第745話
魔術師協会。
マサヒデは大急ぎで出て行ったカオルを見送った後、一人で帰って来た。
皆、牧場に行っているのか、玄関には『外出中』の札。
鍵は閉まっていないので、そのまま居間に上がり、大小を刀架に掛けて、ぽつんと座る。
「ふう」
小さく息をついて、床の間のタマゴに手を置く。
こころなしか、黒いもやが薄くなった気がする。
医者が言うには、このもやもすぐ消えるとの事であったが、まだ出ている。
ふ、と小さく笑って、
(元気が良いのだな)
と、小さくタマゴの頭を撫でてやると、
「マサヒデ様」
庭から声。
ん、と庭の方を向くと、町人姿の男が一人立っている。
クレールの忍だ。
「どうしました」
「王流とは、如何な流派で」
「ああ」
ずっと固く秘されてきたので、流石のレイシクランも知らないようだ。
「座って下さい」
「は」
忍が縁側に座ると、マサヒデが語りだした。
「人の国では、おそらく最古の武術であろう、鹿神流というのがあります。
これが1000年くらい前でしょうか? はっきりしてないんですが。
で、その流れを色濃く汲む、かなり古い・・・所謂、古武術です」
忍が手を挙げて、
「お待ち下され。古武術ですか?」
は、とマサヒデが小さく笑って、
「ふふ。魔の国の年代から見たら、全くの新興武術になりますよね。
1000年と言ったら、クレールさんのお父上の年代ですか。
人の国では、まあ500年も前なら古武術ですよ」
「あ、左様で」
「ただし。早く代替わりする分、早く洗練されていきます。
いや、全部が洗練されているかと言えば、そうでもありませんが・・・
結局の所、遣い手次第ですからね」
「確かに」
「しかし、今ではどこも失伝したような、こう思いも寄らない身体の使い方とか、古武術にはあっと思わせる技術がいくつもあるものです。ここは魔の国の武術でも同じではありませんか?」
「はい」
「ところで、ブデン王はご存知ですよね。風木炎石」
「マツ様もクレール様も大好きな、戦乱期の武将」
「そう。そのブデン王の警護役についた、家中でも腕利きの7人がいました。
特に歴史に名を残すような将とかではありませんね。
実際は活躍していたのかもしれませんが、名は知りません。
何と言うか・・・多分、あなた方に近い存在だったのでしょう。
表向きは、御側の御用人や取次役みたいな感じだったのかも」
「なるほど。王の護衛ですか」
「で、その7人のうち1人は忍らしいですが、それも真偽は分かりません。
カオルさんにも良く分からないそうですし」
「そして、その7人の家が代々引き継いできた武術が、王流」
「そうです。ふふ、武術家の世界では、おとぎ話だと思われていました。
死を司る七星の一子相伝の武術、だなんて言われたりして。
私もそう思っていましたし、おそらく父上も知らないでしょう」
「カゲミツ様は各地を回ったとか」
「各地を回ったと言っても、王流は固く秘密にされていましたからね。
父上も知っていても、本当はある、というくらいの噂を聞いた程度では」
「ううむ」
マサヒデが苦笑しながら、
「『王流を見た者は死ぬ』とまで言われています。まあ、そのくらい秘密にされているなら、当然、目撃者は始末しないとまずいですから・・・まあ、見たら死ぬというより、口封じでって事ですよね。カオルさんが言うには、最重要の監視と保護の対象だとか」
「なるほど。それほどの」
「実際どうなのかは知りませんよ。私も見ていないですし」
笑いながら、マサヒデが首に手刀を当てる。
「もし見ていたら、今頃これだったかも知れませんからね」
「されど、最重要の監視、保護の対象となりますと」
マサヒデが頷いて、
「ま、そういう事なんでしょう」
むう、と忍が小さく唸って腕を組む。
「見せても構わない所を7家でまとめて、と言っていたそうですが・・・
きっと、国の許可を取るのに大変だったでしょうね。
これは駄目、これは良いって、皆でよく吟味や相談もしたでしょうし」
マサヒデが眉を寄せて腕を組む忍を見て、小さく笑う。
「1家は忍だそうですから、興味がありますか」
「はい」
「来た方が忍の術の家の方かも不明ですし、さすがに知っていても忍術は教えてはもらえないでしょうが・・・見に行きますか?」
忍が顔を上げ、マサヒデの顔を真っ直ぐ見て、
「マサヒデ様、お許しを頂けますでしょうか」
マサヒデは笑って頷いて、
「構いません。しかし、父上や王流の方には話を通して下さいね。
ふふ、見られたから首を狙われる、なんて厄介ですし」
「は。気を付けます」
「あ、そうだ。もし忍の方だったら、何か条件でもつけて教えてもらってはどうです。何かこう、1手教えるから1手とか」
「マサヒデ様、忍の術は剣術とはいささか・・・飲んで頂けるでしょうか」
「ははは! でしょうね! ま、留守居は任せて下さい。
ここの皆さんで行って来ると良いでしょう。
1人で気付かない所も、2人、3人で見ていれば、ですから」
「全員で・・・や、それはちと。こちらの警備もございますゆえ」
「では、ギルドの常駐の方からも連れて行くと良いでしょう。
誰か1人が何か気付けたら、すごい儲け物になるかもしれませんよ」
「ありがとうございます」
「何か分かったら、私にも教えて下さい」
「は! それでは!」
ぱっと町人姿の忍が立ち上がり、音も無く壁を飛び越え、行ってしまった。
上手く見取りで盗む事が出来たら上出来だ。
マサヒデも駆け出したくなる気持ちを抑え、茶を淹れに台所に入って行く。
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街道。
「お待ち下さーい!」
馬を走らせながら、カオルが大声を出して先程の男を止めた。
振り向いて、大きな馬を見て男が目を見張って足を止める。
「うわ」
カオルが近くに馬を進ませて行くと、男が小さく声を出して道を避ける。
さ、と馬から飛び降りて、
「馬を用意しました。道場までお使い下さい」
白百合と黒影の2頭。
どちらも、特に黒影は大きいので、小さく口を開けて男が驚いている。
「ええ? この馬ですか」
「は!」
「いや・・・凄いですね。すみません、ちょっと驚いて言葉が」
「お好きな方を」
「え! ええと・・・じゃあ、小さい方、白い方で」
小さいと言っても、黒影と比べれば。
白百合も普通の馬と比べれば十二分にでかい。
「どうぞ」
カオルが頷いて、男の手に手綱を渡すと、恐る恐る、男が手綱を取る。
「大丈夫です。大人しい性格ですので、驚かれず」
「あ、ええと、はい」
男がまだ驚きながら、荷を背負ったまま、よ、と白百合に跨る。
カオルも黒影にさっと跨ると、男が目を丸くして、
「ちょっと、それ乗るんですか!?」
「は」
「いや、もう凄いとしか言いようがないですよ」
「お褒めにあずかり光栄です。では、私が先導を致します」
「あ、ああ。お願いします」
「と言っても、この道を真っ直ぐですが・・・白百合。付いてこい」
ぼくり、ぼくり、と黒影を進め出すと、白百合も後を付いてくる。
「凄いな、この馬は」
ぽつっと呟いた声が、カオルに聞こえてきた。
王流の遣い手も、白百合と黒影には驚いた。
嬉しくなって、カオルが小さく口の端を上げる。