第754話
冒険者ギルド、通信室。
イザベルの父、リチャードとアルマダが画面越しに向き合う。
「お目にかかれて光栄です。私、アルマダ=ハワードと申します」
「イザベルの父、リチャード=エッセン=ファッテンベルクです。
こちらこそ、高名なハワード家の方にお目にかかれて光栄です」
言葉は丁寧だが、アルマダの肩にぐぐっと重しがのしかかる。
これがイザベルの父。
軍の大将を任される程の者、伊達ではない。
「緊張なさらず。そちらにもメイドがおりましょう。
お話したい事が多々あります。紅茶でも飲みながら」
「ありがとうございます。では、遠慮なく」
通信室のドアを開け、立っているメイドに、
「すみません。茶の用意を頼みます。
リチャード様とお話を楽しみたいのです」
「はい」
メイドが頭を下げて廊下を歩いて行く。
通信装置の前の椅子に戻ると、画面の向こうでリチャードが鋭い目のままカップを持っている。
「ま・・・我らはゆるりと参りましょう」
「はい」
リチャードが微笑んで、心持ち目が柔らかくなった。
「ハワード家のお方とこうして話せるのも、トミヤス様のお陰ですが」
「はい」
「ハワード様。イザベルはトミヤス様の下で上手くやっておりましょうか。
マツ様も、クレール様も、いわば内輪のお方。
貴方から見て、如何でしょう」
「イザベル様は上手くやっておられます。
そう・・・マサヒデさんの家臣となってから、柔らかくなりましたか。
最初は固く、町の者も少し怯えたと聞きましたが」
「ほう。柔らかく」
「ご存知でしょうが、冒険者は、下のランクでは町で下働き同然の仕事です」
「ですな」
「それが、今ではここの冒険者ギルドの中では引っ張りだこです。
町の皆が、イザベル様を求めているのです。
と言っても、狎れているのではありません」
「なるほど」
「尊敬はされつつ、それでいて」
「失礼致します」
そこでドアが開いて、メイドがワゴンを押して入って来た。
アルマダの横に立ち、静かに茶を注ぐ。
「ありがとうございます」
アルマダが茶を受け取って、軽く口に入れる。
「私は外に出ておりましょうか」
ちら、とリチャードがメイドを見て、
「構わん。ただの世間話だ。ハワード様の横に」
「はい」
メイドが頭を下げる。
アルマダはカップを傾けながら、にこやかな顔をメイドに向け、
「貴方は、イザベル様をどう思います?」
「は? 私ですか?」
話し掛けられたメイドが少し驚いた顔をして、
「そうですね・・・私は、このギルドに留まって頂けると嬉しく思います」
「何故」
「間違いなく上級冒険者となりましょうし・・・
そうなれば、ギルドも稼げます。そして、私の給料も上がります」
アルマダが微笑んで、
「ふふ。貴重なご意見、ありがとうございます。
リチャード様。イザベル様はこのような感じで冒険者をしております」
リチャードも苦笑して、
「ふふ。よく分かりました。君。正直なのは良いが、少し言葉を選べ」
「大変失礼を致しました」
メイドが深く頭を下げる。
「まあ、世間話の席であるし、構わん」
「お許し、ありがとうございます」
リチャードがアルマダに目を戻し、
「それで、ハワード様。牧場では、5年間そちらで負担を持って頂けるとか」
「はい。既にマツ様、クレール様、イザベル様で話が決まった所に、無理にねじ込ませて頂きましたので、その条件で」
「なるほど」
「こうして家の繋がりが出来ました。
武門のファッテンベルク。魔の国で随一のファッテンベルク。
いち武術家として、この繋がりほど嬉しい事はございません」
「ふふ。ハワード様もお上手でいらっしゃる」
「本音です。私は、家から箔付けのような感じで、剣聖がおられるからと、トミヤス道場に出されたのですが」
「ああ」
「今は、武術の道を選んでもらえて、本当に良かったと思っております。
トミヤス道場に来て分かりました。私は武術が好きなのです。
つまり、家というよりも、ただ個人的な繋がりが出来たのが嬉しいのです」
「それが我が家のような、貧乏貴族であっても」
「はい。リチャード様は、コヒョウエ=シュウサンという剣客をご存知で」
「知っております。人の国では指折りの剣客ですな。
今はもう亡くなったとか」
「隠棲しているだけで、まだご存命です」
「ほう。して、そのシュウサン殿が何か」
「武芸者は武の芸者。武は商売である。
道場の大小は、腕が立つ、立たないは関係ない。
商売が上手いか否かで決まる、と」
「それは貴族も同じと」
「はい。ファッテンベルクもそこは同じでは。いわば、達人が道場主がおられるのに、門人が少ない小さな道場であると、私は思っております」
リチャードが苦笑して、
「ふふふ。ご忠告なのか、お褒めなのか、良く分かりませんな。
どちらにせよ、感謝致します」
「私こそ、達人とこうしてお話が出来た事を、感謝申し上げます」
「話は変わりますが、イザベルが馬術の試験を受けたとか。
ハワード様のご家臣に見て頂いたとの事ですが」
「ああ。私もその場で見ておりました。
あの立ち会いは、見事という他にありませんでした・・・」
リチャードとアルマダの歓談が続いていく。
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昼も近くなり、話を切り上げてアルマダとメイドが通信室から出てくる。
アルマダの後ろを、メイドがワゴンを押して来る。
「カオルさん」
「は」
「もう少し、言葉は選べませんでしたか。
給料が上がるから居て欲しい、だなんて」
茶を運んで来たメイドは、カオルの変装であった。
アルマダはそれを見抜いて、カオルに質問をしたのだ。
にやりとメイド姿のカオルが笑って、
「ふふ。場が和むかと」
「上手くいったから良かったものの・・・
いつ稽古を抜け出して来たんです」
「ご主人様が来てすぐに。茶の用意と聞いて、すり替わって参りました」
「次に話す事があったら、変装などせず、ちゃんと来なさい。
マサヒデさんに一言挨拶を、と願えば良いでしょうに」
「どのような人物か調べられなかったので、少し不安がございまして」
「なるほど」
「イザベル様から聞いてはおりましたが、とても抜け毛で顔を青くするような人物には見えませんでしたし、偵察に来て正解でした」
「ははは!」
アルマダが笑いながら、タイをするっと取ってポケットに入れ、シャツの首のボタンを外して、ふう、と息を吐く。
「ハワード様も緊張なされましたか」
「しましたとも! リチャード様の人物もですが、武門のファッテンベルクと言えば、我々貴族剣法の者には憧れの家ですからね」
くす、とカオルが笑う。
「貴族剣法の憧れですか。それこそ、お言葉を選びませんと」
「いや、全くその通りですね! ははは!」
笑いながら、アルマダがワゴンの上の茶菓子を摘んで口に入れる。
普段から礼儀正しいアルマダとは思えない仕草だ。
「いや、長く話して気が疲れましたよ」
「それが顔に一切出ない所は、さすがハワード様です」
「これも貴族の作法ですよ。忍の道にも通じる所があるでしょう」
「ふふ」
「はあ・・・しかし、話せて良かった。
ファッテンベルクのご当主と話せるなど、思いもしませんでした。
夢のような時間でしたよ」
「マツ様、クレール様とお話もされておられましょうに」
「確かに! ははは! そういえばそうですね!
ふふ。では、私は疲れたので、このまま帰って寝ますよ」
「寝る? まだ昼前ですが」
「リチャード様と顔を合わせてのお話ですよ。
カオルさん、この気疲れ、分かりますか?
一言一言が、真剣を振っているようなものですよ。
言葉を選ぶようにつっかえてはいけませんし、本当に真剣勝負なんです」
「ふふ。心法の鍛錬ですか」
「マサヒデさんはどんな風に話していたんだか・・・
失礼な事を言ってないでしょうね」
「さあ・・・しかし、お怒りの様子はございませんでしたし。
お気に入り下さいましたでしょうか?
ご主人様は、人誑し(ひとたらし)の才がございますから」
「全くですね。カオルさんも誑されているんでしょう」
「はい。良き主君に巡り合う事が出来て幸いです」
「女性として誑されていないでしょうね」
カオルが、ふ、と鼻で笑って肩をすくめ、
「それはもう。いつマツ様に殺されるかと、毎日戦々恐々としております」
「ははは! では、失礼しますよ」
「お疲れ様でございました」
アルマダが爽やかに笑って、廊下を歩いて行く。
カオルはワゴンを押して行き、途中でするりと稽古着姿に変わって、ワゴンを置いて訓練場に戻って行った。