか」


「はい。学べます事を誇りに思います」


「うむ。よく学べよ。先程お話ししたが、マサヒデ殿はお前をよく見て、教えを授けておる。全く、あれ程の師が、我が家におったならば、お前もこんなにひねくれた娘にならなかったであろうに」


「ひねくれたなどと・・・時に父上」


「何だ」


「抜け毛は大丈夫ですか? 尻尾はまだ大丈夫ですか?」


「言うな。頭も大丈夫であろうが。尻尾もまだふさふさだぞ」


「此度の商売のお話で、楽になりましょう」


「まあ、な・・・まさかマサヒデ殿の前で話してはおらぬだろうな」


「ふふふ」


「イザベル! まさか、お前、話したのか!?」


「さあて、覚えておりません。ひねくれてしまいまして、過去の事など」


「まさか、抜け毛の話を聞いて、商売を持ち掛けてくれたなどあるまいな!

 そのような事、私の一生の恥だぞ! 笑い者になるではないか!」


「分かっております。そのようなお話は致しません」


 イザベルは真面目な顔で、心の中で笑い転げている。

 本当はそこら中で話してしまっているのだ。

 魔の国には、父が抜け毛の心配で顔を青くしている噂はいつ届くであろう。


「全く・・・ならば良い」


「父上、馬の話、旅の話、冒険者の話、話す事はいくらでもありますが、私、そろそろ参ります。ハワード様も、もう外でお待ちのようですし」


「む、そうか。ハワード様を待たせてはならぬな」


「父上。マサヒデ様の下での暮らしは、充実しております。

 あれ程のお方の家臣になれたこと、私、今生の幸せと感じております」


 リチャードが笑って頷く。


「先程話したが、マサヒデ殿は良い主と見た。しかと仕えるのだぞ」


「当然です。それでは」


 イザベルが頭を下げて出て行く。

 部屋の外では、緊張した顔のアルマダが立っていた。


「ハワード様、お待たせ致しました」


「親子の時間を邪魔するような事はしませんよ」


 さらりとアルマダが笑ったが、緊張しているのが見える。

 朝は稽古をしているであろうに、わざわざスーツに着替えて来ている。

 小さく頭を下げ、イザベルは出て行き、アルマダが通信室に入って行った。


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