第746話
街道。
幻の武術と言われる、王流の遣い手とカオルが馬を歩かせている。
前を歩かせていたカオルが、すっと馬を並べて、
「宜しければ、お名前を聞かせて頂きたいのですが」
「ああ! すみませんでした。アマツカサ。ヒロシ=アマツカサです」
「改めまして、カオル=サダマキです」
アマツカサ。
王流七家のうち、体術を預かる家だ。
元々は宮司の家で、戦乱期に宮司と武家とが分かれた家。
「お名前は聞き及んでおります。7家のうち、体術を継承しておられるとか」
「ええっ! 知ってるんですか!?」
「私も、以前は諸国を回っておりまして。噂に聞いた程度ですが」
「噂に?」
「はい」
んん? とアマツカサが小さく首を傾げる。
「ううん、噂になってましたか」
「はい。皆、笑い飛ばしておりましたが」
「ははは。いやあ、そうでしょうね。
サダマキさんは、トミヤス流の?」
「いえ、我流です。先日、マサヒデ様に内弟子にして頂きました」
「内弟子! いや、凄いなと思いましたよ。そうか、内弟子だったんですね。
あっ、そうか! 聞きましたよ。確か・・・あれですよね。ええと」
むむ、とアマツカサが口を濁す。
カオルが苦笑して、
「ふふ。私も噂になっておりましたか。
通りのど真ん中で、マサヒデ様に素手で手玉に取られたのが、私です」
「ああ・・・ええと、はい。その話を聞きました。
持っていた木刀を、素手で飛ばされたとか」
「はい。その通りです。私程度に得物はいらぬと」
ぽく、ぽく。
ぼく、ぼく。
カオルの黒影と、白百合が並んで歩いて行く。
「先程、稽古を見せてもらいましたけど・・・
あなたの腕で、得物はいらない、と仰ったんですか?」
「はい」
「へえ・・・あの剣を、素手でですか・・・
トミヤスさんは、体術もかなりやってるんですか?」
「鉄砲と魔術以外は、一通りはやっておられるようです。
ただ、馬術はあまり得意ではございません。
マサヒデ様が勘当された後に、馬術の稽古場が出来たものですから」
「ちょっと、ちょっと待って下さい。勘当ですか?」
「あ、これはお聞きではありませんでしたか。
マサヒデ様は、トミヤス家を勘当されております」
「ええ? 何かやったんですか?」
「いえ。特に悪さをしたという訳ではございません。
カゲミツ様に勇者祭に行け、と、無理矢理に放り出されたそうです。
元々、マサヒデ様は勇者祭になど全く興味がなかったそうで」
「珍しいですねえ・・・あの若さで剣をやってれば、普通は行きたくなると思うんですけど。確か、首都から招聘の話も出てたんですよね?」
「はい。そちらも興味がないと断っておられたそうですが」
「へーえ・・・私が言うのも何ですけど、変わってますね」
くす、とカオルが笑って、
「はい。マサヒデ様は変わっております」
「ははは! お弟子さんから見てもそうですか!」
「はい。あ、こんな事を言っていたとは内密に」
「ははは! 分かりました!」
談笑しながら馬を進めて行くと、遠くに道場が見えてきた。
カオルが小さな丘の上の道場を指差し、
「あの丘の上の建物がトミヤス道場です」
「あれが」
「こちら側からは見えませんが、馬術の稽古場と、弓の稽古場もございます」
「へえ・・・」
アマツカサが目を細めて道場を見る。
「私もたまに道場へ行って、カゲミツ様に剣をご指導して頂いております」
「どんな人なんでしょう。何か、凄い酒飲みだって聞きましたけど」
「ふふ。酒はお好きですが、普段はほとんど呑まれません。
お付き合いの席では呑まれますが」
「やっぱり怖い方ですか」
「稽古の間は尋常ではございません。
しかし、普段は豪放磊落で、とても気持ちの良い方です。
道場の皆にも、村の皆にも好かれております」
「良い方なんですね」
「それと・・・」
カオルがアマツカサの腰の脇差を見る。
「物凄く刀がお好きな方です。
以前、マサヒデ様のお刀を無理矢理に奪おうと、人前で刀を抜きそうに」
「ええ?」
カオルが腰の刀をぽん、と叩いて、
「これはカゲミツ様から頂きました」
「誰のです、それ」
「モトカネです」
「モトカネ・・・って、凄く有名な刀では? 私も聞いた事がありますよ」
「はい。人の国の、戦争時代の名匠です」
「そんなのを貰ったんですか?」
ふ、とカオルが笑って、
「これもカゲミツ様から見ればただの飾り物です。
もっと凄い物がございますから・・・」
「もっと凄い物? それより凄い物って、何ですか?」
「ふふふ。秘密です。マサヒデ様のお刀は、それ程の物というわけで」
「それってもしかして、国宝とかですか?」
「秘密です」
「ちょっと待って下さいよ。気になるじゃないですか」
カオルがにやにやしながら、
「アマツカサ様からお尋ねになってみては?
何かお教えと引き換えに、とか」
「そんなの、私の稽古くらいで見せてくれますかね?」
「王流の稽古とあらば、見せてもらえましょう」
「ううん・・・教えですか」
アマツカサが首を傾げる。
「何かお障りでも」
「いや、技術だけは別に教えられるんですけど」
「技術だけは?」
「本格的な稽古だと、ちょっと難しいというか」
「難しい? どのような?」
「ええと・・・1週間、着の身着のままで山に放り出すとか?」
「他には?」
「他ですか? ううん・・・」
「マサヒデ様は生存術というか、そのようなものは慣れておられますし」
「それだと・・・滝から落とすとか・・・でしょうか・・・
この辺、滝ってありますかね」
「滝から・・・あれですね。噂に聞く、忍の稽古のような」
「そうかもしれませんね。ですけど、何て言うんでしょう。
ええと、度胸とかをつけるのが目的ではなくてですね・・・
うちは・・・そうそう。所謂、心技体の心の部分を重視してまして・・・
いや、度胸も心なのか」
「いえ、分かります。私も同じような稽古をしておりました」
「あ、分かります!? いや、ええ? そんな稽古をしてたんですか?」
「修行の旅の途中、修験者についておりました時期がありました。
滝行などもやっておりますし、崖から突き落とされた事も」
「ああー! なるほど! 修験者って、そういう事するって聞きますもんね。
それって、他にはどんな事をするんですか?」
「護摩壇の前で3日3晩、飲まず食わずで祈りを捧げたりなどもしました。
そうそう。1ヶ月の断食なども致しました。これが一番厳しかったです」
「1ヶ月も!?」
「はい」
「1ヶ月の断食なんて、よくやりますね・・・
まあ、私も当時はこれが普通だなんてやってましたけど」
カオルが苦笑して、
「ふふ。その気持ち、分かります。
まともに世間に出ると、自分は普通ではないと痛感しました」
「ですよね! 私もそうだったんですよ!」
カオルが忍の修行を誤魔化しながら、2人の昔の修行話に花が咲く。
もうトミヤス道場はすぐ近くだ。