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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十三章 イザベルの父
752/756

第752話


 冒険者ギルド、通信室前。


 メイドが立っている。

 マサヒデ達が歩いて行くと、頭を下げた。


「おはようございます。トミヤスです。ファッテンベルクさんがお待ちとか」


「はい。どうぞ」


 メイドがドアを開けると、通信の画面に軍服を着た男が写っている。

 胸にはいくつも小さな勲章のような物が着いていて、いかにも上位の軍人といった風情だ。


 そして、鋭い目。

 画面越しに伝わる威圧感。


(うわあ、しまった)


 この人と話すのか。

 マサヒデは心の中で苦い顔をしながら、真面目な顔で綺麗に頭を下げた。

 頭を上げ、目を逸らさないように気を付けて、


「お待たせして大変申し訳ありません。マサヒデ=トミヤスです」


「お父様。イザベルです」


 イザベルの父が軽く頭を下げ、


「リチャード=エッセン=ファッテンベルクです。

 トミヤス様、此度はどうもありがとうございます。

 少々お話を伺いたいのですが」


「はい。何でも聞いて下さい」


「では、どうぞお掛け下さい」


「失礼します」


 マサヒデが椅子に掛けると、イザベルの父は軽く頷いて、


「イザベル」


「はい」


「お前は出ていろ」


「はい」


(うわ)


 久方振りに顔を合わせたのであろうに。

 イザベルも頭を下げて、懐かしさや惜しげもなく、普通に出て行く。


(聞いていた話と全然違うではないか)


 抜け毛に顔を青くしてとか、大声で泣いたイザベルに駆け寄ったとか・・・

 そんな面白い父、と言った感じは微塵もない。

 外向きの顔というやつだろうが、威圧感しかない。

 顔を見ているのが厳しい。


「トミヤス様」


「はい」


「此度は当家に商売のお話を頂き、ありがとうございます」


「出過ぎた真似をして申し訳ありません」


「いや。イザベルから聞いておりますでしょうが、当家の財政は厳しい。

 此度の申し出、有り難くお受け致します。深く感謝致します」


 ほ、と小さく息を吐く。

 この顔を見ていて、余計なお世話だ、と怒鳴られるかと思っていた。


「製鉄業に関してですが、まだ交渉中という所でしょうか」


「たたら製鉄の3家がある所まで、ここから10日ほど掛かります。

 少し前に使いを出しておりますので、近日中にお返事が届くかと思います」


「その3家うちいずれかが承諾したら、後の交渉は、我らが。

 トミヤス様には、魔術の道具を貸して頂く。

 トミヤス様の取り分は、月に金貨10枚、と」


「はい。私にも食わせねばならぬ家族と仲間がおりますので」


「ご家族と、お仲間」


 言いながらリチャードが頷いて、


「マツ様、クレール様、シズク様、サダマキ様ですか」


「はい」


 よく調べたものだ。

 連絡が行ってから、数日しか経っていない。


「マツ様・・・いや、この話は通信ではやめましょう」


 マサヒデが頷く。

 リチャードはマツの事を知っているのだ。

 国王からも、大事な話は通信ではするな、と固く注意されている。


「製鉄のお話は」


 そこで言葉を切って、リチャードの目が少し鋭くなる。


「当家の財政を知って?」


「まあそうと言えば、そうとも言えますが」


「が?」


「偶然、強力な磁石になる魔術の道具を手に入れまして。

 たたらの鉄は、砂鉄から作るとご存知ですか?」


「はい。非常に良い鋼だと聞き及んでおります」


「ご興味はありますよね。武門の家と聞いてますし」


「勿論」


「ですから、どうかな、と」


「・・・」


「あれって、砂鉄を集めるのに、山を崩して川に流して、川には堤を作って、もう大工事が必要なんです。砂鉄を集めるのにすごく大変なんですよ」


「それで産出量が少ない、というわけですか」


「この魔術の道具があれば、持って歩くだけで、その作業もなく、砂鉄がどっさりと集まるんです。で、その魔術の道具を作った鍛冶屋にも、少し鉄を分けてもらうんです。趣味で刀鍛冶をやってる方なんですけど」


 マサヒデが脇差を抜く。

 ゆっくりと回しながら、


「この画面越しに分かるでしょうか。名刀と言っても差し支えない出来です。

 その刀鍛冶さん、すごい腕なんですよね」


「ふむ」


「こう言ってはなんですが、その刀鍛冶に鋼を分けてほしいのが目的なんですよ。

 玉鋼、刀に使う鋼って、玉鋼って言うんですが、高額なんです」


「当家への話はそのついでと?」


 マサヒデが脇差を納めて、


「ついで、と言いますか、私がその玉鋼の産地に行って商売は出来ませんし、手を貸してくれるかな、みたいな感じです。ぶっちゃけて言ってしまえば、財政が助かるからとイザベルさんを騙して、実はもらえる玉鋼の方が目的、という感じです」


「これはこれは」


「例えですよ。本当に騙したわけではないです。その辺はちゃんと話してます。

 なので、平民から貧乏貴族へ憐れみとか、そういうのは別にないです。

 ただ、そう感じられるのでしたら、大変申し訳ありません」


「これはこれは。貧乏貴族とは手厳しい」


「あ! いえ! ええと、申し訳ありません! そんなつもりでは!」


 マサヒデが慌ててへこへこと頭を下げる。

 リチャードは苦笑いして、


「いえ、助かります。で、牧場では、黄金馬を育て、繁殖させたいと」


「はい。ですが、そちらは私は関わっておりませんので、あまり細かい事は。後ほどイザベルさんとお話して下さい。お時間があれば、共同出資して頂いたマツさん、クレールさん、アルマダさんを呼びますが」


「当家には過分な条件です。是非ともお礼を申し上げたい」


「三人共、同じ町におりますので、使いを出しましょう。

 少しお待ち頂けますか」


「お願い致します」


 マサヒデは立ち上がって、ドアを開け、外にいるメイドに、


「すみません。マツさん、クレールさん、アルマダさんに、急いでここに来るよう、使いを出してもらえますか。イザベルさんのお父上がお待ちです」


「はい」


 メイドが頭を下げて歩いて行く。

 マサヒデは待っているイザベルに小声で、


(すごい怖いじゃないですか)


「そうでしょうか?」


(そうですよ)


 小首を傾げるイザベルを見て、中に戻る。

 椅子に座って頭を下げ、


「マツさん、クレールさんは向かいの家に住んでいますから、すぐ来ます。

 アルマダさんは町の反対側ですから、少しだけ時間が掛かりますが」


「ありがとうございます。

 で、話は変わりますが、トミヤス様から見て、イザベルは如何でしょう。

 忌憚のない意見をお聞かせ下さい」


 マサヒデは顎に手を当てて少し考え、


「初めて会った時は、酷いものでした」


「でしょうな」


「生まれ持った身体能力に偏り、学んだ技術は全て殺されていて、ただの力任せと言った感じでしたね。自分で殺している技術に引っ張られて、それが元々の身体能力まで殺してしまうような、そんな感じです」


「ふむ」


「今は少しましになりました。こう・・・何と言いましょうか。

 ええと、力の抜き加減と言いますか。そこが分かってきたようです。

 技術はあるんです。数年もやっていれば、目覚ましく伸びるかと」


「たった数年でですか」


「ええ。既に技術は十分に叩き込まれているのが見えます。

 イザベルさんに必要なのは技術ではなく、力加減とか、勘とかいう所です。

 そこを変えるだけですから、才能とか、人族と学びの早さが違うとか・・・

 うん、そういった所は関係ないですね。もう、かなり違ってきています」


 リチャードは表情を変えずに頷き、


「なるほど。武術に関しては分かりました。

 冒険者としても、上手くやっているとも聞きました。

 トミヤス様から見て、人となりはどう見ますか」


「人となり・・・」


 マサヒデは少し首を傾げて、


「固い所もありますし、高圧的になってしまう所も多々見られますが、問題にはならない程度です。下らない勝負で、私の家臣として必ず勝たねば、などと言って、命を落としかけた事もありましたが」


「ほう。命を。その下らない勝負とは」


「蒸し風呂で、鬼族のシズクさんとどちらが長く入っていられるか」


 一瞬、リチャードの顔が、少し笑ったように見えた。


「不出来な娘で申し訳ありません」


「いえ。最終的には良かったのです。イザベルさんは、その勝負で、本当に命を捨てねばならない所、というのを学びました」


 リチャードが頷いて、


「そうですか。で、イザベルは馬術は認められているとか。

 トミヤス道場に、馬術の代稽古に行く事もあるとか聞きましたが」


「はい。父上はしかと腕を認めた者でなければ、代稽古には呼びません。

 それと、アルマダさん・・・アルマダ=ハワード。ご存知ですか」


「此度の牧場へのご出資のお方。そちらでは大貴族の御子息ですな。

 トミヤス道場の高弟で双璧と言われる達者とか」


 マサヒデは頷いて、


「彼の下には、長年、野で鍛えた馬術の達者が居ます。

 軍人とは違いますが、ずっと実戦の中で馬術で生きてきた・・・

 ええと、腕利きの傭兵のような感じの方々です」


「分かります」


「その方から、イザベルさんは馬術の天才だ、とお墨付きを頂いています」


「なるほど。その方々に試験をして頂いたと」


「試験・・・まあ、そうです。ですが、家臣になる為の試験という訳ではなく、私は馬術が不得手なので、良い腕だったらイザベルさんに教えてもらおうと思って、見てもらったのです」


「いや、家臣に取り立てるのであれば、腕の確認は必要。当然の事です。

 で、家臣としては如何でしょうか」


「家臣として。ううむ、家臣ですか・・・ううむ」


 マサヒデが唸って腕を組んで、


「イザベルさんは、私に家臣としてと、下って接してくれていますが・・・」


 マサヒデは天井を仰いだり、横を向いたりしながら、


「ううむ、何と言いましょうか、家臣って、どういう者か良く分からなくて。

 まあ、下らない事で命をかけるな、と叱った事はありますけど・・・

 稽古をつけると言っても、師弟とも少し違う感じですし・・・

 ええと、良い仲間? 良い友人・・・とか、そういった感じでしょうか」


「友人ですか」


「申し訳ありません。そういう上下関係というのが、未だに良く分からないんです。

 私はそう感じていますし、イザベルさんも町の皆とも仲良くやっていますし。

 答えになっていませんが、そんな感じでしょうか。

 私、ただの平民ですから、友人とか仲間って、失礼かと思いますが」


「なるほど。ありがとうございました」


 リチャードが頭を下げ、


「お聞きしたかった事は以上です。

 此度は真にありがとうございました。

 マツ様、クレール様はもう来ておられますでしょうか」


「見てきます。失礼します」


 席を立ってドアを開けると、もうマツもクレールも来ている。

 アルマダはまだ来ていないようだが、すぐ来るだろう。

 中に戻って、


「マツさんとクレールさんはもう来ています。呼びますか」


「お願いします。イザベルは待たせておいて下さい」


「はい。それでは失礼致します」


 もう一度頭を下げて、マサヒデは通信室を出た。


「お待たせしました。マツさん、クレールさん。お願いします」


「わあ! リチャード様ー!」


 声を上げて、クレールが中に駆け込んでいく。

 マツもにこにこしながら、クレールの後に続いて入って行った。


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