第752話
冒険者ギルド、通信室前。
メイドが立っている。
マサヒデ達が歩いて行くと、頭を下げた。
「おはようございます。トミヤスです。ファッテンベルクさんがお待ちとか」
「はい。どうぞ」
メイドがドアを開けると、通信の画面に軍服を着た男が写っている。
胸にはいくつも小さな勲章のような物が着いていて、いかにも上位の軍人といった風情だ。
そして、鋭い目。
画面越しに伝わる威圧感。
(うわあ、しまった)
この人と話すのか。
マサヒデは心の中で苦い顔をしながら、真面目な顔で綺麗に頭を下げた。
頭を上げ、目を逸らさないように気を付けて、
「お待たせして大変申し訳ありません。マサヒデ=トミヤスです」
「お父様。イザベルです」
イザベルの父が軽く頭を下げ、
「リチャード=エッセン=ファッテンベルクです。
トミヤス様、此度はどうもありがとうございます。
少々お話を伺いたいのですが」
「はい。何でも聞いて下さい」
「では、どうぞお掛け下さい」
「失礼します」
マサヒデが椅子に掛けると、イザベルの父は軽く頷いて、
「イザベル」
「はい」
「お前は出ていろ」
「はい」
(うわ)
久方振りに顔を合わせたのであろうに。
イザベルも頭を下げて、懐かしさや惜しげもなく、普通に出て行く。
(聞いていた話と全然違うではないか)
抜け毛に顔を青くしてとか、大声で泣いたイザベルに駆け寄ったとか・・・
そんな面白い父、と言った感じは微塵もない。
外向きの顔というやつだろうが、威圧感しかない。
顔を見ているのが厳しい。
「トミヤス様」
「はい」
「此度は当家に商売のお話を頂き、ありがとうございます」
「出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「いや。イザベルから聞いておりますでしょうが、当家の財政は厳しい。
此度の申し出、有り難くお受け致します。深く感謝致します」
ほ、と小さく息を吐く。
この顔を見ていて、余計なお世話だ、と怒鳴られるかと思っていた。
「製鉄業に関してですが、まだ交渉中という所でしょうか」
「たたら製鉄の3家がある所まで、ここから10日ほど掛かります。
少し前に使いを出しておりますので、近日中にお返事が届くかと思います」
「その3家うちいずれかが承諾したら、後の交渉は、我らが。
トミヤス様には、魔術の道具を貸して頂く。
トミヤス様の取り分は、月に金貨10枚、と」
「はい。私にも食わせねばならぬ家族と仲間がおりますので」
「ご家族と、お仲間」
言いながらリチャードが頷いて、
「マツ様、クレール様、シズク様、サダマキ様ですか」
「はい」
よく調べたものだ。
連絡が行ってから、数日しか経っていない。
「マツ様・・・いや、この話は通信ではやめましょう」
マサヒデが頷く。
リチャードはマツの事を知っているのだ。
国王からも、大事な話は通信ではするな、と固く注意されている。
「製鉄のお話は」
そこで言葉を切って、リチャードの目が少し鋭くなる。
「当家の財政を知って?」
「まあそうと言えば、そうとも言えますが」
「が?」
「偶然、強力な磁石になる魔術の道具を手に入れまして。
たたらの鉄は、砂鉄から作るとご存知ですか?」
「はい。非常に良い鋼だと聞き及んでおります」
「ご興味はありますよね。武門の家と聞いてますし」
「勿論」
「ですから、どうかな、と」
「・・・」
「あれって、砂鉄を集めるのに、山を崩して川に流して、川には堤を作って、もう大工事が必要なんです。砂鉄を集めるのにすごく大変なんですよ」
「それで産出量が少ない、というわけですか」
「この魔術の道具があれば、持って歩くだけで、その作業もなく、砂鉄がどっさりと集まるんです。で、その魔術の道具を作った鍛冶屋にも、少し鉄を分けてもらうんです。趣味で刀鍛冶をやってる方なんですけど」
マサヒデが脇差を抜く。
ゆっくりと回しながら、
「この画面越しに分かるでしょうか。名刀と言っても差し支えない出来です。
その刀鍛冶さん、すごい腕なんですよね」
「ふむ」
「こう言ってはなんですが、その刀鍛冶に鋼を分けてほしいのが目的なんですよ。
玉鋼、刀に使う鋼って、玉鋼って言うんですが、高額なんです」
「当家への話はそのついでと?」
マサヒデが脇差を納めて、
「ついで、と言いますか、私がその玉鋼の産地に行って商売は出来ませんし、手を貸してくれるかな、みたいな感じです。ぶっちゃけて言ってしまえば、財政が助かるからとイザベルさんを騙して、実はもらえる玉鋼の方が目的、という感じです」
「これはこれは」
「例えですよ。本当に騙したわけではないです。その辺はちゃんと話してます。
なので、平民から貧乏貴族へ憐れみとか、そういうのは別にないです。
ただ、そう感じられるのでしたら、大変申し訳ありません」
「これはこれは。貧乏貴族とは手厳しい」
「あ! いえ! ええと、申し訳ありません! そんなつもりでは!」
マサヒデが慌ててへこへこと頭を下げる。
リチャードは苦笑いして、
「いえ、助かります。で、牧場では、黄金馬を育て、繁殖させたいと」
「はい。ですが、そちらは私は関わっておりませんので、あまり細かい事は。後ほどイザベルさんとお話して下さい。お時間があれば、共同出資して頂いたマツさん、クレールさん、アルマダさんを呼びますが」
「当家には過分な条件です。是非ともお礼を申し上げたい」
「三人共、同じ町におりますので、使いを出しましょう。
少しお待ち頂けますか」
「お願い致します」
マサヒデは立ち上がって、ドアを開け、外にいるメイドに、
「すみません。マツさん、クレールさん、アルマダさんに、急いでここに来るよう、使いを出してもらえますか。イザベルさんのお父上がお待ちです」
「はい」
メイドが頭を下げて歩いて行く。
マサヒデは待っているイザベルに小声で、
(すごい怖いじゃないですか)
「そうでしょうか?」
(そうですよ)
小首を傾げるイザベルを見て、中に戻る。
椅子に座って頭を下げ、
「マツさん、クレールさんは向かいの家に住んでいますから、すぐ来ます。
アルマダさんは町の反対側ですから、少しだけ時間が掛かりますが」
「ありがとうございます。
で、話は変わりますが、トミヤス様から見て、イザベルは如何でしょう。
忌憚のない意見をお聞かせ下さい」
マサヒデは顎に手を当てて少し考え、
「初めて会った時は、酷いものでした」
「でしょうな」
「生まれ持った身体能力に偏り、学んだ技術は全て殺されていて、ただの力任せと言った感じでしたね。自分で殺している技術に引っ張られて、それが元々の身体能力まで殺してしまうような、そんな感じです」
「ふむ」
「今は少しましになりました。こう・・・何と言いましょうか。
ええと、力の抜き加減と言いますか。そこが分かってきたようです。
技術はあるんです。数年もやっていれば、目覚ましく伸びるかと」
「たった数年でですか」
「ええ。既に技術は十分に叩き込まれているのが見えます。
イザベルさんに必要なのは技術ではなく、力加減とか、勘とかいう所です。
そこを変えるだけですから、才能とか、人族と学びの早さが違うとか・・・
うん、そういった所は関係ないですね。もう、かなり違ってきています」
リチャードは表情を変えずに頷き、
「なるほど。武術に関しては分かりました。
冒険者としても、上手くやっているとも聞きました。
トミヤス様から見て、人となりはどう見ますか」
「人となり・・・」
マサヒデは少し首を傾げて、
「固い所もありますし、高圧的になってしまう所も多々見られますが、問題にはならない程度です。下らない勝負で、私の家臣として必ず勝たねば、などと言って、命を落としかけた事もありましたが」
「ほう。命を。その下らない勝負とは」
「蒸し風呂で、鬼族のシズクさんとどちらが長く入っていられるか」
一瞬、リチャードの顔が、少し笑ったように見えた。
「不出来な娘で申し訳ありません」
「いえ。最終的には良かったのです。イザベルさんは、その勝負で、本当に命を捨てねばならない所、というのを学びました」
リチャードが頷いて、
「そうですか。で、イザベルは馬術は認められているとか。
トミヤス道場に、馬術の代稽古に行く事もあるとか聞きましたが」
「はい。父上はしかと腕を認めた者でなければ、代稽古には呼びません。
それと、アルマダさん・・・アルマダ=ハワード。ご存知ですか」
「此度の牧場へのご出資のお方。そちらでは大貴族の御子息ですな。
トミヤス道場の高弟で双璧と言われる達者とか」
マサヒデは頷いて、
「彼の下には、長年、野で鍛えた馬術の達者が居ます。
軍人とは違いますが、ずっと実戦の中で馬術で生きてきた・・・
ええと、腕利きの傭兵のような感じの方々です」
「分かります」
「その方から、イザベルさんは馬術の天才だ、とお墨付きを頂いています」
「なるほど。その方々に試験をして頂いたと」
「試験・・・まあ、そうです。ですが、家臣になる為の試験という訳ではなく、私は馬術が不得手なので、良い腕だったらイザベルさんに教えてもらおうと思って、見てもらったのです」
「いや、家臣に取り立てるのであれば、腕の確認は必要。当然の事です。
で、家臣としては如何でしょうか」
「家臣として。ううむ、家臣ですか・・・ううむ」
マサヒデが唸って腕を組んで、
「イザベルさんは、私に家臣としてと、下って接してくれていますが・・・」
マサヒデは天井を仰いだり、横を向いたりしながら、
「ううむ、何と言いましょうか、家臣って、どういう者か良く分からなくて。
まあ、下らない事で命をかけるな、と叱った事はありますけど・・・
稽古をつけると言っても、師弟とも少し違う感じですし・・・
ええと、良い仲間? 良い友人・・・とか、そういった感じでしょうか」
「友人ですか」
「申し訳ありません。そういう上下関係というのが、未だに良く分からないんです。
私はそう感じていますし、イザベルさんも町の皆とも仲良くやっていますし。
答えになっていませんが、そんな感じでしょうか。
私、ただの平民ですから、友人とか仲間って、失礼かと思いますが」
「なるほど。ありがとうございました」
リチャードが頭を下げ、
「お聞きしたかった事は以上です。
此度は真にありがとうございました。
マツ様、クレール様はもう来ておられますでしょうか」
「見てきます。失礼します」
席を立ってドアを開けると、もうマツもクレールも来ている。
アルマダはまだ来ていないようだが、すぐ来るだろう。
中に戻って、
「マツさんとクレールさんはもう来ています。呼びますか」
「お願いします。イザベルは待たせておいて下さい」
「はい。それでは失礼致します」
もう一度頭を下げて、マサヒデは通信室を出た。
「お待たせしました。マツさん、クレールさん。お願いします」
「わあ! リチャード様ー!」
声を上げて、クレールが中に駆け込んでいく。
マツもにこにこしながら、クレールの後に続いて入って行った。