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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十三章 イザベルの父
753/766

第754話


 冒険者ギルド、通信室。


 イザベルの父、リチャードとアルマダが画面越しに向き合う。


「お目にかかれて光栄です。私、アルマダ=ハワードと申します」


「イザベルの父、リチャード=エッセン=ファッテンベルクです。

 こちらこそ、高名なハワード家の方にお目にかかれて光栄です」


 言葉は丁寧だが、アルマダの肩にぐぐっと重しがのしかかる。

 これがイザベルの父。

 軍の大将を任される程の者、伊達ではない。


「緊張なさらず。そちらにもメイドがおりましょう。

 お話したい事が多々あります。紅茶でも飲みながら」


「ありがとうございます。では、遠慮なく」


 通信室のドアを開け、立っているメイドに、


「すみません。茶の用意を頼みます。

 リチャード様とお話を楽しみたいのです」


「はい」


 メイドが頭を下げて廊下を歩いて行く。

 通信装置の前の椅子に戻ると、画面の向こうでリチャードが鋭い目のままカップを持っている。


「ま・・・我らはゆるりと参りましょう」


「はい」


 リチャードが微笑んで、心持ち目が柔らかくなった。


「ハワード家のお方とこうして話せるのも、トミヤス様のお陰ですが」


「はい」


「ハワード様。イザベルはトミヤス様の下で上手くやっておりましょうか。

 マツ様も、クレール様も、いわば内輪のお方。

 貴方から見て、如何でしょう」


「イザベル様は上手くやっておられます。

 そう・・・マサヒデさんの家臣となってから、柔らかくなりましたか。

 最初は固く、町の者も少し怯えたと聞きましたが」


「ほう。柔らかく」


「ご存知でしょうが、冒険者は、下のランクでは町で下働き同然の仕事です」


「ですな」


「それが、今ではここの冒険者ギルドの中では引っ張りだこです。

 町の皆が、イザベル様を求めているのです。

 と言っても、狎れているのではありません」


「なるほど」


「尊敬はされつつ、それでいて」


「失礼致します」


 そこでドアが開いて、メイドがワゴンを押して入って来た。

 アルマダの横に立ち、静かに茶を注ぐ。


「ありがとうございます」


 アルマダが茶を受け取って、軽く口に入れる。


「私は外に出ておりましょうか」


 ちら、とリチャードがメイドを見て、


「構わん。ただの世間話だ。ハワード様の横に」


「はい」


 メイドが頭を下げる。

 アルマダはカップを傾けながら、にこやかな顔をメイドに向け、


「貴方は、イザベル様をどう思います?」


「は? 私ですか?」


 話し掛けられたメイドが少し驚いた顔をして、


「そうですね・・・私は、このギルドに留まって頂けると嬉しく思います」


「何故」


「間違いなく上級冒険者となりましょうし・・・

 そうなれば、ギルドも稼げます。そして、私の給料も上がります」


 アルマダが微笑んで、


「ふふ。貴重なご意見、ありがとうございます。

 リチャード様。イザベル様はこのような感じで冒険者をしております」


 リチャードも苦笑して、


「ふふ。よく分かりました。君。正直なのは良いが、少し言葉を選べ」


「大変失礼を致しました」


 メイドが深く頭を下げる。


「まあ、世間話の席であるし、構わん」


「お許し、ありがとうございます」


 リチャードがアルマダに目を戻し、


「それで、ハワード様。牧場では、5年間そちらで負担を持って頂けるとか」


「はい。既にマツ様、クレール様、イザベル様で話が決まった所に、無理にねじ込ませて頂きましたので、その条件で」


「なるほど」


「こうして家の繋がりが出来ました。

 武門のファッテンベルク。魔の国で随一のファッテンベルク。

 いち武術家として、この繋がりほど嬉しい事はございません」


「ふふ。ハワード様もお上手でいらっしゃる」


「本音です。私は、家から箔付けのような感じで、剣聖がおられるからと、トミヤス道場に出されたのですが」


「ああ」


「今は、武術の道を選んでもらえて、本当に良かったと思っております。

 トミヤス道場に来て分かりました。私は武術が好きなのです。

 つまり、家というよりも、ただ個人的な繋がりが出来たのが嬉しいのです」


「それが我が家のような、貧乏貴族であっても」


「はい。リチャード様は、コヒョウエ=シュウサンという剣客をご存知で」


「知っております。人の国では指折りの剣客ですな。

 今はもう亡くなったとか」


「隠棲しているだけで、まだご存命です」


「ほう。して、そのシュウサン殿が何か」


「武芸者は武の芸者。武は商売である。

 道場の大小は、腕が立つ、立たないは関係ない。

 商売が上手いか否かで決まる、と」


「それは貴族も同じと」


「はい。ファッテンベルクもそこは同じでは。いわば、達人が道場主がおられるのに、門人が少ない小さな道場であると、私は思っております」


 リチャードが苦笑して、


「ふふふ。ご忠告なのか、お褒めなのか、良く分かりませんな。

 どちらにせよ、感謝致します」


「私こそ、達人とこうしてお話が出来た事を、感謝申し上げます」


「話は変わりますが、イザベルが馬術の試験を受けたとか。

 ハワード様のご家臣に見て頂いたとの事ですが」


「ああ。私もその場で見ておりました。

 あの立ち会いは、見事という他にありませんでした・・・」


 リチャードとアルマダの歓談が続いていく。



----------



 昼も近くなり、話を切り上げてアルマダとメイドが通信室から出てくる。


 アルマダの後ろを、メイドがワゴンを押して来る。


「カオルさん」


「は」


「もう少し、言葉は選べませんでしたか。

 給料が上がるから居て欲しい、だなんて」


 茶を運んで来たメイドは、カオルの変装であった。

 アルマダはそれを見抜いて、カオルに質問をしたのだ。

 にやりとメイド姿のカオルが笑って、


「ふふ。場が和むかと」


「上手くいったから良かったものの・・・

 いつ稽古を抜け出して来たんです」


「ご主人様が来てすぐに。茶の用意と聞いて、すり替わって参りました」


「次に話す事があったら、変装などせず、ちゃんと来なさい。

 マサヒデさんに一言挨拶を、と願えば良いでしょうに」


「どのような人物か調べられなかったので、少し不安がございまして」


「なるほど」


「イザベル様から聞いてはおりましたが、とても抜け毛で顔を青くするような人物には見えませんでしたし、偵察に来て正解でした」


「ははは!」


 アルマダが笑いながら、タイをするっと取ってポケットに入れ、シャツの首のボタンを外して、ふう、と息を吐く。


「ハワード様も緊張なされましたか」


「しましたとも! リチャード様の人物もですが、武門のファッテンベルクと言えば、我々貴族剣法の者には憧れの家ですからね」


 くす、とカオルが笑う。


「貴族剣法の憧れですか。それこそ、お言葉を選びませんと」


「いや、全くその通りですね! ははは!」


 笑いながら、アルマダがワゴンの上の茶菓子を摘んで口に入れる。

 普段から礼儀正しいアルマダとは思えない仕草だ。


「いや、長く話して気が疲れましたよ」


「それが顔に一切出ない所は、さすがハワード様です」


「これも貴族の作法ですよ。忍の道にも通じる所があるでしょう」


「ふふ」


「はあ・・・しかし、話せて良かった。

 ファッテンベルクのご当主と話せるなど、思いもしませんでした。

 夢のような時間でしたよ」


「マツ様、クレール様とお話もされておられましょうに」


「確かに! ははは! そういえばそうですね!

 ふふ。では、私は疲れたので、このまま帰って寝ますよ」


「寝る? まだ昼前ですが」


「リチャード様と顔を合わせてのお話ですよ。

 カオルさん、この気疲れ、分かりますか?

 一言一言が、真剣を振っているようなものですよ。

 言葉を選ぶようにつっかえてはいけませんし、本当に真剣勝負なんです」


「ふふ。心法の鍛錬ですか」


「マサヒデさんはどんな風に話していたんだか・・・

 失礼な事を言ってないでしょうね」


「さあ・・・しかし、お怒りの様子はございませんでしたし。

 お気に入り下さいましたでしょうか?

 ご主人様は、人誑し(ひとたらし)の才がございますから」


「全くですね。カオルさんも誑されているんでしょう」


「はい。良き主君に巡り合う事が出来て幸いです」


「女性として誑されていないでしょうね」


 カオルが、ふ、と鼻で笑って肩をすくめ、


「それはもう。いつマツ様に殺されるかと、毎日戦々恐々としております」


「ははは! では、失礼しますよ」


「お疲れ様でございました」


 アルマダが爽やかに笑って、廊下を歩いて行く。

 カオルはワゴンを押して行き、途中でするりと稽古着姿に変わって、ワゴンを置いて訓練場に戻って行った。


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