第747話
トミヤス道場前。
カオルとアマツカサが馬を止める。
体重が重そうなアマツカサが、どすっと白百合から降りて、
「へえー! ここがトミヤス道場!」
腰の後ろに手を回して、関心したように見ていると、門弟が出て来た。
いつものように、カゲミツには人が来たことはお見通しだ。
カオルを見て、門弟が頭を下げる。
アマツカサも門弟を見て、慌てて頭を下げる。
カオルも軽く頭を下げ、
「お疲れ様です。お客様をお連れ致しました」
「はい。カゲミツ様は道場でお待ちです」
「え」
アマツカサが少し驚いて、カオルの方を見る。
カオルが頷き、
「カゲミツ様には、外にどなたかが立たれると気配を感じ取られまして」
「ええ!?」
「私も最初は驚いたのですが」
「本当ですか、それ!?」
「はい」
アマツカサが門弟の方を向くと、門弟も軽く頷き、
「その通りです」
「いやいやいや。お二人共、軽く頷いてますけど、普通じゃないですよ」
もう慣れているので、2人が顔を見合わせ、
「いつもの事ですから」「はい」
「ええ・・・入っちゃって良いんですかね」
「大丈夫でしょう」
「凄く不安なんですが。いきなり斬られたりとかしませんかね」
くす、とカオルと門弟が笑う。
「大丈夫です。カゲミツ様はそんなに器の小さなお方ではございません」
「そうですか・・・いや、私なんかが入っても」
「大丈夫です。さあ」
「はい・・・じゃあ」
門弟が振り返ると、ゆっくりとアマツカサが足を進めて付いて行く。
カオルもアマツカサの後ろに付いて行く。
(む)
気配を感じて少し振り向き、
(レイシクラン?)
1、2、3・・・何人も居る。王流と聞いて、追いかけて来たのか。
ちら、と前を歩くアマツカサの大きな背を見て、もう一度振り向き、小さく笑って頷く。良いものが見られるだろうか。
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道場に入ると、門弟が壁際にずらりと並び、奥にカゲミツがにこにこ笑って座っていた。
(おや)
少し人数が増えている。
道着は新しい物ではないし、勇者祭から戻って来たのだろう。
「はじめまして。ようこそ、トミヤス道場へ。さ、座って楽にしてくれ」
「はい」
言われるまま、アマツカサが綺麗に正座して座る。
カオルも少し後ろに座る。
カゲミツがカオルの方を向いて、
「カオルさん。あんたが連れて来たのか?」
「はい。こちらに参ります途中に、オリネオの町に寄られまして」
「おお、そうか! 道場破りは久し振りだぜ!」
慌ててアマツカサが顔の前で手を振り、
「いやいや! 違いますから!」
「え? 違うの? なんだよ・・・」
がっかりしたように、カゲミツが肩を落とす。
「ええとですね、あ、まず、私、ヒロシ=アマツカサと申します。
宜しくお願いします」
「アマツカサさん。うん、俺がカゲミツ=トミヤスです。
こちらこそ、宜しくお願いしますっと。
で。道場破りじゃないなら、何の用? あんた、武術家だろ」
「あの、近々、新しく道場を開きたいと思いましてですね。
ぶっちゃけて言うと、伝手が欲しいな、と色々な道場を回っておりまして」
ぱし! とカゲミツが膝を叩き、
「ははは! 良いね! 出稽古もしてくれるのかい?」
「ああ、それは勿論!」
「俺の見立てじゃあ、あんた、中々出来る人と見た!
で、何流? 何を教えてくれるの?」
む、とアマツカサが言葉に詰まる。
王流の名は出せない。
「ええと・・・実は、まだ流派の名前、決まってないんです。
私が教えられるのは、体術ですが」
「流派の名が決まっていない? どっかから皆伝もらって独立って感じ?」
「いや、そうではなくて、我が家に昔から伝わる武術がありまして。
なんとか流という名前はないんです」
「ほう。昔から。どのくらい?」
「戦乱期の少し前だと聞いてます。あ、人の国の戦乱期です。伝書とかそういうのが一切なくて全部口伝とかなので、本当かどうかは分かりませんけど」
半分は本当だ。王流の教えは一子相伝、全て親から子へのみ引き継がれる。
「へえ! 古流ってやつか!」
「そうなります。で、少し前に父が死んで、私が宗家になったんです。
ただ、まずいことに、私、子がおらず、教える者がいないんですよね。
継承させる者が居ないんです。あと貧乏です。それで道場をと思いまして」
「面白い。うちには、たまにクロカワさんが来てくれる。
知ってるよな? 武神精錬館のクロカワさん」
「あ! あの合気道の、あのクロカワ先生ですか!?」
「そう。そのクロカワさん。でも、あんたが出稽古に来てくれるなら嬉しい。
クロカワさん、ふらっと来て、すぐにふらっと出て行っちまうし。
で、見せてくれるよな?」
「それは勿論! ですけど、クロカワ先生が来られるんですよね。
私で満足してもらえるかどうか、正直に言って自信がありませんけど」
「俺は満足出来ると見たね。たださ・・・こいつら、だ、とー・・・」
カゲミツが道場を軽く見渡し、顎に手を当てて、
「んー・・・ここに居る門弟じゃ敵わないかな!
という事で、カオルさん。あんたが相手してくれる?」
「え」
カオルが驚いて顔を上げる。
「良いだろ。この中で2番目に強いの、カオルさんだし。
あ、1番は俺な。ははは!」
「え、え」
「こいつらは実際に見ないと納得しねえだろ。
で、あんたは体術もかなり出来るだろ。
カオルさん、あんたしか居ないじゃん」
王流を知る好機だが、いきなり任せられるとは。
何人か門弟がやられた後に出るものかと考えていたので、慌ててしまう。
壁に並ぶ門弟達の視線をひしひしと感じる。
「道着に着替えてきて。カオルさん、アマツカサさん案内してくれる?」
「あの、いきなり私ですか?」
「ははは! いきなりって! 強い奴が最後ってやつ!? ははは!」
「あ、いや! そうではなく! 私、ここに通わせては頂いておりますが、正式な門人でもございませんし、見取りを許して頂ければ幸いかと思って」
「いいよそんなの! 気にしない! ほら、カオルさん、着替えてこい!」
カオルがアマツカサをちらっと見ると、目が合ってしまった。
「あの・・・では、こちらへ・・・」
「あ・・・と・・・はい」
気不味い感じで、カオルとアマツカサが立ち上がる。
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道場の真ん中に、カオルとアマツカサが立つ。
カゲミツがにこにこしながら、
「じゃ、俺が合図するぞ」
「は!」
「はい」
前に立つと、アマツカサが大きく見える。
元々大きな身体だが、こうして前に立つと、威圧感が凄い。
く、と小さくアマツカサが身体を動かすと、急に威圧感がぐっと増した。
(う!?)
息が詰まりそうだ。
門弟達にも気付いた者がいるのか、息を飲む音が聞こえる。
カゲミツが笑顔のまま、
「はじめー!」
と、合図を掛けた。
カオルが飲まれそうになりながら、腹から声を出し、
「宜しくお願いします!」
と頭を下げると、
「宜しくお願いします」
アマツカサも軽く頭を下げた。
ぱ、と手を自然に上に上げて構えると、アマツカサもゆっくりと似たような構えを取る。瞬間、は! とカオルが気付いて目を見開き、
「うぁ!?」
声を上げて、大きく跳び下がる。
「おおっ!?」
目の前にカオルが跳んできて、壁際の門弟が仰け反って声を上げた。
両人共、ただ構えただけ。
だが、カオルのあの反応は、ただ威圧された、という感じではない。
一体、何があったのか?
門弟達が顔を見合わせる。