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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十二章 死を司る武術
750/760

第750話


 執務室でさらっと紹介状を書く。


『ジロウ=シュウサン様。


 王流体術、ヒロシ=アマツカサ様をご紹介致します。

 王流の名は出しませぬよう願います。

 シュウサン道場を聞き、親交を望まれておられます。


 マサヒデ=トミヤス』


 墨が乾くまで待って、畳んで封に収める。


「よし」


 こんなもので良いだろう。

 ジロウも大喜びするはずだ。

 コヒョウエも飛び上がってシュウサン道場に駆け込んで来るかもしれない。

 ふ、と行灯の火を消し、さらりと執務室の襖を開けて、居間に戻る。


「お待たせしました。まずこちらを。紹介状です」


「うわ、ありがとうございます!」


 アマツカサが両手で押し頂くように受け取り、懐にしまう。


「道場の場所ですが、この町をここから反対に抜けて行って、街道沿いに寺がある方に真っ直ぐ歩いていけば見つかります。周りは田んぼだけですが、進んで行くと丘があって、その向こうにありますから」


「分かりました。うわ、すごいな! コヒョウエ=シュウサンが居るんだ!」


 喜色満面のアマツカサを見て、マサヒデも笑って、


「コヒョウエ先生は道場主ではなく、普段はふらふらしておられます。道場におられるかどうかは分かりませんが、御子息のジロウさんは私より強いですし、人も出来ております」


「ええ! トミヤスさんよりですか!」


「はい。先日、稽古で立ち会いましたが」


 マサヒデが頭に手を置いて苦笑いして、


「いやあ、本気で行きましたが、負けてしまいました」


 にっとクレールが笑って、拳を握り、


「でも、すごい勝負でしたよ! 紙一重でした!」


「ふふ、そうですかね。

 でも、思い出してみると、剣で勝ったのって、アルマダさんだけですよね」


 カオルが小さく笑って頷いて、


「いいえ、あれは私も勝ちで良いのでは? お土産は頂けましたし」


「ははは! そうか、カオルさんも勝ちですかね!」


 アマツカサも笑って、


「ええ、何ですかそれ。楽しそうですね」


 にやっとマサヒデが笑って、


「アブソルート流の奥義みたいなものを、ちょっとだけ頂いただけです」


「ええ!? 奥義ですか!?」


「まあ、ほんの触り程度ですが。おかげで私達も伸びる事が出来ました。

 ですよね、カオルさん」


「はい」


「何なら、アマツカサ先生にもお教え致しましょう。

 王流の7つの家には、剣をやっておられる家もあるんですよね」


「え! いや、それはありがたいですけど、私に分かりますかね?」


「簡単に出来ますよ。では、この奥義を土産に持って帰ってもらいましょう」


 よ、とマサヒデが刀架に手を伸ばして雲切丸を取る。

 派手な拵えにアマツカサが驚き、


「あ、うわ! 気付かなかったですけど、何ですそれ!」


「まあ、色々とありまして、私の所に。さ、まずこちらを握って頂いて」


 マサヒデがアマツカサに柄を差し出す。


「え、抜くんですか?」


「いえ、抜かなくても分かりますから、そのままで」


「はい」


 アマツカサが柄を握る。

 一応、扱いは分かっているようで、しっかりと握られている。

 マサヒデは雲切丸の鞘の先の下に手を置いて、


「手の内の力を抜いてみて下さい」


「こうですか?」


「では、くいっと、軽く握ってみて下さい」


「はい」


 軽く握られた雲切丸の切先が、ひょいっと上がる。

 長い分、大きく上がる。

 マサヒデがぴた、と鞘の下に手を置いて、


「ほら。ただ握るだけで、刀ってこれだけ上がるんです」


「お、おお? はい?」


 マサヒデとカオルが驚くアマツカサを見て、にやにや笑う。

 あまり良く分かっていないようだ。


「剣をやっておられる家の方にお伝えしていただければ、分かると思います。

 これで劇的に振りが速くなるんですよ」


「へえ! 劇的にですか!」


「あ、王流にも似たような心得があるかもしれません。

 もしそうだったら、すみません。

 これがアブソルート流の奥義というか・・・あ、いや! 違いますね。

 ええと、正確に言うと、奥義への取っ掛かりと言いますか」


「取っ掛かりですか」


「ええ。まだ先があります。それも分かってはいるのですが、私達もまだそこまで使えないので、教えようがないんです。今日の所は、これだけで許して頂けますか」


「いや、勿論ですよ、ありがとうございます。必ず伝えます」


 アマツカサが軽く頭を下げて、マサヒデに雲切丸を返す。

 マサヒデが雲切丸を刀架に掛けると、


「では私ですね。何をお教えしましょう」


「カオルさんが投げられた技を」


「ああ」


 アマツカサが笑って、カオルの方を見て、


「サダマキさんは、どこまで分かりました?」


「王流の体術は、人の自然な反射と反応を使う術理と見ました」


 アマツカサが少し驚いて、


「おおー・・・」


「敏感な者ほど掛かりやすい。

 つまり、使える者ほど掛かりやすい。

 相手に合わせているようで、自分に合わさせて手の上で転がす。

 自然な反応、反射を使うゆえ、掛かれば避けようもない」


 ぱん! とアマツカサが手を叩き、


「そうです! そこまで分かりましたか!

 いや、流石はトミヤスさんのお弟子さんですね。

 と言っても、カゲミツ先生には避けられましたけど」


「あ、いや・・・その、カゲミツ様は別として」


「いえいえ、私も思いましたよ。カゲミツ先生はもう別格ですね。

 もう戦っている土俵が違うと言うか。

 私もそれなりに真面目にやってきたつもりだったんですが」


「はい。私も道場に行くたびに、いつも思い知らされます」


「またトミヤス道場に出稽古に来るのが楽しみですよ。

 次は少しは通用しますかねえ」


 父がやたら褒められて、マサヒデは何だかむず痒くなってきてしまった。


「ん、んん! アマツカサ先生」


「あ、あ! すみませんでした。ええと、投げですよね」


「はい」


 アマツカサが小首を傾げて、


「そうですね・・・分かりやすい所から行きましょう。

 術理が分かっているから、お二人共、すぐ出来ると思います。

 トミヤスさん、立って頂いてよろしいですか」


「はい」


「これから投げますから、投げられないようにして下さい。

 あ、軽く倒すだけですから、皆さんそのままで」


「分かりました。カオルさん、良く見ていて下さいよ」


「は!」


 お、とアマツカサが小さく声を上げた。

 見事な自然体。


「いや、素晴らしい姿勢が出来ていますね」


 言いながら、マサヒデの胸に手を当てて、


「じゃ行きますね」


 するう、と撫でるようにマサヒデの肩まで手を滑らせていくと、ぐうっとマサヒデが弓なりに後ろに仰け反っていく。


「う、う」


「こうです。力はいらないんです。力を入れると、踏ん張ってしまうんです。

 そうなると、足を掛けたり、腕を極めたりして投げないといけません。

 でも、こうやって軽く撫でていくと、相手は踏ん張れないんですよ。

 分かっていても、力が入らない。で、投げられてしまうんですよね」


 そのまま肩の後ろまで手を滑らせると、マサヒデが頭から落ちそうになり、アマツカサがマサヒデの背に手を入れて支える。


「私が力を入れていないの、分かりましたよね」


「はい」


 アマツカサはマサヒデを立ち上がらせて、手を取って、


「次は胸ぐらを掴んで下さい」


「はい」


 アマツカサが前に出て、足がマサヒデの後ろに掛けられる。


「普通だと、ここで足を跳ね上げたりして倒しますよね」


「はい」


「さて、自然な反射と反応とはどういうものか。

 私が足の力を抜きますと」


 くくく、とマサヒデが後ろに仰け反っていく。


「む、む」


「ここまで倒れます。で、腰の力まで抜くと」


「う」


 かくん、とマサヒデの膝が曲がってしまった。

 もう一押しで倒れてしまう。


「もうここまで倒れましたけど、力の強い方や、身体の釣り合いが上手く取れている方だと、まだ手が出ますよね。トミヤスさんも、何か出来るでしょう」


「たっ、多分・・・いや・・・」


「サダマキさん。私の腕を良く見てて下さいね。

 指先から肩まで、順番に力を抜いていきますよ」


「うぁ」


 マサヒデがこてん、と転がってしまった。


「この通り」


「・・・」


 カオルが目を皿のようにしてアマツカサとマサヒデを見ている。

 言葉も出ない。


「私が力を抜くと、トミヤスさんも力が抜けていってしまうわけです。

 勝手に倒れるので、こっちは何もしなくて良いんですね」


 すっとマサヒデが起き上がって、


「ありがとうございました」


 と、頭を下げた。


「これが出来てしまえば、あの投げも使えるようになります。

 どうでしょう。こんな感じで良いですかね」


「いや、十分も過ぎます。素晴らしい教えを体験させて頂きました」


 アマツカサがにっこり笑って、


「では、夜も遅いですし、そろそろお暇します。

 紹介状、本当にありがとうございます」


 マサヒデとカオルが頭を下げ、


「アマツカサ先生! ありがとうございました!」


「ありがとうございました!」


「いやいや、このくらい、お二人ならすぐ出来ますよ。

 それでは、道場が出来たらまた来ます」


「はい!」


 うん、とアマツカサが襟を正して、


「あ、そうだ・・・帰る前に、ひとつだけ、聞いても宜しいでしょうか」


「なんでしょう」


「あれ、何ですか? 何かの・・・もしかして、魔獣のタマゴですか?」


 アマツカサが床の間のタマゴを指差すと、ぷ! とクレールが吹き出す。

 マサヒデ達も釣られて笑い出した。

 マツも口を抑えて笑いを堪える。


「は・・・はははは!」


「ちょっと、何がそんなにおかしいんですか?」


「ふふふ・・・驚かないで下さいね」


「え。もしかして、竜とかのやばい感じのタマゴですか?」


「いえ。私の子です」


「は? すみません、今、何て言いました?」


「あれは、私とマツさんの子です」


「ええ!?」


「マツさんは魔族で、タマゴで産まれる種族なんです。

 ですから、子もタマゴで産まれました」


 アマツカサが気不味い顔で目を逸らし、


「・・・ええと、お子さん・・・

 あの、すみません。魔獣のタマゴとか言ってしまって」


「ははははは! 皆、最初はすごく驚きますから!

 父上も驚きましたし、コヒョウエ先生なんか、脇差に手を掛けて!

 ははは! いや、誰だって驚きますよね!」


「そんなに笑わないで下さいよ! 誰でも驚くって分かってるなら、先に教えてくれても良いじゃないですか!」


「ぷ、くくく・・・いや、失礼しました。

 何も聞かれないので、別に驚いているのではないかと思って」


「誰だって驚きますよ! もう、帰ります!」


 ふん! と顔を逸らしたアマツカサを、マサヒデが引き止めて、


「先生」


「何ですか」


 マサヒデは笑い顔を引き締めて手を付き、


「先程教えて下さいました事、きっと身に着けておきます。

 また、必ずお教えを願います」


 アマツカサが拗ねた顔を少し和らげて、


「はい。楽しみにしています」


「お待ちしております」


 マサヒデがにこっと笑い、アマツカサも笑顔になって頭を下げ、


「では、遅くに失礼しました」


 と、軽く頭を下げて出て行った。

 アマツカサが出て行った後も居間には笑いが残っていた。

 が、マサヒデは黙って天井を見上げていた。


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