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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十二章 死を司る武術
749/762

第749話


 夕刻の街道。


 赤い西日を浴びながら、カオルがゆっくりと馬を進めて行く。

 後ろに、重い足音を立てながら黒影が付いてくる。


(人の身体の反応か)


 鍛錬でどうにか出来るものではない。どうしようもない。

 威圧感のあるアマツカサの立ち姿を思い出す。


 前に立たれてしまうだけで、簡単に丹田を崩される。

 触れられただけで倒されてしまう。


 カオルはアマツカサが触れた手を見つめながら、投げられた時の感触を思い出す。術理は分かったが、自分に出来るだろうか? 繊細過ぎる技術だ。


(『誘い』まで使って)


 自分が気付かないうちに、いつの間にか相手の間合いに入ってしまう。

 入ってしまうのは1寸程度だが、自分では動いてしまった事が分からない。

 間合いのぎりぎりに立っている時は、1寸は致命的な間。

 カゲミツは反応して避けていたが、自分に出来るだろうか?

 丹田が崩されたのは感じたが、誘いは避けられるか?


(秘密にされるわけだ)


 前に立てば、丹田が崩されてしまう。

 気付かぬ内に相手の間合いに入っている。

 そこに撃ち込まれたら終わりだ。

 たとえ受けられても、丹田が崩れていれば、軽く押されれば姿勢も崩れる。


 前に立たれたら、カゲミツ並の感覚でなければ、もう避けられない。


 仕組みは分かったが、一朝一夕で身に付けられるものではない。

 基本的には、自分と相手の反射、反応を誘って崩してしまうこと。

 ほとんど動かず、動きもゆったりしていたが、中身は非常に繊細で攻撃的な武術。


 アマツカサの前に立った所を想像してみる。

 怖ろしい。

 アマツカサは剣は素人と言っていた。

 こちらが剣を持っていたら勝てるかもしれない。

 だが、もし剣を使える相手が同じ技術を持っていたら・・・

 また背中に冷たいものが登っていく。



----------



 魔術師協会。


 からからから・・・

 玄関を開けた手に力が入っていないのを感じる。


「只今戻りました」


「お帰りなさい」


 ぱたぱたとマツが出てくる。


「奥方様」


 ん、とマツがカオルの元気のない顔に気付いて、


「あら。どうかなされました? お父上に絞られましたか?」


「あ、いえ、そうではありません。失礼致します。ご主人様に報告が」


「はい」


 カオルがすうっと居間に入っていくと、クレールが顔を上げた。

 マサヒデは縁側でクレールの忍と話している。

 カオルに気付いて、肩越しに振り返り、


「お帰りなさい。どうでした」


「は」


 忍の反対側に、マサヒデを挟んで座る。


「今、聞き始めた所です。実際に受けたカオルさんの意見も聞きたいですね」


「は。一言で言えば、怖ろしい、怖ろしすぎる武術です。

 術理は分かりましたが、一朝一夕で身に付けられるものではありません」


「ほう」


 マサヒデの向こうの忍も頷く。


「で、どういった術理でしょう」


「全てを見た訳ではございませんが、人の身体の、反射と反応を利用した武術です。

 あれは避けようがありません」


「避けようがない、ですか。ふうむ。怖ろしいですね」


「それと、我らと同じ技術がありました。

 偶然かもしれませんが、他ではまず見られない技術です。

 やはり、この国の忍の術も、噂通り王流の流れを汲んでいると確信しました」


「へえ。どういった技術でしょう」


「これも、人の反射と反応を使うもの。我らは『誘い』と呼んでおります」


「誘い、ですか。それ、どういった技術でしょう」


 カオルがレイシクランの忍を見る。

 彼らはあれに気付いたのだろうか。

 でなければ、あまり口には出したくないが・・・

 忍が小さく頷き、


「カオル殿、我らもしかと見ました。カゲミツ様が微かに動かされました。

 動いていないようで微かに動き、相手も反応して動いてしまう、あれですね」


 カオルが頷き、


「如何にも、その通りです。養成所でも出来る者は少ない技術です」


 マサヒデが興味深そうに、


「カオルさんは、その出来る少ない者ですか?」


「いえ。恥ずかしながら、私には。術理は分かっておりますが」


「ほう。出来そうなものはありましたか」


 カオルが顎に手を当てて、少し黙り込んだ後、


「投げは・・・練習すれば出来るでしょうか。

 丹田の崩しも出来るでしょうか・・・ううん・・・

 ご主人様、お手を拝借しても」


「どうぞ」


 マサヒデが手を出す。

 カオルがそっと手を乗せる。

 む、と首を傾げて、もっと軽く、触る程度に・・・

 ゆっくり回すが、するっと手が滑ってしまう。


「ううん・・・」


 マサヒデが滑ったカオルの手を見ながら、


「これで投げられるんですか?」


「はい。本当に触れるか触れないか程度で手を回され、私は投げられました。

 まるで吸い付くように、手が離せずに崩れていきまして」


「ふむ。合気や柔術とは、少し感じが違いますね」


「はい。一見、どっしりと、ゆっくりとした動きでしたが、見えない程に繊細に動きます。その見えない程度の繊細な動きで相手を崩し、誘うのです。非常に攻撃的で、何と言いましょうか・・・容赦のない武術であると」


「攻撃的で、容赦のない、ですか」


 マサヒデが頷いて、


「続けて下さい。離せそうだったら、私は手を離します」


「は」


 マサヒデの手にカオルの手が置かれ、すう、すう、と撫でるように滑る。

 クレールは首を傾げたが、マサヒデ、カオル、忍の3人の顔は真剣だ。

 マツも茶を持って来てマサヒデ達の側に座ったが、はて? と首を傾げる。


「おっ?」


「何か」


「今、少しですが、確かに持っていかれた感覚がありました」


「む・・・こうか・・・」


 3人が穴を開きそうに目を皿のようにして、マサヒデとカオルの手を見つめる。


「こう・・・」


「いや、違いますね。全然持っていかれません」


「このくらいでしょうか・・・」


 マサヒデの手を、カオルの手が滑る。



----------



 夕餉を済ませた後も、マサヒデとカオルは真剣な顔で手を合わせていた。


 シズクが牧場の警備でいないので、今日は静かだ。


「・・・」


「・・・」


 2人が無言で手を合わせ、回しながら上げたり下げたりしている横で、マツとクレールが紅茶を飲んでいると、からから、と控えめに玄関が開き、


「失礼しまーす」


 と、声がした。

 ば! とカオルが玄関の方を向いて、


「私が!」


 さささ、とカオルが出て行く。

 マツとクレールも飲んでいた紅茶のカップを置いて、皿を隅に置く。

 少しして、カオルと大柄な男が入って来た。

 男が、ぺこ、と頭を下げて、


「どうも、夜分遅くに申し訳ありません」


 マツが手を付いて頭を下げ、隣でクレールも頭を下げる。


「オリネオ魔術師協会へようこそ」


 マサヒデも姿勢を正して頭を下げ、


「こんな時間にわざわざお運び頂き、感謝致します」


「こんな時間に、どうもすみません。

 トミヤスさんが道場には来られないと聞いたので、挨拶だけでもと思って」


 さ、とマツが座布団を出す。


「どうぞ、おくつろぎ下さいませ。今、お茶でも」


「あ、いえいえ! 遅いですし、もう、すぐにお暇しますので」


 マサヒデが頭を上げて、


「アマツカサ先生。少しだけ、お教えを願えませんか。

 代わりと言ってはなんですが、良い道場をひとつ紹介致しますので」


「え! 本当ですか! いや、それはありがたいですよ」


「どうぞ、お座り下さい」


 マサヒデが座布団に手を差し出すと、アマツカサが座る。


「早速ですが、ご紹介したい道場は、アブソルート流の道場です」


「アブソルート流・・・ええと、聞いた事がありますね・・・」


「ゲッダン=ツムジ。ご存知ですか」


「ああっ! そうだ、アブソルート流! ツムジ道場!」


「そうです。そのアブソルート流です。

 コヒョウエ=シュウサン。聞いた事は」


「知ってますよ! 有名な剣客ですね!

 え、コヒョウエ=シュウサンが居るんですか?

 首都に行った時は、もう道場はないって」


 マサヒデがにやっと笑って、


「御子息が道場を開いています。

 実は、コヒョウエ先生も、その近くに住んでおられます」


「ええ!? 消息不明で、もう死んだんじゃないかとか聞きましたけど」


「隠棲されておられるだけです。父上もつい最近まで知らなかったんです」


「はあー・・・あのコヒョウエ先生が!

 あ、そうだ! カゲミツ先生はシュウサン道場でしたよね!

 ああもう、紹介してくれるなら、何でも教えますよ!」


 マサヒデが頭を下げ、


「ありがとうございます。すぐ紹介状を書きますので、しばしこちらで」


「いや、こちらこそありがとうございます!」


「では」


 マサヒデが立ち上がると、カオルが台所から出て来て、アマツカサの横に茶を差し出した。廊下に出て、ちらっと湯呑を取るアマツカサの横顔を見る。


 もう夜も遅い。

 時間は少ししかない。

 王流を知ることが出来るだろうか。


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